29.高級土

 ステラとの食事会は和やかに終わった。

 食べたのはかき氷だけだが……。


 そういえば、シャーベットみたいなのはこちらの世界でも作れるだろうか。

 果物を細かく砕いて冷やすことが出来れば、ちゃんと作れるはずだ。

 今度挑戦してみようか。


 それにしても同胞を呼ぶ許可を取るのに、会食を設けるなんてステラらしい。

 真面目なんだよなぁ。そこがいいところだけど。


 昼を過ぎてステラの家を出る。

 太陽は高く輝き、大樹の葉を風が優しく揺らす。

 木陰はそこかしこにある。敷物をして昼寝する人もいる。


 特に目的もなくぷらぷら歩いていると、大樹の塔の前に人だかりがあるのを発見した。


「ふむ……? ドリアードとニャフ族、それに冒険者達か……」


 何か起きているのだろうか。

 見に行ってみようか。


 塔に近付いていくと、集まっているドリアードが盛り上がっているのがわかる。

 わーわーと騒いでいるな……。

 マイペースなドリアードには珍しい。そんなハイテンションにはならないと思うんだが。

 ちょっと気になるな。


 塔の前に着くと、人だかりのなかでテテトカとナールが話しているのを見つける。

 そっと近寄ってみると、


「はわー、これはいいですね……。とてもいいです」

「やはり違いがわかりますにゃ?さすがですにゃ」

「わかりますよぅ、手触りからして違いますからー。あ、エルト様! ご機嫌うるわしゅー」

「こんにちはですにゃ!」

「ああ、こんにちは。……すごく盛り上がっているな」

「ええー、ここだけの話なんですが……」

「ふむふむ……」


 俺がしゃがむと、テテトカがすっと近付いて耳打ちしてくる。


「いい土が入ったんです……!」

「…………土?」


 よくわからん……。

 それでこんなに盛り上がっているのか?


 しかし、よく見るとドリアードは何だか土を両手に持ったりしている。

 みんな、にこにこ顔だ。

 ニャフ族は壺やら箱やらを持ち込んでいるが……。


「あれの中身も全部、土なのか……?」

「土ですよ……!」


 土か。なぜ土なんだ?


「土ですにゃん。正確には高級肥料入りの土ですにゃん。あちし達がブレンドしたのにゃん」

「あ、ああ……なるほど。他から買ってきた土か……」


 なんとなくわかってきた。

 ドリアードにとって肥料となるものはご馳走、贅沢品だ。

 レインボーフィッシュの鱗の時もそうだったしな。


「もしかして報酬に渡している金貨、これに使ったのか?」

「もちろんですー。ちょっと残ってますけど」


 即答か。ま、まぁ……正直ドリアードの生き方はユニークだ。

 そもそもちょっと前まで、森のなかで貨幣とも無関係に生きていたんだからな。


 俺やアナリアがとりあえず貨幣制度について教えたが……。

 ある意味、使い方としてはドリアードらしいのかもしれない。


「ちゃんと何度も聞きましたにゃ。これでいいのかって……これがどうしても欲しいみたいでしたのにゃ」

「……他に欲しい物もないだろうしな」


 当のテテトカや他のドリアードは目をきらきらとさせている。

 本当に嬉しそうだ。


「ちなみにどんな土なんだ?」

「コカトリスの卵の殻をものすごく細かく砕いて、あとは薬草を混ぜましたのにゃん。正直、同じ重さの銀よりお高いですにゃん」

「お、おう……」

「おかげでとってもいい感じです。ほら、香りが違いますよー」


 高級土をすくってみせてくれるテテトカ。

 くんくん……言われて匂いをかいでみる。

 うーん、土だなぁ。

 普通の土だ。

 違いが全くわからない。


 ちなみにナールも首を傾げている。

 ちゃんと作ったのだろうが、見た目や匂いでわかるモノではないらしい。

 土だもんなぁ……。


「はやくこれに埋まりたいですー」

「う、うん……。そうだな……。ところであの冒険者達は? 一緒に騒いでいるというか、土をアレコレ触っているみたいだが」

「この土で埋まりたい冒険者の人たちですー」

「…………そ、そうか」


 きっとその冒険者は、違いがわかるんだな。

 確かに健康にいいとは言われている。

 一部の土風呂愛好家はかなり熱心に通っているとも……。

 彼らはドリアードと同じ境地に達しつつあるんだな。

 それはそれでいいのかもしれない。少なくとも髪や腰には優しい……。


 ちょっと遠い目になってしまう。

 と、そこへアナリアがやってきた。山登りにでも行くような、明らかに汚れてもいいような服装だ。

 まさか……。


「こんにちは、エルト様。どうされたんですか?」

「こんにちは。いや……この土の話をしていてな」

「ははぁ……。ついに例の土が入荷したんですね!」

「んにゃ。時間はかかったけど、園芸ギルドからのレシピ通り作れたにゃ」


 ん……ついに?

 あ、このパターンはもしかして……。

 アナリアも埋まる派か。みんな、埋まっていくんだな。


「私の観葉植物の分もありますよね!?」

「あるにゃー」


 ◇


 うん、アナリアは園芸用として土を貰いにきただけだった。

 埋まることばっかり考えてしまっていた。

 そうだよ、土は園芸にも使うんだよ。

 すっかり忘れてしまっていた。


 それからドリアードはひとしきり高級土を品評すると、今度は高級土を積み重ね始めた。


「順番通りに埋まっていくですー」

「平和ですにゃん」

「そうだな……」


 テテトカに聞くと、ひとりずつ交代しながら高級土に埋まるらしい。

 独り占めはしないのだそうだ。そういう考えそのものが、きっとないんだろうな。


 あとはドリアード以外用の高級土風呂もひとつ出来上がった。

 こちらも交代しながら冒険者達が入っていくらしい。


「いやー、これで俺ももっと健康になっちゃいますねー」


 特にアラサー冒険者は気合いが入ってる。

 ぜひ健康になって欲しいが……。


 それから大樹の塔の前で、バーベキューが始まった。

 唐突だが、高級土を使った高級土風呂の記念らしい。

 ドリアードにとっては、それくらいのお祝いをすることなわけだ。


 さて俺はというと、引きとめられてバーベキューに参加することになった。

 バーベキューに出てきたのはほとんどが野菜、それと少しだけ肉だ。

 主に野菜を焼いて食べる会になっていた。


 しかしどの野菜も香ばしく、焼くとおいしい。

 あとはニャフ族の作った甘辛いタレが素晴らしい。

 てりやきソースみたいな感じだな。

 よく野菜とマッチするのだ。


「おいしいな……この野菜」

「ここで取れたお野菜ですにゃん。はぁ……至福ですにゃん」

「ええ、とっても贅沢なバーベキューですね」

「ああ、こういうのもいいものだな」


 ふむ、そうだ。

 バーベキューは野菜や肉だけではない。

 実は果物を焼いてもおいしいのだ。


 俺はリンゴやバナナといった、焼いてもおいしい果物を生み出した。

 この二つは特に、蜂蜜や砂糖をかけて焼けばおいしくなる。


「あぁ……こ、これは甘くてしっとり……」

「どうだ、おいしいか?」

「猫舌ですにゃが、おいしいですにゃ! も、もっとありませんですかにゃ……?」

「ああ、どんどん生み出せるぞ。遠慮しないで食べてくれ」


 アナリアもナールも気に入ってくれたか。

 よかった。

 まぁ、甘いものがおいしく感じるのはどの世界でも変わらないか。


 そのあとステラやブラウン、ウッドも合流して夜までバーベキューをした。

 野菜ならいっぱい用意できるからな。


 みんな、お腹いっぱい食べたみたいだ。

 かくいう俺も、食べ過ぎた。


 それでもこんなに大勢で食べた食事は、この世界で初めてだ。

 今回の休日でだいぶ皆とは仲良くなれたと思う。

 実に楽しいバーベキューだった。

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