61.いもうと

 懐にいるディアはステラの言葉に大喜びだった。


「ぴよ、かっこいいぴよー!」

「見ててください。私、打ちますから!」

「我が主、我も戦うぞ!」


 マルコシアスが意気込むが、ステラが即答する。


「えーと、気合いは買いますがマルちゃんは後ろへ……」

「がーん!」

「……背中の守りをお願いできますか?」

「はっ……。わかったぞ、後ろは任せろー!」


 なんかうまく言ったような。

 でもマルコシアスに戦闘は無理だからな。後ろにいてくれた方が安心だ。


 あとは……アラサー冒険者が冒険者達に声を掛ける。


「聞いたか、おめぇら! フラワーアーチャーに遅れなんて取るなよ!」

「「おおお!」」


 ふむ、やる気は充分みたいだな。

 ずっと採集だったから暴れたいだけかもしれないが。


「ウゴウゴ、おれはどうしたら?」

「ステラの援護に入ってくれ。フラワーアーチャーの弾ならノーダメージのはずだからな」

「ウゴウゴ、わかった!」


 ツリーマンの外皮は成長と共に強靭になる。

 具体的には一定ダメージ以下の物理攻撃を無効化する。


 何気にドラゴンの鱗と同じ特性を持っているんだよな。

 だからこそ成長しきると物凄く強い。

 今のウッドならフラワーアーチャーの攻撃は防ぎ放題だ。


 さて、あとはテテトカとブラウンか。

 ……この二人はぶっちゃけ戦闘能力ないしな。


「はー、大変なことになってきましたねー」

「うちらは邪魔にならないようにしてるにゃん」

「そうですね、草だんごでも食べてましょー」


 ブラウンがテテトカを連れてきてくれていた。ありがたい。


「マルちゃん、テテトカ、ブラウンは俺の近くにいてくれ。その方が安全だ」

「わかりましたー、もぐもぐ」

「……マイペースに食べてるにゃん」

「一個たべますー?」

「んにゃん、食べるにゃん……」


 テテトカが緑の葉に包んだ草だんごを取り出す。

 いくつ持っているんだ……?

 いや、愚問だったな。持てるだけ持ってきているに違いない。


「ぴよ……? ぴよよー」

「おいしそー、といっているぴよ」

「ん? あ、そう言えばコカトリスは草だんごが好きだったか……」


 俺はステラの話を思い出していた。

 ザンザスのダンジョンでもコカトリスに草だんごは好評だったんだ。


 地下通路の扉から、コカトリスは顔を出している。

 恐らくだが、このフラワーアーチャーがいるからコカトリスは遠回りをしていたんだな。

 このコカトリスはいいやつだ。フラワーアーチャーを警告してくれた。


「ぴよー……」

「食べたいみたいだな……。テテトカ、ひとつくれないか?」

「いいですよー!」


 テテトカから草だんごをもらう。

 まだ逃げないが、戦いが始まるとコカトリスは去るかもしれない。


 できればこのコカトリスとは友好的な関係を築きたいしな……。

 この森のことも知っているかもだし。


「どうだ、食べないか?」


 俺は草だんごを持って、ゆっくりとコカトリスに近寄った。

 ゆっくり、ゆっくり……。

 驚かせないようにな。


 ◇


 迫りくるフラワーアーチャーの大群。

 木々の間からびっしりと花が歩いてきている。


 ステラはこれまでの討伐経験を思い出していた。


「発射準備から発射まで約一秒、次の種子発射の溜めまで約五秒……」

「ウゴウゴ、えんごする!」

「ありがとう……! あの横から回り込もうとする奴らを倒してくれる? 花の部分が弱点だから、そこを思い切りやればいいわ。石や木の欠片を投げてもいいし」

「ウゴウゴ、わかった!」


 さらに冒険者達が続いてやってくる。

 先頭にいるのはアラサー冒険者だ。


「ステラ、俺達も援護するぜ」

「ありがとうございます……。対処法はわかっていますよね?」


 同業者に掛ける言葉は短い。それがステラの流儀であった。

 元々、野球の練習を通して個々の身体能力はわかっている。

 不安は少しもなかった。


「ああ、俺達全員が百体はフラワーアーチャーを倒してる。油断せずやるさ」

「それは何よりです……」


 フラワーアーチャーの攻撃射程は約二十メートル。

 ピッチャーマウンドからホームベースまでの距離にほぼ等しい。

 種子の固さは軟球ほど。弾速は時速百キロメートル。


 ステラなら難なく対処できるレベルである。

 普通の人間だと近づくのが難しいが……。


 フラワーアーチャーの先頭がいよいよ種子攻撃の準備に入る。

 ステラは集中する――その一球に向けて。


 フラワーアーチャーの花の部分が膨らみ、種子が吐き出される。

 狙いは胴体部分。内角高めだ。動く雷とはここが違う。


 しかしステラには人間離れした身体能力と天才的なバッティングセンスがあった。

 刹那の瞬間に構えを修正し、フルスイングする。

 一本足打法。


 カーン……。


 痛烈な当たりが狙うのは、フラワーアーチャー。

 低めの打球が種子を吐き出したフラワーアーチャーの隣の個体を撃ち抜く。

 弱点の花部分に会心の直撃だ。


 それを見たアラサー冒険者が歓声をあげる。


「ナイスヒット!」


 エルトからよく当たったときに使う言葉だと教えられた。

 まさに、この瞬間のためのような言葉だ。


 喰らったフラワーアーチャーがぐらりと倒れる。

 これで一体。


「……ありがとうございます」


 フラワーアーチャーは完全なる無感情の魔物。たとえ仲間が倒されても意に介することはない。

 縄張りを広げ、自分達以外の動く者に射撃し続けるだけなのだ。


 複数の個体が発射準備に入る。花の部分が膨らもうとしている。


 ステラは素早く横ステップで打つ位置を変える。

 常に一発から狙われるようにするためだ。


「ウゴウゴ、はなのぶぶんをねらう!」


 ウッドの投げた石がフラワーアーチャーに命中する。

 二メートルの巨体から放たれる投石は強力無比。

 フラワーアーチャーがまた一体倒れる。


 こうして戦いが幕を開けるのだった。


 ◇


「ぴよー……?」


 コカトリスは首を傾げながら俺を見ている。

 かわいい。


 いや、違う。

 しっかりとコンタクトを取らないとな。


「ディア、あのコカトリスに敵意がないことを示したいんだが……」

「ぴよ……。あたしたちにてきいはないぴよ」

「ああ、そうだな」

「ないのをつたえるぴよ? どうするぴよー……」


 なるほどな。

 これは俺の頼み方が曖昧だった。

 俺もまた学んでいる最中だ……。


「ごめんな、ディア。……そうだな、友達になりたいんだ」

「ぴよ! なるぴよ!」

「……どうしたらよさそうだ?」

「ぴよよー……」


 ディアが押し黙る。

 即答するディアにしては珍しいな。

 いや、ディアもまた悩んで答えを考えてくれているのだ。


「……ぴよ、くさだんごをおくぴよ」

「わかった」


 手渡しはまだ駄目ということか。

 俺はディアに従い、包んでいた草を皿代わりに草だんごを置いた。


「ぴよ、ちょっとうしろにいくぴよ」


 そのまま数メートル後ろに下がる。

 そうするとディアがコカトリスに呼び掛ける。


「あげるぴよ!」

「……ぴよ。ぴよぴよ」

「はなはこないぴよ。そうぴよね?」

「ああ、フラワーアーチャーは……」


 カーン、カーン……。

 横目でちらっと見ると、ステラが高速移動しながらバッティングしていた。


 ……なんだあれ?

 一本足打法はああいう風にやるもんだったか?


 巧みに木々の間を動きながら、秒速で構えては打っている。

 しかもちゃんと打ち返した弾がフラワーアーチャーに当たっている……。

 凄すぎるな。


『フラワーアーチャー、残り三十五』


 ふむ、順調に数を減らしているな。

 問題なく終わりそうだ。


「……あんな感じで倒している」

「ぴよ! ぴよー!」

「そうぴよ、かあさまはつよいぴよ!」


 ウッドも石を投げたりして、フラワーアーチャーを倒しているな。

 やや狙いが外れることもあるが……それでも圧倒的だ。


「ぴよ! ぴよよ」

「あれはおにいちゃんぴよ! おにいちゃんもおっきくてつよいぴよ!」

「……ぴよよ?」


 思い切りコカトリスが首を傾げている。

 あれは俺にもわかるぞ。

『家族なの?』

 多分、そんな感じだ。


「……もっといろいろ、おはなししたいぴよ」


 ディアの言葉にコカトリスが頷く。


「ぴよ……ぴよ、ぴよ」

「草だんごがもっとあるか、きいてるぴよ」

「あるよな?」


 テテトカに聞くと、いままさに草だんごを食べてる最中だった。


「もぐもぐ……たくさんありますよー。いっぱいたべます?」


 少しずつ減ってはいるみたいだが……。

 まぁ、テテトカは草だんごがないときはないと言うしな。


「あるぴよ」

「ぴよよ、ぴよ!」

「いもうとにもってかえりたい……といっているぴよ」

「もちろんいいぞ」

「いいぴよ!」


 もう一体のコカトリスのことだな。

 全然構わない。


「ぴよー!」


 それを聞いたコカトリスが、地下通路から身を乗り出してくる。

 とことこと歩きながら、草だんごに近付いてくる。


 ふむ……やっぱりいいコカトリスだな。

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