62.もふりと憧れ

 地下通路から出てきたコカトリスはやはり俺よりちょっと小さい……か。

 人間の大人サイズとは言えない。


 話に聞いたザンザスのコカトリスは数メートルだったかな。

 それに比べるとだいぶ小さいことになる。


「ぴよよ」


 そのコカトリスは草だんごまで歩いてくると、じっとこちらを見つめる。

 くりっとしたつぶらな瞳。


「食べますかねー……。もぐもぐ」


 テテトカが食べながらのんびり言う。

 コカトリスが見ているのは、もしかしてテテトカか。


 ……あれだな。毒とかないのを確かめるのに、一緒に食べるみたいな。

 同じものを食べるのは、ある意味信用である。変なことはできないからな。


「……ぴよ!」


 コカトリスは覚悟を決めたか、草だんごをひょいとつまみ上げ――そのまま飲み込む。


 ごっくん。


 ……一口で食べきったな。

 コカトリスは勢いよく飲み込むと、嬉しそうに羽をばたつかせる。


「ぴよ、ぴよよ!」

「おいしー! だそうぴよ!」

「ぴよー!」

「どういたしましてぴよー!」


 コカトリスがゆっくりこっちに近付いてくる。

 ふわふわ柔らかそうな毛並み……。

 その視線はやはりテテトカの持っている草だんごに注がれている。


「……食べます?」

「ぴよ~!」


 テテトカの差し出した草だんご。

 それをコカトリスは手渡しでつまんで、ぺろりと平らげる。


 もぐもぐ……。


 今度は味わっているようだな。一気に飲み込んではいない。


「ぴよぴよー!」

「よかったぴよ!」

「ぴよ……!」


 そう言うとコカトリスは俺をそっと抱きしめる。テテトカも一緒だ。

 全身でコカトリスの毛並みを堪能する。


 ……もふもふ。ふかふか。


 おお、これがおっきなコカトリスの触り心地……。

 確かに極上だな。


 小さいディアとは違う良さがある。いずれディアもこうなるんだろうけど。


「柔らかいですねー!」

「ぴよ、きもちいいぴよー!」


 テテトカとディアもふかふかを楽しんでいる。

 ふむ、とりあえず友好的になれたと言うことでいいのかな。


 ◇


 その頃ステラとウッド、冒険者達はフラワーアーチャーと戦っていた。

 といっても一方的な戦いであったが。


 アラサー冒険者が槍を振るいながら、感嘆の声を漏らす。


「本当すげぇな、おい……」


 フラワーアーチャーは単体ではそんな脅威ではない。

 所詮、鍛えられて武装した一般人並だ。


 しかも戦い方に工夫がない。決められた動作を繰り返して攻撃してくるだけ。

 遠距離攻撃は厄介だが、慣れれば避けたり打ち落としたりは十分可能である。


「だけど数が多いとよ、これがなかなか……!」


 木を駆けながら左右に翻弄し、弾を無駄打ちさせる。そして隙を見て飛び込んでは一撃。


 弱点はひまわりのような花部分。

 逆に言えば、それ以外は攻撃してもあまり意味がない。

 すぐに再生してしまう。


 隊列を組んだフラワーアーチャーは、単純に弾数が多くなる。

 お互いをカバーしあうように戦うわけではないが、その弾数は厄介だ。


 だが――ステラはその弾を逆手に取っていた。

 フラワーアーチャーから放たれる一発。


 ステラは一本足打法でその弾を振り抜く。

 思い切り、しかし狙い定めて……。


「せいっ!」


 カーン!


 打ち返した弾はフラワーアーチャーに命中。

 そのフラワーアーチャーは崩れ落ちる。


「ふぅ、慣れてきました……」


 予備動作から発射までの時間と弾速。

 そして複数から同時に狙われない位置取り。

 全てをステラは掌握しつつあった。


 続けて現れたフラワーアーチャー二体。

 ステラは少し後ろに下がり、時間差を作る。


 まずフラワーアーチャーから放たれる一発目。

 ステラは軽く息を吐いて振り抜く。

 精密なスイングが決まる。


 カーン……!


 素早くステラは構えを戻す。

 数秒後、二体目のフラワーアーチャーから弾が発射される。


「……見えてますよ!」


 フラワーアーチャーの弾は常に一定の速度で発射できる。

 しかも狙いは極めて正確。胴体部分を狙って外すことはめったにない。

 それは本来なら圧倒的強み。


 だが、ステラにはむしろ好都合。

 常に打ちやすい弾を放ってくれるようなものだ。

 ステラは構えを瞬時に修正してスイングを放つ。


 カーン!


 痛烈な当たり。

 フラワーアーチャーの花に命中する。


 ステラがちらりと見ると、ウッドは果敢に飛び込んだり石を投げたりして応戦している。


 高い防御力を持つウッドには、軟式の時速百キロメートルではダメージにならない。

 全て真正面から弾き返してしまう。


 ……いつの間にかフラワーアーチャーはほとんど姿を消していた。

 最後の残りを突撃した冒険者達が蹴散らしていく。終わりか。最後の一体まで倒されたようだ。


「これで一安心ですかね……」


 そこでステラは振り返り、目撃する。

 いつの間にか現れていたコカトリス……のこども。

 といっても人間よりやや小さいレベル。ひよことしてはかなり大きいが。


「かわいい……」


 そしてコカトリスにもふられるエルト、テテトカ。


 うらやまっ!


 ステラはとっさにそう思ってしまう。

 もふリストを自認するステラは、さっそくコカトリスの元へ行こうとするのだが、


「あれ、戻るので? 素材を取るんじゃ……」


 アラサー冒険者に呼び止められる。

 見ると冒険者達は自分でしとめたフラワーアーチャーの根を切り取っていた。


 フラワーアーチャーは根の部分だけが換金価値を持つ。

 あとはまぁ……うん、焼いていい。


 そしてステラにとっては根の価値よりも、コカトリスもふもふの方が割りと興味があった。

 なにせザンザスのコカトリスとは違う個体。

 触り心地は同じだけれど……微妙に違うかもしれない。

 その微妙な差異を確かめたかった。


 お金は正直、エルトから物凄くもらってるし……。貯金してるだけだが。

 なので、この答えは必然だった。


「……えーと、あげます」

「えっ……? でも一番討ち取ったのはステラ、二番はウッドですぜ」

「いいのです。私の分は好きにしてください。ではっ」


 ステラは答えると唖然とする冒険者を置いてしゅっとコカトリスに向かう。

 ディアとダブルでもふる楽しみを考えながら。


 ……後片付けは任せた!


 そんなことを考えているとも思わないアラサー冒険者は何度も頷く。


「いやぁ、Sランク冒険者はやっぱり違うな。器が大きいや……。よし、手早くやるぞ、お前達!」

「「おう!」」

「ちゃんと切り取って、ステラやウッドとも山分けするんだぜ。一番倒してもらって金まで受け取ったら、冒険者の名折れだ!」

「「おー!!」」


 ◇


 ステラとウッドがこちらに向かってくる。

 フラワーアーチャーの反応は【森の鑑定人】にもない。

 素早く全滅させたみたいだな。


「エルト様……!」

「ステラ、ウッド……大丈夫だったか」

「ウゴウゴ、らくしょう!」

「ええ、見ての通り息も切らしてませんが……」


 とりあえずの抱擁から解放された俺は、コカトリスの頭を撫でていた。右手で。

 左手は胸ポケットのディアをこちょこちょしている。

 隙を見せない二段構えだ。

 もふもふ、さわさわ。


「……すごく楽しそうなことを……」

「悪い、この子と仲良くなるのに意識が向いててな」

「いえ、ブラウンやテテトカを守る人は必要ですからね。それより……さっきは逃げたのに今は逃げないんですね」

「ああ、草だんごがお気に入りみたいだな。それと撫でられるのが好きみたいだ」


 その辺はディアと同じだな。

 人好きするというか、触られるのは嫌じゃないみたいだ。

 コカトリスがステラに向き直り、頭を下げる。


「ぴよよ、ぴよー!」

「はなをたおして、ありがとー……だぴよ!」

「どういたしまして……!」

「ぴよよ!」

「こちらこそ! ぴよ!」

「んっ?」

「あれ?」


 俺とステラが同時に首を傾げる。

 今、コカトリスはステラの言葉を認識して答えたのか?

 俺の言葉は多分、通じてなかったのに。

 ディアを通したぴよ言葉で、初めて通じていたと思ったんだが……。


 と、コカトリスがしゅっと羽を動かす。

 まるで何かを振るみたいな動作だ。

 振る、うん……。


 ……まさか。


「ぴよよー!」

「これ、やりたい! といっているぴよ!」


 やっぱりか。

 今のステラのスイングが気に入ったらしい。

 さらにしゅしゅっと腰をひねって羽を振っている。


 そのコカトリスの言葉に、ステラは木の棒を掲げる。


「いいですよ、共に目指しましょう……甲子園!」

「ぴよー……!」


 ちょっと待て。

 なんかおかしい。

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