37.こねこね

 鱗を一枚ずつ持ったアナリアとナール。

 少し緊張しているようだ。


 わかる……鱗の味なんて想像つかないからな。

 スキルを獲得できると思っても、勇気がいる。


「それでは……」

「食べますにゃん」


 ごくり。俺もなんだか緊張するな……。

 これでスキルが得られなかったら、ピリ辛の鱗を食べただけになるんだし。


 顔を見合わせて意を決した二人が、鱗を一息で食べる。


 ぱりん。


「んん……っ! 辛い……!」

「ピリッとしたにゃ……」

「大丈夫か? 水ならここにあるからな」


 この世界には辛味が少ない。

 念のために用意してみたのだが。


 アナリアは手をぱたぱたさせながら、


「い、いえ……すぐに収まりました。すっと抜けていく辛さですね」

「食べた瞬間だけでしたにゃ。……これはこれで、なんだか舌に残らないのが惜しいですにゃ」

「ええ……確かにおやつにちょうどいいかも」


 ふむ、鱗自体も辛いけど悪くはないみたいだな。

 いつか鱗の生産に余裕ができたら、何かに使えるかもしれない。


 恐らくだが、ちょっと鱗を食べるだけではスキル【ドリアードの力】は得られない。

 というのも元々、鱗は少数だけど市場には出回っていた。


 あのアラサー冒険者が俺に、鱗は肥料として使えると教えてくれたんだからな。

 肥料ならある程度、口に入りそうなものだが……しかしスキルについては知らないようだった。

 破片くらい口に入っただけでは、スキルは得られないんだと思う。


 その辺りもこの世界ではどうなるのか、調べていこう。


「スキルが得られるまで、俺も食べてから少しかかった。しばらく待つか……」

「草だんごを作る準備をしてますね」

「そうだな。今のところ、草だんごを作る以外に確かめられないしな。もしちゃんとスキルが発動すれば、作っている間にわかるはずだ」

「こねこねしますにゃ!」

「ええ、皆で草だんごを作りましょう!」


 ◇


 一方、ステラとウッドは昼ご飯のために小休止を取っていた。

 馬車がとまって二人は道へと降り立つ。


 昼ご飯をつくるのは、ウッドだ。

 エルトにも作っていたので、出来る限りここでもご飯を作りたいらしい。

 ステラに異論はなかった。元々、それほど食にはこだわらない方なのだ。


 村から離れて思うのが、少しだけ風が冷たいということだ。

 ヒールベリーの村は大樹のおかげで、風が来ない。

 それに魔法の産物だからか、大樹の家はほんのりと適切な温度が保たれているのだ。

 そのため、住人はザンザスよりも快適に過ごしているのだ。


「ふぇぇ……体がバキバキです……」


 ステラがぐーっと体を伸ばす。

 のびのびー。

 どうしても馬車だと体がこってしまう。


「ウゴウゴ! ごはん、できた!」

「ありがとう、ウッド。わぁ、おいしそう!」


 ヒールベリーの村から持ってきた、新鮮野菜のサラダ。

 それとたぶん、ウッドが力の限り絞ったジュース。

 それらがお皿に綺麗に盛り付けられている。


 本当に面倒だときゅうりをかじるだけのステラには、かなり手をかけたように見えた。


「……というより、凄いですね……。ウッドはこんなこともできるだなんて」

「ウゴウゴ! いつもつくってる、たべてる!」

「普通ならこうしたことは、出来ないはずなのですけど……」


 ステラは再認識する。

 エルトの魔力、そして魔法の練度が桁外れでないとこうはならない。


 フォークで刺したトマトをぱくつきながら、ステラはふと思う。


 あの少年領主は、恐らく歴史上でも有数の魔力の持ち主になるだろう。

 さらに彼は特に貴族らしい冷酷なところもなく、領民と接している。

 自分も含めて、大勢が慕って頼りにしている。

 大貴族の血統であり、あの年齢でとんでもない魔力もある。


 村にいるときも感じるのだが、離れるほどに強く思うのだ。

 彼はきっと大人物になる。


 そして頑張らなくては、と思うのだ。

 自分も置いてけぼりにされないために。


 ◇


 少しして、アナリアとナールの頭の中にも言葉が浮かんできたようだ。


【使用可能スキル】

 ドリアードの力Lv1


 スキルを無事に獲得できたわけだ。

 よかった。魚の鱗をぽりぽりさせて終わりじゃなかった……。


 そして今、俺は草だんごを必死にこねこねしていた。

 よく考えたら、この三人でスキルを使ったことがあるのは俺だけ。

 そう、実演しなければいけないのだ。


 ……こねこね。


「これくらいこねると……ふぅ、体の中から熱が出てきて一瞬で通り抜ける感覚がある。 それが草だんごに移ったら完成だ」


 俺だとひとつ作るのに十分かかる。

 テテトカは三倍速なので、ひとつ三分ちょいで作ってしまう。

 もっともテテトカは作った草だんごの半分を、その場で食べてしまうのだが……。


「なるほど……。それにしても不思議ですね。頭の中に【ドリアードの力Lv1】と浮かんできました。これがスキルなんですね」

「んにゃ、あちしも浮かびましたにゃ」

「高等学院でスキル持ちの友達が言っていました。ワードが出てくるんだよ、と言っていたのはこういうことなんですね……」

「その辺は皆、変わりがないみたいだな。俺もそうだった」


 言いながら草だんごをこねていると、俺の中から熱が立ち上ぼって通りすぎた。

 さすがに慣れてきたな。


「よし……これで完成だ」


 草だんごは草に包んで保存すれば何日か持つ。

 ある程度、ストックがあってもかまわないだろう。

 まぁ、作りすぎてもドリアードが喜んで食べるだろうが。


 それから三人で、草だんごをこねこねしていた。

 ちなみにナールは皮手袋装備である。そのままだと毛が混じっちゃうからね……。仕方ないね。


 でも台に登って、草だんごをこねこねするニャフ族はかわいい。

 ボールで遊ぶのと同じかわいさがある。


 こねこね。


 黙々とこねこねしていると、


「あっ……!」

「んにゃ……!」


 俺も同時に熱を感じた。

 そしてお馴染みの通り抜ける感覚がある。


「どうやら発動は同じタイミングだったみたいだな」

「こ、これがスキルの発動? こういう感覚なんですね……! 確かに体の中から熱がわき上がりました!」

「あちしもですにゃ! なんだか凄いですにゃ」


 感動する二人。

 スキルの発動は成功したみたいだ。


 さっそく、二人の作った草だんごをちぎって生け簀に入れてみる。

 レインボーフィッシュが食べてくれれば、完璧だ。


「ごくり……食べてくれるでしょうか?」

「あっ、寄ってきたにゃん」


 水の中を沈む草だんごを、レインボーフィッシュがぱくりと食べる。

 黄金のレインボーフィッシュも加わり、あっという間に草だんごはなくなった。


「やったな。ちゃんと食べたぞ」

「はい、食べてくれました!」

「やりましたにゃ!」

「これでドリアード以外にも草だんご――レインボーフィッシュの餌が作れる。スキルを獲得させる人は選ぶとしても、餌の量は増やせるな」

「そうなるとレインボーフィッシュを増やしても大丈夫そうですね」

「鱗もたくさんゲットできますにゃ」


 それからレインボーフィッシュの生け簀を増やして、鱗の獲得計画を立てることにした。

 生け簀をメンテナンスする技術者も欲しいし、もっと生態も研究したくなってきた。


 思ったよりも鱗の効果が大きいしな。

 肥料としてもとても優秀なのだ。

 効果はすぐに出ないだろうが、来年辺りの収穫量には結構な貢献をしてくれるだろう。


 使いきれなくても、鱗は売るという手もある。

 優れた肥料はどこも喉から手が出るほど欲しがるからな。


 そういう意味でも、俺の領地はまた発展の可能性を手に入れたわけだ。


 領地情報

 地名:ヒールベリーの村

 特別施設:大樹の塔(土風呂付き)

 領民:+7(生け簀のメンテナンスをする技術者)

 総人口:150

 観光レベル:D(名物、土風呂)

 漁業レベル:D(レインボーフィッシュの飼育数増加)

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