38.誰もが欲しがるお土産マント
それから数日。
俺は日々の仕事をこなしながら、草だんごを作っていた。
今は生け簀のある倉庫で草だんごをこねこねしている。
魔力を底上げする訓練と平行して、スキルも鍛えたいしな……。
【ドリアードの力】は今だと草だんごをうまく作れるだけのスキルだ。
しかし鍛えれば、恐らくドリアードと同じように農業にプラスの効果が発生する。
ぜひともそこまで鍛えたいのだ。
ゲームではスキルを鍛えるルートはふたつ。
ひとつはNPCのクエストをクリアして、スキルが鍛えられるルート。
もうひとつは使い続けることで鍛えられるルート。
【ドリアードの力】は複数の鍛える方法があったはずだ。
とりあえず、草だんごをこねる際にスキルは発動している。
しばらくは草だんごをこねこねして、様子を見てみよう。
なお俺の隣では、ブラウンが気合いを入れて草だんごをこねこねしていた。
もちろんスキルは獲得してもらっている。
ブラウンはナール、アナリアに続くスキル持ちになったのだ。
「こねこねにゃん……こねこねにゃん……」
そのブラウンはご機嫌に草だんごをこねている。
ボールで遊んでいる猫みたいだ……かわいい。
「楽しんでこねているな」
「もちろんですにゃん! エルト様のおかげでスキルも得られましたにゃん。頑張って草だんご作りますのにゃん」
こねこね。
「あとは生け簀も追加するし、そうなると餌の必要量も増える。スキルが鍛えられればさらに楽になるが……」
「ドリアードはあちしの二倍から三倍作るのが早いですにゃん。やっぱりこねまくらないと……いけないのですにゃん」
「そうだな。何事もやり続けるしかないからな」
こねこね。
こねこねこね……。
草だんごをこねていくのも、なんだか癖になるな。
スキルの発動という区切り――草だんごの完成がわかるようになったからか。
それはブラウンも同じみたいだ。
実に楽しそうにこねこねしている。
ナールもそうだったけど、ニャフ族はボールみたいなのを触るのが好きなんだな……。
意外と向いているんだろう。
草だんごはニャフ族とアナリアに任せておけば、安心だな。
◇
一方、ステラとウッドは迷宮都市ザンザスへと到着していた。
前回よりも人通りが多く、さらに街の熱気は増している。
――何かを待っているような。お祭りの直前のような空気だ。
冒険者ギルドへ行くとさっそくギルドマスター、レイアの出迎えがあった。
それはいいとして……ステラは冒険者ギルドにどかどかと増えていた看板が気になっていた。
ウッドも首を傾げながら、
「ウゴウゴ! このかんばんはどういういみ?」
「『英雄ステラが挑む、未踏破エリアの大攻略! 第四観光ツアー予約受付中!』と書いてありますね……。私も正直、よく意味がわかりませんが……」
「こ、これも時代の流れです。冒険はしたくないけど冒険者の後は追いたい、そういう方が多くて……」
「は、はぁ……なるほど……?」
「大丈夫です。ちゃんと視界には入れないよう、邪魔にはならないようにするので!」
「ウゴウゴ! ちゃんとみればいいのに!」
「いえいえ、気が散るかもしれませんので……」
この受け答えを見て、ステラも時代は変わったなぁ……と思った。
しかし悪い気はしなかった。
ザンザスのダンジョンは世界でも屈指の高難度である。
ランクはSSS。発見されて千年近く経っているが、いまだに最深部へ到達できていないダンジョンなのだ。
それが何百年も死者を出さず、のんびりツアーを組めるまでになっている。
これこそステラの望んだこと――命を大事に!
ちょっと違う気もするが、多分誤差だろう。
「まぁ、その辺りはお任せします……。危険がないなら、ダンジョンに潜るのは人の性です」
「おお……ありがとうございます。そして素晴らしいお言葉です。ダンジョンに潜るのは人の性! 来年の冒険者ギルドのスローガン、頂きました。マントに刺繍して売りましょう!」
「ふぇぇ、それって欲しい人いるんです……? ま、まぁ……好きにしてください」
商魂たくましい。
それでも半ば命を捨ててダンジョンに挑むよりはずっといいけれど……。
そんな風に思うステラであった。
◇
昼になって、俺はテテトカや冒険者達と一緒に湖に来ていた。
少し風が冷たいか。樹木の葉が赤く染まりつつある。
このヒールベリーの村には四季がある。
とはいえ日本に比べると、穏やかにしか変わらないが。
新しい生け簀は前のに比べると小さい。
うーん、仕方ない。急いで用意できるのはこのサイズまでなのだ。
「この生け簀は前のよりも小さいですねー」
「ああ、大きいのは中々手に入らないんだ。このくらいのサイズだと比較的早く入ってくるんだが……。いずれ大きい生け簀に置き換えばいいだろうし」
「なるほどー。この生け簀だと入るのは二匹くらいです?」
「そんなもんだな……」
あとは俺の作った草だんごのテストもある。
生け簀を泳いだレインボーフィッシュの餌にはなったが、湖の釣り餌として使えるかどうか。
もし駄目だと悲しいので、テテトカに来てもらったのだ。
さっそく魔法【巨木の腕】を発動させて、小さい生け簀を湖へと降ろしていく。
その様子を見ながら、テテトカがぽつりと呟いた。
「そういえば、今日くらいにステラとウッドはザンザスに着いているんですよねー」
「……ああ、そうだな」
命の危険はないという話だったが……きっとハードな攻略になるだろう。
あのレイアとステラが真剣な顔をしながら、打ち合わせする様子が目に浮かぶ。
間違っても観光ツアーのようにはならない……。
お気楽なプリントTシャツで喜ぶ、そんなのんびりツアーとは訳が違うはずだ。
「信じて待とう。俺達が出来るのはそれくらいだ……」
「ですねー」
俺はお手製の草だんごをちぎって、湖に投げ入れる。
ぽいっ。
さて、どうなるか。
……少し待つとレインボーフィッシュが数匹、すーっと近寄ってきた。
湖の側に立つアラサー冒険者が、興味深そうに頷いている。
「ドリアードの草だんごよりも落ち着いた反応ですねぇ。でもちゃんと食べてますよ」
「そうか、それはよかった」
「捕まえるのなら、こちらの方がいいかもしれませんね」
「むっ……そうか?」
「ええ。ドリアードの草だんごだと興奮しすぎ、集まりすぎですからね。落ち着く時間が必要になるんですが……この草だんごなら、集めすぎないみたいでさ」
「なるほど、そういう利点があったか」
そうして思いの外、スムーズにレインボーフィッシュを捕らえることができた。
草だんごを使い分けることで、さらに効率が良くなるんだな……。
ドリアードの作った草だんごは育てる用。俺達の作った草だんごは捕まえる用か。
中々に奥が深い。
だけども少しずつ効率化できている。
これは間違いなく前進だろう。
よし――俺はレインボーフィッシュの飼育についても確かな手応えを感じるのだった。
余談。
帰ってきたステラから今回の冒険話を聞いた俺は、ひとしきり笑ってしまった。
そしてヒールベリーの村のお土産物屋さんに「ステラのスローガン刺繍マント」が並ぶのは、また別の話である。
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