28.かき氷

 ザンザスの冒険者ギルドに返事は送った。

 順調に行けば一週間以内には、ギルドマスターが来訪するだろう。


 盛大におもてなしと行きたいが、やれることは多くない。

 用意できるのはおいしい野菜と果物、それに土風呂くらいか……。

 ふむ、健康に良さそうなモノを堪能してもらうしかないな。

 あとで食事メニューくらいは見ておくか。


 さて、今日は休日だ。

 入ってきたお金でベッドと枕のふわふわ度は高まっている。

 毎日ぐっすり睡眠できている。

 まぁ、規則正しい生活をしているのもあるが……。


 ちょっとだけごろごろした後は、リビングで朝御飯を食べる。

 今朝のメニューはキノコサラダと冷製トマトのスープか。


 実は植物魔法ではキノコは生み出せない。

 キノコは植物とはみなされないのだ。残念ながら。


 なので、サラダとして並んでいるキノコは冒険者達が取ってきたモノだ。

 茶色くて肉厚で、舞茸みたいな味がする。


 もしかしたら、この世界での舞茸かもしれないが……。

 さっぱりとしたオリーブオイルのおかげで、ちょっとした贅沢感がある。


「ウゴウゴ、おいしい?」

「ああ、とってもおいしいよ」


 冒険者達により、領内の食材はバリエーションが増えてきた。

 特にキノコ類は薬効があるのも含めて、相当な量が領内の森から見つかっている。

 やはり森のなかには、かなりの資源があったようだ。


 ……キノコみたいなのは、俺だと見分けがつかないからな。

 前世のゲームの知識として記憶してはいるが、実際に口に入れる勇気はない。

 その辺りはプロに任せた方が遥かに安全だ。


 朝御飯を食べた俺は、身支度をして外出する。

 今日はステラと約束をしているんだ。

 料理の味見をして欲しいとか。

 どうも普通の人が食べない料理を作るので、俺に声をかけたみたいなのだが。

 興味をひかれて二つ返事で受けたのだ。


 ふむ、しかしステラの料理の腕は知らないんだよな。

 漫画やアニメだとたまに死ぬような料理が出てくることがあるんだが……。


 大丈夫だよね?

 念のため、こっそりポーションを持っていこう。


 ◇


 ステラの家まで歩いていくと、途中で何人もの人とすれ違う。

 ヒールベリーの村も人が多くなってきているな。

 休日なので、それぞれが自由に過ごしている。


 空にやや雲は多いが、日差しは強めだ。

 暑すぎないので、野外で何かをするのにはちょうどよい。


 そういえば、道端でチェスみたいなゲームをしている人を何組も見かける。

 流行っているのだろうか。


 と、あっという間にステラの家へと到着する。


 玄関口に出てきたステラは綺麗に着飾っていた。

 黒のブラウスとスカートを履いて見事な令嬢姿である。

 凛とした見た目も合わせて、貴族の舞踏会に出ても見劣りしないだろう。


 昨日はバットをフルスイングしてたのに……。


「ようこそ来てくださいました、エルト様」

「…………」

「どうかされましたか?」

「……いや、普段と違うものだから」


 あ、しまった。

 素直に口にしてしまった。

 しかしステラはなぜか少し上機嫌になって、


「ふふっ、そうですよね? アナリアに見繕って貰ったのですが、似合ってますか?」

「……なるほど。ああ、似合ってるよ」


 これは本心だ。

 しかしステラから受ける雰囲気がかなり違うな……。

 アナリアはアレでいて、身だしなみには気を付けるタイプだ。

 ポーション作りが最優先だけど、他もそつなくこなせる器用さがある。


 リビングに案内されると、たくさんの観葉植物が置いてあった。

 家具や調度品も茶色や緑が多い。自然に囲まれていると言う感じがする。


「実はもう、味見していただきたい物は大体できているんです」

「ほう……それで、どんな料理なんだ?」


 ドキドキ。何が出るんだ。


「アイスドラゴンの牙です」

「知らないな」


 聞いたことない。危ない雰囲気がするぞ。

 そういえば、この世界のエルフは独特の文化を持っていたな。

 ゲーム内ではほとんど触れられていなかったが。

 本当に今さらだが……。


「ええ、エルフに伝わる伝統料理なんですが……見て頂いた方が早いかと」


 そう言うとステラは奥に引っ込んで、すぐに戻ってきた。

 手にしているのは……ポットと器に入った氷?

 どういう料理なんだ、それ?


 さらにステラは皿とスプーン、ナイフを持って席に着いた。

 え? それで持ってくるものは終わりなのか?


 疑問に思っていると、ステラは氷を取り出してナイフで削り始めた。


 ざりざりざりざり。


 ステラの手の動きはものすごく手慣れていた。氷があっという間に細かな欠片になって、皿に乗せられていく。


 ふむ、氷が欠片になって盛り付けられたな。そしてステラはポットを手に取って傾ける――甘い蜂蜜の匂いがする。


 その時の俺は、目の前の料理を何て言ったらいいかわかっていた。


 かき氷だ……。

 間違いなく、かき氷だ。


「ふぅ、出来上がりです」

「あ、ああ……これがアイスドラゴンの牙なのか?」

「ええ、急いで食べると頭がキーンとするのでその名前が付きました……」

「そこは変わらないんだな」


 安心した。やっぱりかき氷だ。

 しかし世界が違うと、こうも変わった名前になるのか……。

 感慨深いものがあるな。


「エルフでは一般的な料理ですが、こちらでは冷たい物を食べる習慣がないので……」

「そうだな、常温より冷たくして食べる料理もないな……」


 なのでクッキーのような焼き菓子はあっても、アイスなんかは存在しない。

 氷は他の食べ物を保存するためにしか使わないのだ。


「氷は魔法具で作ったのか?」

「はい、ナールから買いました。けっこう質の良い氷が出来るんです。ここは水もいいですから、ばっちりです」


 そこまで言うとステラは慌てて、


「あ、どうぞお召し上がりください! 溶けちゃいますので……」

「そうだな、頂こう」


 蜂蜜のかかったかき氷……。

 スプーンですくって食べると、とろりとした甘さと冷たさが心地いい。

 ……懐かしいな。氷を食べる素朴さが。

 すぐに口の中から溶けて消えるのが惜しい。


 あまり急いで食べると、頭がキーンとしてしまうが……。


「うん……おいしい」

「ほっ、良かったです……」

「しかし、どうして俺に声を掛けたんだ? 珍しいとは言っても、他にも食べてくれる人はいると思うが……」


 俺でなければいけない、そんな理由があるのだろうか。


「……さすがはエルト様です。はい、実はこの村に呼べればいいと思いまして」

「呼ぶ?」

「エルフの同胞を、です。ザンザスの外からも……ですが」


 それからステラは説明を始めた。

 この王国に住んでいるエルフは、元々は流れ者である。安住の地を探しているエルフは少なくないはず――と。


「私たちは本来は木に囲まれ、主に野菜や果物を食べて生活しています。ここならそれが叶うかな、と……」

「野菜と果物しかないからな」

「それと私たちは基本、甘党なので……。ここに来て果物をたくさん食べられて、私は本当に幸せなんです」


 種族の違いが意外と大きいのは、ここ最近俺も実感している。

 土に埋まったドリアード、それに躊躇なく水をかけていく様子を見ているとな……。

 人間なら拷問だが、ドリアードにはご褒美なのだ。


 だからエルフの事情も、きっと重大なのだろうな。

 そしてもちろん、移住者は大歓迎だ。

 ここの環境がいいと思ってくれるなら、最高である。


「俺は構わないぞ。ザンザス以外から移住者を募ってもな」

「本当ですかっ!?」

「ああ、俺ももっと村を大きくしたいからな……」


 そうして話していると、かき氷がいつの間にか食べ終わってしまっていた。


「この料理もなかなかいいし」

「よかった。気に入って頂けて……」

「……氷の上にかけるものを変えても、おいしいよ」


 俺は魔法を発動させ、普通のマンゴーとブルーベリーを生み出した。

 かき氷は色んなフレーバーを楽しむためのものだからな。


 はちみつとセットでかければ、さらに複雑な味わいになるだろうし。


「いいのですか……? 私のために……」

「全然構わないよ。おいしく食べれば、それだけ楽しく幸せになるものだし」


 それから俺はいくつかの果物を出しては、かき氷に添えたり、シロップにして食べたりした。


 そのたびにステラは感激していたな。

 喜んでくれたらこちらも嬉しい。

 たまにはこんな、のんびりとした時間もいいのかもしれない。


 そして、ザンザスの外からもいよいよ移住者が集まってくることになりそうだ。

 ステラが集めてくるエルフだけではあるが。

 それでもこれは計算外――でも喜ばしい拡大だ。

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