48.娘のために
さて、ドリアードもうまく説明しないとな。
これも迂闊に答えるとまずいことになりそうだ。
なにせドリアードの頭には花が咲いてたりするし……。
ちゃんと人であると理解してもらう必要がある。
幸い、ディアの知能はかなり高い。ちゃんと説明すれば大丈夫だ。
だから不安そうな顔をしなくていいぞ、ステラ。
「……あれはひなたぼっこみたいなものなんだ。ディアもひなたぼっこは好きか?」
「すきぴよー! でも……」
「……ふぇぇ」
「おひさまに当たってない……ぴよ?」
ドリアードは縦に埋まってるいるからな。
外に出ているのは首から上だけ。
そこにやはり気付くか……。
……気付くよな。
「おひさまに当てたいのはあの花の方なんだ。他は当てたくないから、ああしてるんだ……。日焼けしちゃうから」
「ぴよ……なるぴよ……」
「だからあれも見掛けたら、そっとしておくんだぞ。つっついたりしないように」
さらに埋められても、掘り起こされても困るのだ。
温かい目でスルーして欲しい。
「とうさま、わかったぴよ!」
「わからないことがあったら、なんでも聞いていいからな」
「はいぴよー!」
かわいいなぁ……。
今は指先しか触れないが、大きくなったらいっぱいもふもふしよう。
ディアにとっては、見るもの全てが新鮮。
大樹の家とかあれこれに質問が飛んでくる。
今日はかなり暖かい。
朝とはいえ散歩日和だ。
ディアと話ながら歩いていると、次に出くわしたのはニャフ族のブラウンだった。
出会うなり、元気良く挨拶してくれる 。
「おはようございますにゃ!」
「ああ、おはよう」
「おはようございます!」
「おはよー!」
「んにゃん? お二人の他に声が……」
「あたしぴよ!」
「実はな……」
かいつまんでディアの説明をする。
もちろんコカトリスクイーンの孵化計画はブラウンも知っているけどな。
けど、コカトリスクイーンの雛がいきなり喋り出したのは予想外だったし……。
そこは説明がいるだろうな。
「……奇跡みたいですにゃん。さすがはエルト様とステラですにゃん」
「そうか……?」
「どう考えてもお二人の力だと思いますにゃん。にゃん……これがコカトリスの雛にゃん」
「ねこさんだー。ねこさんもひなたぼっこ、すきぴよ?」
「……んにゃん?」
「ふぇぇ……最初、土風呂に入った方々を見たので……」
「あ、なんとなくわかったにゃん……。もちろん好きにゃん。もっと大きくなったら、一緒にひなたぼっこするにゃん!」
「わーい、するぴよ!」
そんな感じでブラウンと別れると、ディアがうとうとし始めていた。
「ぴよ……ぴよ……」
「眠くなったら寝ていいんだぞ」
「ぴよー……なでてー?」
俺とステラで優しく撫でる。
指先だけだが、伝わってくる感触が気持ちいい。
ふさふさ、ふわふわ……。
もうディアはかなり眠かったらしい。
撫で始めてすぐに、すやすやと眠ってしまう。
「すや……ぴよー……すや……ぴよー……」
俺はステラにささやく。
「満足したようだ。戻ってちゃんと寝かせてあげよう」
「……それなのですが……」
「何かあるのか?」
「しばらくこの子と一緒にいたいんです。大きくなるまで……」
「それはもちろんだ。構わないぞ。俺も一緒にいたいが……」
と、ここで俺ははっと気付いた。
そうだ……今日は自然な流れだったが、俺とステラは別に同居してるわけじゃない。
このまま別れると、ディアはどちらかが預かることになる。
……ディア的にそれはどうなんだろう。
今日の感じだと、知識旺盛で人が大好き。
甘えたがりで撫でるのをせがんでくる。
もちろん生まれたばかりなのはあるだろうが……。
このディアが目を覚まして俺かステラがいないのに気付けば、きっと疑問に思うだろう。
ふむ……解決は簡単だが……。
俺とステラが同居すればいいだけなんだから。
問題はステラがオッケーするかどうかだが……。
ええい、迷ってられるか。
ディアのためには、これが一番のはずだ。
やましい意味なんてないからな。
家にはウッドがいるし。
そんな雰囲気にはならないぞ。
「……ステラ、しばらくなんだが」
「あの、エルト様にお願いが」
被った。
ほぼ同時に俺達は言葉を発していた。
ん?
これはもしや……。
ステラも全く同じ事を考えてるのか。
「あ、ああ……ステラからどうぞ」
「い、いえ……エルト様から」
「いや、ステラから」
「いえ、エルト様から」
「いやいや」
「いえいえ」
……まぁ、お互い相手に喋らせようとして。
結局、同居することになったのだ。
ディアがちょっと大きくなるまでな。
もちろんこれはステラにとっては仕事でもある。
ちゃんとボーナスを払う約束を結んだ。
◇
と言っても、なんだろう……。
俺はこの世界に生まれて、言っても人に囲まれて生きてきた。
冷遇されていたとはいえ、大貴族の生まれ。
常に周りに人がいたのだ。
なので、今さらステラと同居すると言っても、何かが変わるわけでもない。
特に嫌なわけでもないしな……。慣れてるのだ。
それにウッドもいるし……。
一度、ディアは俺が預かって家に連れ帰った。
ステラは同居の用意だ。といってもすぐに済むと言っていたが。
冒険者達ゆえ、その辺りは手早くやるらしい。
ウッドにもディアを紹介する。
小さく丸まって寝ているディアを見て、ウッドはつぶやく。
「ウゴウゴ……かわいい」
「ああ……大きくなるまで、一緒に暮らすからな」
「ウゴウゴ、わかった」
「あと、ステラもしばらく一緒に暮らすから……」
「ウゴウゴ、わかった」
こういうとき、ウッドは茶化したりすることはないからな。
なにせツリーマンはそういう恋愛脳じみた考えは持たない。
その方が正直、ありがたいしな。
ステラには空いた部屋のひとつを使ってもらおうか。
家具なんかは後でウッドと運ぼう。
少ししてステラが家にやってきた。
本当に早いな。
一時間くらいしか経ってないぞ。
ディアが寝ているので、ひそひそ声だ。
「お邪魔いたします……!」
「ああ、入っていいぞ」
「ウゴウゴ、ようこそ」
ステラはいくつもの旅用バッグを持ち込んでいた。
俺だとひとりで運べなさそうだが、ステラなら余裕なんだろうな。
……ひとつ、気になるバッグがあるが。
そのバッグには縦長のクッションがそのまま刺さっていた。
「それは……?」
「抱き枕です。旅先だと大丈夫なんですけど、家だとこれがないと落ち着かないので」
「なるほど……」
突っ込まないぞ。
ステラはSランク冒険者。そしてエルフで数百年前から生きていて色々と違うからな。
スルーするのが正解なのだ。
「あと最初に申し上げると、基本的に家だとラフな格好で過ごしているのですが……」
「裸が基本でなければ、別にいい。お互い節度はいるが、堅苦しすぎても疲れるからな。俺もそのつもりだ」
「裸は駄目ですか、やはり」
「駄目だよ」
「ではお酒は控えます」
「そうしてくれ」
酔うと脱ぎ出すタイプか……。
最初に擦り合わせておいて良かった。
と、そのときだった。
ディアが突然、ぱちりと目を覚ました。
「おはよー! とうさま、かあさま!」
「ああ、おはよう」
「おはようございます……!」
今日、二度目だけども……。
まぁ挨拶は大事だからな。
「ウゴウゴ、おはよう!」
「ぴよ? きがしゃべったー!」
ディアもコカトリスじゃ……いや、やめておこう。
まずはディアの疑問に答えるのが先決だ。
それよりも……あれ、さっきもこの流れを見たような気がするな。
……後年、王国から賢者と称されるディア。
生まれて一日で土に埋まった人の生死を問い、喋る木を見たという。
そんな伝説の一日になるとは、俺は思ってもみなかった。
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