57.森へ

 うっかりマルコシアス召喚から数日。

 のんびりヒールベリーの村が揺らぐわけもなく、日々は過ぎていった。


 マルコシアスはとりあえず我が家に置くことになった。

 独り暮らしをさせるのは不安すぎるからな……。

 一気に同居人が増えたけど、これはこれで楽しいものだ。


 マルコシアスはナイフやフォークの使い方みたいなのは忘れていなかった。

 なので日常生活にそれほど不便はない。


 しかし力を戻すには根気がいるだろうな。

 ディアの成長頼みだからだ。


 そして森の探検へ出掛ける日がやってきた。

 主なメンバーは俺とステラ、ウッド、テテトカ、ブラウン、アラサー冒険者だ。

 それに冒険者の一団とマルコシアス、ディアも一緒にくる。


 マルコシアスとディアは連れていくか悩んだが、途中の休憩地点までなら問題ないだろう。

 そこまでは完璧なハイキングだからな。

 むしろ誰かに預ける方が不安である。


 冬にはまだ時間があり、木漏れ日が暖かい。

 森に来たのは久しぶりだな。

 相変わらず森は生い茂っている。


 とはいえ前回よりも俺の魔力は上がっているし、楽に進めるだろう。


「ドリアードの古い家までけっこうかかりますにゃん」

「一時間かそこらかかったんだっけな。でも今回はそれほどはかからないぞ」


 俺は魔力を集中させて、唱えた。


【森を歩む者】


 これは中級の植物魔法でもかなりの魔力を消費する。

 しかし効果は絶大だ。


 目の前の森全体がきしみ、草木がゆっくりとどいていく……まるで道を生み出すように。

 あっという間に森の中には道が現れた。

 大人二人分の幅なので広くはないけれども。


 だが歩きやすさで言えば段違いのはずだ。

 気ままに生えた草に足を取られることも、木の幹を避けることもしなくていい。


 さらに俺が歩いていくと道はどんどん延長される。

 魔力で植物を動かしたので、環境負荷もない。

 踏んだり切ったりするより遥かに良いだろう。


「……どうだろうか。これで進みやすくなっただろう」

「凄いですにゃん……。道が出来上がってますにゃん!」


 ブラウンの驚きにアラサー冒険者も頷く。


「大貴族の魔法っていうんですかね。いやぁ、土木工事いらずとは……。でもこれでとっても歩きやすいですぜ」

「ああ、とりあえず一気に進んでしまおう」

「ウゴウゴ、すすむ!」


 ちなみにディアは、俺の大きな胸ポケットの中に納まっている。

 ディアを運ぶ特別な服だ。

 ……カンガルーぽい見た目になっているが。

 ディアは上半身を出しながらぴよぴよしている。

 かわいい。


 ステラやウッドはフィジカル要員だからな。

 俺は魔法主体だし、この方が多分良い。


「ぴよ! たんけんぴよー!」


 初めて村を離れるとあって、ディアのテンションは高いな。

 マルコシアスも目をきらきらさせている。なお紅い鎧は目立ちすぎるので物置行きだ。

 今はもこもこの防寒具に身を包んでいる。


「わぁ~……森を行くのは我、初めてです」

「おなじぴよ!」

「……いえ、マルちゃんは初めてではないと思いますが」


 冷静にツッコむステラ。

 ふむ、やはり連れてきて良かったか。

 家でも一人にさせるのは不安だもんな……。


 ◇


 森を進むこと二十分。

 道のりは順調だ。やはり道が出来ると段違いに早い。


 道は一回作ればこのままだし、この調子で歩いていくか。


「にゃん……あのマルシスという女性にゃけど……」


 いつの間にか俺の隣に来ていたブラウンがこそっと言ってくる。

 そう、対外的にはマルコシアスはマルシスで通していた。

 さすがにマルコシアスそのままでは問題だからな……普通の女性の名前じゃないし。


「明るいけど、大変にゃんね。記憶喪失とかにゃんとか?」

「……ああ、そうだ」


 ブラウンが同情の視線をマルコシアスに向ける

 そのマルコシアスは今、膝をがくがくさせながらステラに手を引かれていた。


「……なんなのだ、あのわけのわからない生き物は……。脚がたくさんあった。我、怖い」

「あれは蜘蛛というやつです……」

「凶悪そうな面構えだったぞ。人を何人も殺しているに違いない」

「いえ、親指くらいの大きさで毒もない種類でしたけど……」

「こころをつよくもつぴよ。かあさまがいるぴよー!」

「ああ、そうだな……。また来たら追い払ってくれ。脚が五本以上の生き物は……がくがく」

「…………虫がとっても苦手なんですね」


 と、こんなやり取りをしていた。

 ふむ、記憶の刺激になるかと少し期待したんだが。

 ぶっちゃけ駄目そうだな。


「貴族令嬢を預かるからどんな方が来るかと思ったにゃんけど……」

「だから言ったろう? 知り合いの令嬢が記憶喪失で、療養が必要なんだ」


 俺は村の皆にこう説明した。


『知り合いの貴族令嬢をしばらく預かる。

 彼女は記憶喪失でしかも箱入り娘で言葉遣いも少し変わっている。

 でも気にしないで欲しい』


 実際、嘘は付いていない。

 地獄の侯爵で記憶喪失なのは本当だ。

 恐ろしいことに本当なのだ。


 こう言っておけば、あえて詮索する人はいないだろう。

 なにせ貴族絡みだからな。

 ……かなり適当な設定なので、突っ込まれると結構困るが……。


「彼女にポーション系は試したんにゃんね?」

「もちろん。効果はなかったが」


 念のため、今使えるポーション類はマルコシアスに全部使ってみた。

 しかし効果はなし。


 召喚事故に伴う現象は単純なデバフではないからか……。

 ある程度、予想は出来ていたけどな。いずれにしても簡単に解決はしなさそうだ。


 ブラウンもポーション類を扱う商人、それで大方の状態を察したようだ。


「じゃあやはり根は深いにゃね……」

「そうだな……。時間をかけるしかない」

「……うちらの親戚にちょっとしたコネがあるにゃん」

「記憶喪失に効きそうな人物が?」

「確証はないけどにゃん」

「それでもありがたいよ、出来ればお願いしたい」


 ナールやブラウンはポーション関係の仕事だからな。

 人脈はあるのかもしれない。


 召喚事故とは言えないが、その関連を治癒する人材もいるかもな……。


「ぴよ、おっきなきぴよ!」


 と、歩いていたらいつの間にか古いドリアードの家に辿り着いた。


「大きいですね、我が主。でも村の方にある塔の方が大きいですが……」

「あれはとうさまがつくったらしいぴよ!」

「ええっ!? そうなのですか……。普通の人間の魔力ではありませんね!」


 いや、君は人間じゃないけどな。


「ん……?」

「あれ?」


 マルコシアスとステラが同時に声を上げる。

 その視線の先。

 古い家の裏からちょこんと影が見えた。

 子供サイズだが良くわからない。

 というか、よく気付いたな。


 その影はこちらを確認すると……。


「ぴよ……? ぴよー!」

「あ、なかまぴよ!」


 走って森の奥へと消えたのだった。

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