58.大木の下に

 今の鳴き声はディアにとても良く似ていた。

 もしかして、あれはコカトリスか。

 よく見えなかったけれども。

 まぁ、ぴよぴよ鳴くのは他にいないはずだが……。


 ステラが素早く聞いてくる。


「……追いますか?」

「いや、いい……。単独行動をするほどじゃない。今の影は森の奥に行ったんだ。俺達が行けば会えるかもしれないし」

「わかりました」

「先にテテトカに話を聞こう。呼んできてくれ」


 元々、テテトカはこの森に住んでいたんだ。

 もちろん今回も一緒にいるしな。

 俺達は隊の前列にいて、テテトカは隊列の中頃のはずだ。


 しかし、この森にコカトリスがいるとは聞いたことがない。

 冒険者からの報告にもなかったが……。


 どうして今回は現れたのか?

 うーん、まさかディアがいるからか。


 森に入ってからも、ディアは普段通りぴよぴよしていた。

 その鳴き声に興味を持った……?

 あり得なくもなさそうだ。


 俺は胸ポケットに入ってくるディアを撫でながら聞いた。

 ふさふさ。


「……あれは仲間だったか?」

「ぴよ、まちがいないぴよ!」

「ええ、あの鳴き声は間違いありません……。あの少し甲高いぴよぴよはコカトリスです」


 正直、ディアのコカトリス認定はちょっと怪しい……。

 ジェシカの件があるからな。

 しかしステラも認めるとなると、多分本当だろう。


 同じく前列にいた、アラサー冒険者が言う。


「少し元気がないようでしたがね」

「そうなのか?」

「もう死ぬほどコカトリスの声を聞いてますからね。なんとなーくだけどわかるんですよ」


 それは凄いな。

 まぁ、ザンザスの迷宮に潜っていればそうなるのか。

 話によるとかなりのコカトリスがいるようだし。


 ともあれ、意見は一致している。

 あれはコカトリスで確定だな。


 そうしていると、テテトカが前列へやってきた。


「はいはーい、お呼びですか? もぐもぐ」


 草だんごを食べながら歩いてきた。

 完全にハイキング気分だ。


「悪いな、テテトカ。実は――」


 テテトカに説明する俺。

 ふむふむと聞いていたテテトカだが、答えは意外なものだった。


「んー、この森に魔物? 鳥さんですか……。見たことありませんねー」

「うーん、知らないんだな」

「ぼくたちもあまりお散歩するわけじゃないですけど」

「なるほど……」


 なんだか納得できた。

 ドリアードは土に埋まるのが大好き。

 出歩いたりしないからな。


 そうなると鍵はやはりディアか。

 このままディアを連れていけば、接触できるのだろうか。


「ぴよ?」

「仲間に会いたいか?」

「あいたいぴよ!」


 そうだよな。ディアならそう答える。

 ……ふむ、この探検にコカトリス探索を含めるか。

 やることはあまり変わらないしな。


 ◇


 俺はそのまま、ドリアードの古い家へと歩いていく。

 前に見たときよりも、色が落ちているというか……。

 枯れかけていた大木は、いまにも寿命が尽きようとしていた。


「さてと、まずはひとつめの休憩所だな。テテトカ、使わせてもらうぞ」

「はーい、喜んで」


 植物魔法には治癒する魔法も存在する。

 もっとも植物にしか効果がないが。


 今回、俺がこの大木に使うのは再生の魔法だ。

【再誕の癒し】


 難度は中級。

 枯れたり腐った部分を取り除いて、生まれ変わらせる魔法だ。

 サイズは小さくなるものの、かなりの延命が望める魔法である。


 前回来たときはとても魔力が足りなかったが、今なら大丈夫だ。


 俺は大木に触れながら、魔力を込めて唱えた。


【再誕の癒し】


 体からぐぐっと魔力が抜ける。

 やはり元のサイズが大きいと魔力をごっそり持っていかれるな。

 だけどまだ魔力には余裕がある……。


 まぁ、魔力回復ポーションを持ってきているから大丈夫なんだけどな。


 俺の触れた所から緑の光が走り、大木を包み込む。


 メキメキ……!

 ゴゴゴ……!


 少しの間、古い部分を再構成する音が響く。

 その音が止むと緑の光も同時に消えた。


 大木はかなり小さくなった。

 しかし枝には葉が戻り、色つやも良くなっている。

 枯れかけではなくなった。


「おー! 枝に葉っぱがありますー!」

「……成功だな。でも元の五分の一くらいになってしまったが」

「でもこの木が生きているほうがいいですー」


 テテトカは喜んでいた。

 この大木の家は今後、森を探検する際の拠点になる。

 ドリアードも賛成していた。大木もそれが嬉しいだろうと。


「よし、とりあえず小休憩だな。おっと、根も小さくなったから……地面がヤバいな」


 見ると地面がでこぼこになっている。

 大木の根の部分もざっくり魔法で変わったからな。

 ふむ、穴も空いてる。そこから大木の根も見えた。


 ……これは陥没するかもな。補強しないとまずいだろう。


「土と植物魔法で埋めるか……」

「ええ、すぐ終わるかと思います」

「ウゴウゴ、はこんでうめる!」


 幸い、柔らかい土はそこら辺にあるしな。

 後は他の根が強い植物でも生やしておけば問題ないか。


 さて、どこからやろうか……。

 俺はステラと穴の周囲を見て回る。


「父上、父上」


 隣に来ていたマルコシアスが俺を呼ぶ。

 いいんだよな、俺のことで……。


「どうかしたか?」

「この穴の奥に石が並んでいるのだ。これは普通か?」

「ぴよー?」

「……どういう意味でしょうか?」


 うん、俺もわからん。

 ディアも首を傾げているぞ。


「ぴよよ、わからないぴよ」

「穴の奥に石が並んでいるのが見える。としか言えない」

「私には……見えませんね」

「マルちゃんにはみえるぴよ?」

「我が主、その通りだ。闇の中でも我が眼はぱっちり見える」

「ふむ……穴の奥に、か」


 マルコシアスの言葉はよくわからないが、嘘を付く理由もない。


 穴を覗いてみるが見えないな。

 よし、植物魔法を使うか。

 生み出せる植物のラインナップには光る植物も含まれているからな。


 俺は魔力を集中させる。


【月見の苔】


 穴の周囲から光る苔が生えてくる。

 そのまま苔は穴の中に沿うように生えていく。

 これである程度なら見えるはずだが……。

 苔が光るおかげで穴は明るくなってくる。


 そして穴の奥、かなりの地下まで見えた。

 どれどれ……?

 あ、マルコシアスの見間違えじゃない。


 俺の目にもはっきり見えた。

 これは石畳か……?

 規則正しく石が敷き詰められている。


 いや、それだけじゃない。

 俺の見ている穴から、横にも穴が伸びているな……。

 俺はぽつりと呟く。


「……これは地下通路か」

「あるいていけそうぴよ!」

「ああ、そんな感じだな……」


 まさかこんな通路があるなんて。

 そのまま埋めるところだった。


「良く見つけてくれた、マルシス」

「すごいぴよ!」

「我が主と父上の役に立てて嬉しいぞ。うん? どうした難しい顔をして」


 見るとステラが腕を組んで考え事をしていた。


「ふぇぇ……あ、すみません」

「大発見だろう。どうだ? 蜘蛛を取ってくれた礼になったか?」

「ええ、それはもちろん……。というか、マルちゃんの方が凄いと思いますが……」

「なに、今後も虫が出たら取って欲しいだけだ」

「ま、まぁ……それはなんでもないことですが……」

「それでステラ、考え事をしていたのでは?」


 俺の問いかけにステラが頷く。


「はい……この石畳なのですが、見覚えがあります」

「ふむ、ステラに見覚えが……。そうするとかなり昔からある通路か」

「多分、そうですね」


 そこでステラは一息入れた。


「ザンザスのダンジョンで同じ石畳を見ました。この通路は、ザンザスへと繋がっているのではないかと」


 ……なるほど。

 俺はなんとなく納得した。

 もしその推測が本当なら、コカトリスがここにいてもおかしくないわけだ。

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