63.どちらを取るか

「あー……ちょっとだけ確認したいことがあるんだが、その……甲子園ってなんだ?」


 俺はおずおずと聞いた。

 前世では有名な単語だけれど、この世界に甲子園は当然ない。


 どういう意味でこの語句がエルフのステラから飛び出したんだろう。俺経由で聞いたのかな。


「エルト様から聞いたのですが……」


 バットを掲げたまま、ステラがきょとんと答える。


「打つことを極めると辿り着ける境地のようなもの、と理解しましたけれども」

「…………うーん、あっているような」


 全然違うような……。

 でも言われてみると確かにステラの前でぽろりといったかもしれない。


 俺も素人だが、ステラのスイングがずば抜けているのはわかる。

 バットコントロールは精密かつ力強い。

 普通、放たれた弾はそのまま打ち返せないし。


 多分、言っちゃったのだ。

『甲子園にも行ける』とかなんとか。


 言っちゃうよね。これだけの逸材だと。

 ここが地球ならステラにはプロ野球選手を目指せと言うだろうし。


「違うのですか?」

「…………打つだけではなく色々な要素がないと『甲子園』には辿り着けないんだ……」

「ふぇぇ、そうなんですかっ?」

「ああ、さらに球を投げるのと受け止めること、そして走ることができないとな……。いささか複雑だが……」


 俺は何を言っているんだ。

 しかし、甲子園の意味を聞かれると適当に答えられない。

 悲しい性である。


「へぇぇ、奥が深いんですね……」

「ああ、それよりも……コカトリスに言葉が通じてなかったか?」

「……そうです、そんな気がしました。会話が成立しているような……」

「ぴよよ~」


 コカトリスがかわいらしく鳴く。


「わかるよー、ぴよ!」

「ふむ……俺の言葉はわかるか?」


 ディアが翻訳してくれる。


「ぴよよ、ぴよ!」

「ぴよー……ぴよ」


 うーんとコカトリスが首を傾げる。

 これは通じてないな。


「えーと、わからない……だそうぴよ」

「やっぱりか。ステラはコカトリスの言っていることはわかるのか?」

「いえ、わかりません……。ぴよぴよとしか」

「ぴよぴよー」

「そうなんだー、といっているぴよ」


 ノリが軽いな。

 だけどわかってきた。これはおそらくステラの持つ【コカトリステイマー】のスキル効果だろう。

 それ以外に俺とステラで思い付く違いがない。


 テイマー系統のスキルは所持していると、対象の魔物を育てるのにボーナスがある。

 あるいは戦闘でより強くなるのだが……こういう効果もあったんだな。


 この辺りはゲームではなかった効果だが、この世界では存在するようだ。

 言葉が通じるのが一方通行なのは残念だが……。

 スキルレベルが上がれば、通じ合うようになるのだろうか。


「まぁ【コカトリステイマー】の効果だろうな。コカトリスはステラの言葉はわかるようだ」

「……でも向こうからの言葉はわからない、と」

「今後どうなるかはわからないが……現時点ではそんな感じだな」

「いえ、それでも素晴らしいです……!」


 ステラはそう言うと、コカトリスへと手を伸ばした。


「触らせてもらってもいいですか……!?」

「ぴよー!」


 コカトリスはもふりとステラを抱きしめる。

 きもちいいんだよな、これ。

 全身をコカトリスの柔らかい毛で包まれるのは癖になりそうだ。


 この世界の毛布や服事情はそれなりに残念だからな……余計にコカトリスのもふもふがよく感じるのだ。

 愛好家が多いのも頷ける。


「ふぇぇ……やらかい……」


 ふもふもに包まれ、ステラが幸せそうにしている。


「でも少し痩せてますね……ふわもこの奥の豊かさが……」

「そうなのか?」

「ええ、ザンザスのコカトリスはもっとぷよんとしてます」

「……ふむ。餌が少ないのかもな」


 魔物は食べ物の選り好みが激しい。

 さっきのフラワーアーチャーのことも知っていたし、生息域が被っているのか……。

 だとすれば、コカトリスにとっては困った相手だろう。

 フラワーアーチャーは問答無用に攻撃してくるからな。


「わ、我もいいか?」


 マルコシアスがコカトリスに近寄ってくる。

 抜け目ない動きだ。

 ステラがコカトリスに顔を埋めながら話してくる。


「マルちゃんもふもふもしたいんですか?」

「ああ、興味がある。実に興味がある」


 尻尾があったらぶんぶん振り回してそうな勢いだな。


「わかりました、聞いてみましょう……。えーと、この子も触りたいそうなんですけど……」

「わくわく」

「ぴよ……ぴよぴよー?」

「あれ、人間さん? だぴよ」


 あ、まずい。

 ステラもぎくりとするが……コカトリスはマルコシアスの特異性を見抜けるのか。

 幸い冒険者達は離れているが。


 マルコシアスはきょとんとしている。


「我は地獄の侯爵だぞ」

「……こちらからは通じませんよ」

「はっ……!?」

「ぴよーぴよ!」

「でもいいよー、といってくれたぴよ!」

「やったー!」


 ふぅ、よかった。

 深くは突っ込まないようだな。

 マルコシアスはコカトリスに飛び込むとうりうりと堪能している。


「はぁ~……素晴らしいな。もふもふだぞ」

「ええ、最高ですよね」

「こんな毛並みが他にあるだろうか……」

「…………え?」

「うん? 母上はなぜこちらを見るんだ?」

「いえ……まぁ、それはおいおい」


 ◇


 それからフラワーアーチャーの根を切り取った冒険者達が戻ってきた。

 ちなみにフラワーアーチャーの種からは発芽しない。

 フラワーアーチャーが増えるのは、フラワージェネラルとかの上位種からだけだ。


 その間にコカトリスと話をして、おおよそのことは把握できた。

 ディアがいなければ、こんなに早くわからなかったろうな。

 少なくともコカトリスと接触できていなかったし。


「整理しよう。君達は二人でここに住んでいるんだな」

「ぴよ!」


 コカトリスが頷く。


 まとめるとこんな感じだ。

 この森に住んでいるコカトリスは二体の姉妹だけ。

 目の前にいる姉のコカトリスと妹のコカトリス。


 生まれたときには親コカトリスの姿はなく、二体だけで生きてきたらしい。

 その巣と地下通路は繋がっており、特に意識せず使っていた。


 かなり長い時間を二体で生きてきたが、最近になって状況が変わってきた。

 フラワーアーチャーの出現である。


 フラワーアーチャーは動く生き物はなんでも攻撃する。

 そのせいで餌場が徐々に狭くなってきた。

 地下通路を使ってフラワーアーチャーを避けるようになったらしい。


 そしてそんなある日、ディアが現れた。


「ぴよ、ぴよぴよー!」

「こえですぐにわかった、らしいぴよ」

「まぁ、そうだろうな……」


 かわいらしいディアの声はよく聞こえる。

 森のなかで喋っていればわかるだろう。


 そして代わる代わる様子を偵察にきた……ということだな。


「それで妹は今、どこにいるんだ? 離れていて大丈夫なんだよな」

「ぴよぴよぴよよー」


 ディアの言葉に、コカトリスが頷く。


「ぴよぴよよ、ぴよぴよ!」

「すでえさをまもってる、そろそろかえらなくちゃ……ぴよ」

「……ふむ」


 このコカトリス達は地下通路をよく使っていたらしい。

 だとしたら構造を聞き出せれば……。


 でもこの話し方だと時間がかかるだろうな。

 それにフラワーアーチャーのこともある。


 ステラが少し不安そうにコカトリスを見ていた。


「……エルト様、この子達は……」

「うん、心配しないで。出来る限りのことはしよう」


 このコカトリスはさっき身を呈して警告してくれた。

 別に知らんぷりをしてもよかったはずなのに。

 この子達とはうまくやれそうな気がするし、そうした方がいいだろう。


 どのみちフラワーアーチャーが増えれば俺達で対処しなくてはいけない。

 フラワーアーチャーは対話も交渉も不可能だからな。


 増え続ければ村にも来かねない。

 どこかで対決しなくてはいけないのだ。


「……あの花はまだいるのか?」

「ぴぴよぴよ!」

「……ぴよぴよよ」

「たくさんいるぴよ」

「わかった」


 俺は決心する。

 意思疏通ができるコカトリス。

 話すこともなく攻撃してくるフラワーアーチャー。

 どちらを助けるかなんて比べるまでもない。


 それにこのコカトリスを捨て置くのはディアもステラ、マルコシアスも望まない。

 俺だって嫌だ。

 もっともふもふしたいし……。


「あの花を倒そう。だから……妹のいる巣まで案内してくれないか?」



ディアの心のノート

 マルちゃん、もふもふすき。

 なかまもマルちゃん、みぬく。

 マルちゃんはだいたい、いぬ。

 あるいてしゃべるけど、いぬ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る