60.コカトリスを追って

 このドリアードの家より奥へは、冒険者も行ったことがない。

 いよいよ未知の領域になるわけだな。

 ここから先はもうひとつ、魔法を使っておくか。


【森の鑑定人】


 植物を鑑定する魔法で、初めての所を歩くときには特に役立つ。

 魔力回復のポーションも飲んだので、残り魔力も大丈夫だ。


「マッピングをしながら採集も進めていく。虫や蛇に注意してくれ」


 注意を促しながら歩いていく。

 もちろん【森を歩む者】も継続させる。


 二つの魔法の同時使用だな。

 こっそりと練習していた甲斐があった。


 自動的に道を作りながら素材回収。

 なかなか理想的なムーブじゃないかな。


 そうしていると【森の鑑定人】に次々と反応がある。

 数分おきに反応があるな。


『右の木の陰、爆裂草が三つ』


「……また反応ありだな。爆裂草だ」

「どこにですかにゃん?」

「右の木の陰だ」


 俺の答えにアラサー冒険者が素早く動く。屈んですぐに声が上がった。


「ありましたよ! 本当に大量だ。後ろでも……ああ、結構あるようですぜ」

「森の入口とは比べ物にならないですにゃん」

「そのようだな。量にしてざっと数倍か」


 俺の言葉に、爆裂草を抱えたアラサー冒険者がにこにこ顔で応じる。


「ここまで来た甲斐がありますぜ。奥は奥でこんなに旨味がある」

「休憩所を作る案で正解かな」

「ええ、もちろんでさ! 道もできるしこんなにいいことはないですよ!」


 それなら良かった。

 森の奥ほど何もないというパターンもあるからな。


 草だんごの材料確保という目標は達成できそうか。

 ほっとしているとステラがまじまじと俺を見つめている。


「本当にとても器用です……。魔力量があるのは知っていましたが、二つの魔法をずっと使い続けるなんて。普通の人間にはとても無理です……」

「植物魔法の特性もあるけどな。制約がある代わりに複数同時使用しやすい」

「……制約ですか?」

「今使っている【森を歩む者】【森の鑑定人】は周囲の植物に反応する。逆にいうとそれ以外には無力だ。こういう魔法は同時に使いやすい」


 これはゲームの中でもそうだった。

 この系統の魔法が一つずつしか使えないと、使い勝手が悪すぎる。

 それと植物魔法は発動時に集中がいるが、そのあとの継続性は高い。


「今だとあともう一個は使えるな」

「さらに魔法が使えるのですか? 三つになっちゃいますが……」

「種類は限定されるがな」


 俺はさらに魔法を使うべく腕を突き出して、魔力を集中させる。


【巨木の腕】


 地面からめきめきと大きな木の腕が現れる。

 今はこの魔法までが限界だな。

 慣れればもっと複数で使えると思うが。


「改めて凄いと思います……。貴族でもそうは三つ同時使用はできないのでは」

「こればかりは魔法の特性によるな。あとは魔力が足りるかと慣れか。意外とできるぞ」

「ふぇぇ……私もできるのかな……?」

「ぴよ、あたしもできるー?」

「強化魔法と召喚魔法もやりやすいはずだ。何かを射出する魔法は難しいが……。作用するだけの魔法はやりやすいからな」


 そんな話をしながら進んでいくが、道のりは順調そのものだ。

 素材になる物がどんどん見つかる。

 でもそれとともに、段々と冒険者達の雰囲気が変わってきた。


 軽口を叩きながらも、警戒するようになっている。

 思わぬボーナスに浮かれるということがない。


 誰もが気付いている。

 素材が見つかりすぎるのだ。


 これは大地の帯びる魔力が強くなっている証拠である。

 大地の魔力が強ければ強いほど、より良質の素材が見つかる。

 あるいは量が多くなる。


 つまり……魔物が生息している可能性がある。

 ここまで素材が見つかるということは、そういうことなのだ。


 ◇


「ぴよ。みんなしずかぴよ」

「ああ、魔物がいるかもだからな」


 森の様子に変化はない。

 背の高い木々に覆われ、光は乏しい。

 ドリアードの家から一時間は経過したか。


 素材の発見は良好。

 しかしそろそろ魔物が出てきてもおかしくない、らしい。

 ステラはさっきから臨戦態勢だな。


「……どうしますか? そろそろ本当に魔物が現れてもおかしくないですが」

「ふむ……荷物はどうだ? 持って帰れる量か?」

「もう少しで溢れますぜ。第一回の探検としては上出来なんじゃないですかね」


 持って帰れない量を集めても仕方ないからな。

 問題はマルコシアスか。

 まだすんすんとコカトリスの匂いを追っている。

 できればコカトリスだけは確認したいのだが。


 恐らくディアがいないとコカトリスと接触できない可能性が高い。

 ドリアードが長年住んで見かけないくらいだからな。

 何度もディアを連れてくるのもあれだし、なるべく今回で目処は付けたいのだが……。


「マルちゃん、コカトリスはまだ先になりそうか?」

「父上、すまない。匂いが途切れた」

「……え?」

「ぴよ?」


 マルコシアスはしゅんとしながら、茂みを指差す。

 そこは他と比べても一層繁っていた。


「この茂みから匂いがなくなっている。間違いなくここまでは辿れたんだが」

「……ふむ」

「我は役立たない奴だ……!」

「いや、でかした」

「えっ?」


 俺はマルコシアスに近付いて、ディアを胸ポケットから取り出す。


 もこもこ、ふさふさ。


「ぴよ?」

「マルちゃんは良くやった。撫でてやれ」

「ぴよ、なでるぴよー!」


 両手に持ったディアがマルコシアスの頭を撫でる。


「あ、あれ……なぜだ? 我は失敗したと言うのに」

「失敗はしてないぞ、多分」

「してないぴよ!」


 俺はディアを胸ポケットに戻して、茂みにゆっくり近付く。

 茂みが【森を歩む者】で移動を始める。道をつくるために。


 そのあとに残ったもの。普通は地面だけだが……やはりか。

 地面には古い扉があった。

 取っ手がついており、単純な力で開けたり閉めたりできそうだな。

 ステラが納得したように頷く。


「……あ、なるほど……。ここから地下通路に繋がっているんですね。だから匂いが途切れた、と」

「そういうことだな。ここまでちゃんと辿れたなら、他に理由があるはずだし」

「……良かった、我はうまくやれてる!」

「やれてるぴよー!」


 しかしこうなると他にも入口があるのかもな。

 思ったより複雑な地下通路なのかもしれん。


 コカトリスは二体。

 ディアからするとその二体は家族らしいが、別の出入り口から俺達と鉢合わせしたか……。


 うーん?

 しかしどうしてそんな手間を……というかここから地下通路に入ったのはなぜだ?


「……わからん」


 俺が呟くと同時に、音がした。

 地下通路の扉がぱかっと開いている。


「ぴよ……」

「「えっ!?」」


 扉から顔を出したのは、小さなコカトリスだった。

 多分、走り去ったうちの一匹だ。


「ぴよよー」

「ぴよ? あぶないぴよ?」

「ぴよー、ぴよ! ぴよ!」

「はながあるいてくるぴよ? ……わかんないぴよ……」

「会話ができるのか!?」

「ぴよ! できる、ぴよ!」


 なんてこった。

 いや……当たり前か。ディアが俺達と喋れるのが不思議なだけだ。

 コカトリス同士で意思疏通できないわけがなかったな。


「ぴよー、ぴよよー!」

「にげろー、いきろー! といっているぴよ」

「……ディアも同じ事を言っていたな」

「あれはほんとにしんでたぴよ」

「ま、まぁ……そうだな。しかし花が歩いてくる、か」

「……魔物ですかね」


 歩く花の魔物は何種類かいる。どれも大したことはないが……。

 そこで【森の鑑定人】に反応がある。


『前方にフラワーアーチャー、数五十』


 Dランクの魔物だな。

 姿は大きなひまわりそのもの、根で歩く……そんな感じだったか。

 人間ほどの大きさの魔物で、種子を飛ばして攻撃してくる。


 見た目では強そうには感じないが、Dランクの魔物だ。

 Dランクで完全装備の兵士レベルの脅威と評価されている。

 それが五十か……。結構多いな。


「どうやらその通りだな。フラワーアーチャーが五十体」

「楽勝ですね」


 おお、すごく心強い。

 端的にステラが答えると、その辺に落ちていた細長い木の棒を拾う。


 ……そしてその場でスイングを始めた。

 びゅんびゅんと風を切る。


 フラワーアーチャーは種子を飛ばしてくるんだけど……スイングでどうするんだ?

 この魔物は遠距離攻撃が主体なんだが。

 飛び込んで殴りまくるのか……?


 そう思っていると、ステラはきっぱりと宣言する。


「全部、打ち返してみせます!」


 斜め右上の答えだった。

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