70.討伐直前
その日の夕方。
発火ポーションは実際に作ってみたのだが、問題は特になかった。
品質も良好なようだ。一個使ってみたが、効果はゲームの中と同じだな。
ぶつけると数秒間、激しく燃え上がって消える。
フラワーアーチャーなら胴体に当てれば弱点の花も燃えて倒せるわけだ。
さらに素材を組み込むと烈火ポーションとかにランクアップするが――そこまではいらないようだな。
良かったのは発火ポーションの作り方が薬師の基本技能だったこと。
この村にいる薬師は皆、作れるのだ。
そうすると後は量産していくのみだな。
盾も具体的な形や厚みを教えてもらい、段取りは終わった。
ふむ……必要なのは長方形の盾――タワーシールドというやつだな。
ファンタジー映画でもよく見かけるやつだ。
これも大体は植物魔法で作れたのだが、問題がひとつ。持ち手の部分はイメージできず再現できなかった。
日本では馴染みがないしな……。盾の取っ手部分なんて記憶にあまり残らない。
実物をレイアが持ってきても駄目だったのだ。
「盾をあまり持ったことがないからな……。この長方形の盾本体は板の要領で生み出せるんだが」
「いえいえ……十分過ぎます! 本当は板でもいいくらいでしたので。取っ手は私達冒険者でも作れますし」
「……そうなのか? 皆、器用なんだな」
俺の言葉にアナリアが頷く。彼女はすでに発火ポーションをいくつか作って、うきうきしていた。
「基本的な装備の補修は必須科目でしたよね? ザンザスの冒険者はレベルが高いですし」
「その通り。木材があればぱぱっと作りますので」
「なるほどな……それなら盾も間に合いそうか。余裕があれば各種回復ポーションを作るようにしよう」
「ありがとうございます……! それにしても本当にエルト様の植物魔法は有用ですね。魔力あるかぎり木材を生み出せるなんて……この村のように家や砦が作り放題。戦乱の世なら、さらに重宝されたでしょう」
その辺りは逆に良かったと言うべきか。
この世界はとても平和だ。世界連合というものがあって、国家間の戦争は長い間起きていない。
魔物の大発生――スタンピードの方がよほど警戒されている。
それも世界連合直下の冒険者ギルドによってうまく対処されているしな。
俺自身、別に戦争なんて好きじゃない。
ここでゆっくり領主生活している方が性に合っている。
……それでも貴族には戦闘用魔法が必要と言われるんだよな。
まぁ、スタンピードで失われた領域を取り返すのが重要なのはわかるんだが……。
と、俺達の話が耳に入ったのかディアが声を上げる。
「ぴよ! おやさいもいっぱいたべれるぴよ!」
「そうだな、ディアにとってはそれが一番か?」
「あとはわらのおふとんぴよ!」
かわいいなぁ。
夜はステラやウッドと一緒にたくさん遊ぼう。
最近、本当にそれが楽しみだ。
……ちなみにマルコシアスは頭がオーバーヒートしていた。
ぴよ語習得で限界を超えたらしい。
◇
同じ頃、ステラ達は特訓に励んでいた。
励んでいるのは主に新しく来た冒険者達であったが。
最初、来訪した冒険者達には緊張と高揚があった。
英雄と言われるステラと共に鍛えて、戦う。それはとても名誉なことである。
しかしある種の不安があったのも事実であった。
ステラの名前はあまりに大きい。世界的に有名と言っていい。
それゆえ果たして本当の実力はどうなのか――どこまでが真実なのか?
もしかしたら本や劇の内容は大袈裟過ぎるのではないか。
そこまでの冒険者なのか。
無理もない。ステラの名前は伝説そのもの。
目の前で見なければ信じきれないこともある。
あの動く雷を、それほど簡単に捉えて打ち返せるのか?
ゴーレムの核を容易く打ち砕けるものなのか?
今回だってそうだ。
フラワーアーチャーの弾を打ち返す――しかも百発百中で花部分に命中させる。
こんなことは到底、人間業のようには思えない。
しかし、事実なのだ。
この数時間で冒険者達は思い知った。ステラの名で語られることは、真実なのだと。
目の前に本物のSランク冒険者がいるのだと、本能で理解したのだ。
ウッドの投げるボールを正確に打ち返す。速度的にはフラワーアーチャーを超えるボールを、ステラは事も無げに打っているのだ。
「やべぇよ……ステラさん、正確に打ち返してるよ……」
「……ああ、あんなのができるのかよ……」
そう、それが普通の反応であった。
しかも数時間もやっている。冒険者とは言え、すでにバテている者も多いのに。
だがステラは息も切らさない。たまに見回っては指導していくが。
しかしそれ以外は――ひたすら自身の調整に時間を使っている。
驚異的な体力と技量。
これがSランクというものか――ステラはその格の違いをまざまざと見せ付けていた。
そんな冒険者達にアラサー冒険者が声をかける。
「よう、どうだ? 少しは目と体が慣れてきたか?」
「ええ……まぁ。おかげさまで……」
「そりゃ良かった。……どうだ、うちらの大将は凄いだろう?」
「…………はい。正直、まさかここまでとは……」
ステラの強さは単純なフィジカルとテクニック。
少し一緒にいればすぐに理解できる強さだ。
「心強いですね、はっきり言って」
「そうだろ? それと後半からはエルト様も参戦されるらしいし、楽勝さ」
「領主様自ら……?」
「ああ、若いけど責任感ある人だよ。ポーションも潤沢にある。気張らずやりゃあいい」
冒険者達は口々に言い合った。エルトの積極性を褒め称え、計画の達成が比較的容易だと安心しあう。
「……凄いな。貴族様が戦いに加わるなんて……」
「普通はこの規模のフラワーアーチャー討伐には数ヶ月かける。それをマスターレイアは一週間と言ったが……」
「ああ、むしろ少しお釣りが来るんじゃないか……?」
ステラはもはや言うに及ばず。
そしてウッドの身体能力も常人の比ではない。身長二メートルで体力は底無し。
しかもフラワーアーチャーの弾が効かない。ウッドもまた強い。大いに頼りになるだろう。
冒険者達の言葉に、アラサー冒険者がにやりと笑う。
「もう少ししたら日が暮れて、特訓は終わり。そうしたらお楽しみがあるぜ……」
「な、なんだ……。この村に何かあるのか?」
「ああ、とっておきがな……。この村でしか楽しめないやつがあるんだ」
意味深な笑みを浮かべるアラサー冒険者。
「……ごくり」
「最初は面食らうかもしれねぇが、なぁに心配はいらない。疲れもぶっとぶぜ。あのレイアもこっそり楽しみにしてるくらいだ……」
「ま、まじか……。あのコカトリスグッズで遊ぶ以外は仕事してるっていう……」
「酒も葉巻もやらないって噂だけど……」
息を呑む冒険者達に、アラサー冒険者はさらに続ける。
大樹の塔を指差しながら。
「土風呂、行こうぜ」
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