39.死鳥の草原、もふもふいっぱい
翌日。
朝からぽつりと雨が降っている。
少し肌寒くなってきた。
今日は休日だ。
とはいえ、今日は朝から予定がある。
皆でお菓子を作って食べ合うのだ。主な参加者はニャフ族とドリアードだが。
この発端はドリアード達である。ドリアードは基本的に甘いものに目がない。
平日でも休日でも草だんごを作っては食べている。
それに乗っかってお菓子を作って食べよう……まぁ、それだけなのだが。
この世界でも甘いものを食べるのは娯楽だしな。
今だと大樹の塔が一番大きな建物だ。
集まるにはうってつけだろう。ドリアードはその辺、全然気にしない。
というより、ドリアードもニャフ族も集団でいるのが好きみたいだしな……。
俺もウッドがいないのと、草だんごをこねたいので参加するのだ。
平日だとなかなか草だんごをこねるまで時間が作れないしな。
休日のそういう機会に、こねこねしておきたいのだ。
身支度を整えて家を出る。
そういえば雨が降っていたな。
即席の傘を植物魔法で作ってみる。大きな葉を持ち水を弾くサトイモの葉は、傘にぴったりだ。
村の中を歩いていると、ニャフ族が前を行っているのが見えた。
俺と同じで大樹の塔に行くんだな。
ニャフ族はご機嫌に歌いながら、列を作っている。
全員、レインコートを着ているな。
色とりどりで耳と尻尾がちゃんと出ている……。
それが並んでいるので、なかなかかわいい。
「にゃんにゃん……雨が降ってもにゃんにゃんにゃん……」
歌は割りと適当というか、ノリだけっぽいが……。
歩きながら見ていると、ナールが俺に気付いたようだ。
「んにゃ、エルト様! おはようごさいますにゃ」
「おはよう、ナール」
「その葉っぱの傘、とても素敵ですにゃ。それも魔法ですにゃ?」
「ありがとう、その通りだ。ニャフ族のレインコートも似合っているぞ」
そう言うと、ナールが尻尾をぴこぴこと揺らした。
「ありがとうごさいますにゃ! このレインコートは今度取り扱う新商品ですにゃ。薬師との合同開発で、表面に水を弾く薬が塗ってありますのにゃ」
「なるほど、しっかりしているな」
「ですにゃ。ニャフ族や獣人にとって毛並みは大切ですにゃ。今は皆でテストしているのですにゃ」
本当にニャフ族は無駄がないな。
感心しながら少し歩くと、大樹の塔に到着した。
……すでに土風呂に入っている冒険者がいるな。
屋根が付いているとはいえ、雨が降っていても朝から入る根性は凄い。
あの土風呂大好きアラサー冒険者も、しっかりとすでに入っている。
「おはようございます、領主様!」
「おはよう……。朝から満喫しているな」
「ええ、今日は雨でしょう? 家に居るとどうもだらだらしてるだけになるんで……」
「ここの土風呂も、入っているだけだと思うが……」
「そうなんですよ。でも土風呂なら健康になれますし。雨は人が少ないんで、交代しなくてもいいんですよ。長く入れるんです」
「……なるほどな……」
もう癖になっている人の言い方だけど、深くは問わない。
実際、体には良いのだし。
ここに来る前の冒険者暮らしで、それなりに不摂生だったのかもしれないしな。
アラサー冒険者には元気で働いてもらいたいし、自己管理はいいことだ。
そう思っているとナールが頷きながら、
「にゃ、ここでお菓子を作るんにゃけど……あとで持ってくるにゃ」
「いいんですか!?」
「遠慮はしなくていいにゃ」
ふむ、余ったお菓子の処分係だな。
動けない相手の口に押し込んだりはしないだろうが。
でも甘いものをいっぱい食べたら、健康から離れるのでは……。
いいや、深く考えるのはやめておこう。
土風呂がきっとすべてを解決してくれる……。
◇
ザンザスではいよいよステラとウッドが、ダンジョンへと出発していた。
ザンザスのダンジョンは各階層で現実が歪み、不可思議な空間が広がっている。
それぞれの階層ごとに全く異なるエリアになっているのだ。
そしてザンザスのダンジョン第一層は、こう呼ばれている。
死鳥の草原。
広大なサバンナのフィールドに、ただ一種類の魔物が生息しているのだ。
今ステラとウッド、それに同伴の精鋭冒険者達がゆっくりと草むらを進んでいた。
胸の高さほどもある薄茶色の草のせいで、視界は良くない。
精鋭冒険者は動く雷対策で呼び集められた、ザンザス外の冒険者だ。
主に魔法攻撃を担当する。
彼らは総勢十人、かなりの大パーティーになっていた。
全員がランクAの冒険者であり、才能あるベテランと言っていい。
とはいえ、あまり威圧感はない。レイアが一夜で用意したダサマント「ダンジョンに潜るのは人の性」刺繍入りを装備しているからだが。
レイアはそんな冒険者を「ザンザスのダンジョンがどれほどか、体験してもらうため」と言っていた。
「……荷物持ち兼リアクション係とも言っていたような……うーん?」
そんな精鋭冒険者の顔が、全員こわばっている。
杖を持った水色の服を着た女性魔術師が、荒く息を吐く。明らかに顔色が悪い。
ステラは気遣って彼女に声を掛けた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫ですか? まだダンジョンに入って間もないですけれど……」
「すみません、ステラ様……。ここにいる魔物のことを考えていたら、気分が悪くなって」
「入る前に説明があったように、ルートを外れなければ大丈夫ですよ。ここ何百年も第一層で死人、重傷者は出ていませんから」
「それはわかっているのですが……」
「ウゴウゴ……たちどまる!」
一番背丈のあるウッドが先頭で見張り役をしている。
直後、甲高い魔物の声がサバンナに響き渡った。
ぴよぴよ!
それは巨大な黄色いヒヨコ――コカトリスであった。
身長三メートル、たっぷりとした毛を揺らしながらのしのしと歩いている。
そのままコカトリスはステラ達には気付かず、草原の向こうへと歩いていった。
「ま、またコカトリスが……! ああ、本当にここはコカトリスしかいないんだ……」
「刺激しなければ安全ですけれど……」
「でもザンザスのコカトリスはAランクの魔物ですよ? 他のダンジョンでは、第一層からAランクの魔物なんて出てきません……。ここだけが特別なんです」
「まぁ……そうですね……」
大抵のダンジョンでは、第一層の魔物はFからEランクがいいところ。
いきなり第一層からAランクの魔物が徘徊するのは、世界でもザンザスのダンジョンだけだ。
「でも本当に大丈夫ですからね。彼らは気のいい魔物なので……あっ、あっちでまたコカトリスが出会いますよ」
ザンザスのコカトリスは草原で出会うと、必ず一定の行動を取る。
これはザンザスのコカトリスだけの特別な生態である。
もふもふのコカトリスはお互いを認識すると、ダッシュする。
どたどたどた……。
大地が揺れる。
そして、出会うとハグをするのだ。
ずしーん!
ぴよぴよ。
ぴよぴよぴよ!
そのまま鳴き合って挨拶すると、また離れる。これがコカトリスの習性なのだ。
かわいい。
この心温まる風景がステラは大好きであった。
「ふぅ、かわいくて癒されますね……」
しかしステラの呟きを信じられない、という顔で精鋭冒険者達が見つめる。
「いえいえ……! ほぼ地獄ですよね? Aランクの魔物がこんなにいるなんて……」
「ここのコカトリスは草食性で襲ってはきませんよ。動くものを見ると、仲間と思ってハグしてくるだけで……」
「「それが問題です!」」
ザンザスのコカトリスはとても温厚である。
なにせ第一層には他に動物や鳥、魚さえもコカトリス以外にないのだ。
そのため、動くものはサイズが違っても仲間だと勘違いするのだ。
そしてさっきのように、突進してハグしてくる。
「大丈夫ですよ。ハグされても力を抜いて胸毛に入るんです……そうすればもふもふで、怪我もしませんから。暴れると、コカトリスは心配してさらに力を入れちゃうんで……」
「「ひぃぃ……」」
リアクション係とはこういうことか。
ステラはぼんやりと思った。
魔法を使える冒険者は貴重とはいえ……多分、自分とウッドだけで動く雷は攻略できるのに。
まぁ、いいか……。
麻痺治しのポーション五十個は重い。運んでもらうのに越したことはなかった。
それよりも久し振りにコカトリスを見て感じる。
……かわいい。すごくもふもふしてる。
「はぁ……コカトリス、一匹飼いたいな……」
「恐ろしい、これがSランク冒険者……!」
このときのステラはまだ知らない。
ヒールベリーの村にいずれ、コカトリス牧場ができることを。
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