27.スイング

 それから俺は、ヒールマンゴーの生産に注力するようになった。

 麻痺治しのポーションを揃える必要があるからな。


 計算では俺とドリアードがフルで頑張れば、半月くらいで数が揃う。

 ナールにその辺りを聞いてみると、


「一ヶ月でも早すぎますにゃ……。それは本当に驚異的なペースですにゃ」

「……だけど何ヵ月かしたら、麻痺治しのポーションもストックできる気がするけどな」

「麻痺治しのポーションにも使用期限がありますのにゃ……。おおよそ一ヶ月ですのにゃ。時間をかけて集めても、古いポーションは使えなくなっていますのにゃ」

「ふむ……そうだな。何ヵ月もかけて集めても意味がなかった」


 ポーションや回復素材の効果には期限があるんだった。

 長期間に渡って集めても駄目なわけだな。

 麻痺治しのポーションを揃えるなら今回のように、一気にやらないといけないのだ。


 だからこの数百年間、その雷精霊の住みかは攻略できなかったのか。

 そうなるとこの提携はまさに、冒険者ギルドにとっては待ちに待ったチャンスだったわけだな……。


「よし、ステラやウッドのためにも頑張るか」


 ウッドに麻痺は効かないだろうが、他の攻略メンバーはそうはいかないだろう。

 冒険者ギルドの要請通り、ちゃっちゃっと作り上げてしまおうか。


 ◇


 ポーションは作っていくが、その間にステラにはウッドの稽古をお願いした。

 立ち回りも決めてもらわないといけないしな。


 今日は日差しが強い。風はあるが、やや暑いくらいだ。

 広場に見に行ってみると、ステラとウッドが組んで何やらやっていた。


 ステラが細長い棒を持ち、腰を使ってフルスイングしている。

 ……まるで野球のバッターのようなスイングだな。


 ステラが棒を振るうと、迫力の音が出る。


 ブォン……!


 綺麗で流れるようなスイングだ。プロ野球選手を思い出す。

 この世界には野球はないはずなんだが……。

 実に早くてブレのないフォームとスイングだ。


 何か変な気がするが、とりあえずもっと二人の近くに行ってみるか。


「熱心にやっているな」

「エルト様!」

「ああ、気にしないで続けてくれ」


 俺の方が気になっているんだから。

 なぜに野球のフォーム……?


「では……。ウッド、動く雷は丸くて……握りこぶしくらいの大きさなんです」

「ウゴウゴ、おおきくない!」


 ふむ、大きさは野球ボールだな。


「はい……それでこちらの体めがけて体当たりをしてきます。狙ってくるのは正確に胸の辺りから膝上くらいまでです」


 それ、野球のストライクゾーンじゃないか。


「動く雷は単純です。大きい人も小さい人も必ずその範囲へ直線的に飛び込んできます。なので飛び込んでくる瞬間を逆に狙います。体をそらしながら、返り討ちです……!」


 うん、野球だ……。


「ウゴウゴ! わかった!」

「重要なのはよく動きを見ることです。体の軸をぶらさず、冷静に……」


 ステラコーチの指導が続いている。

 ふむ、まさか動く雷はそんな魔物だったのか……。


 だとすると、俺の知識が少し役に立ちそうだな。

 この世界にはボールみたいな物は存在しない。球技がないので仕方ないが。


 しかし実際に投げられたボールを打ち返す練習は役に立つはずだ。

 ……野球のスイング練習だけど。


 まぁ、ボールはなければ作ればいいだけだ。皮にちょうどいい綿をつめこんで、ボールにしよう。

 何もないところをフルスイングするより、わかりやすくなるだろう。


 そうだ……ミットも作ってキャッチャーを用意するか。その方が効率的だな。


 幸い、身体能力が高くて、ちょっと暇そうな人間はたくさんいる。土風呂に入っている冒険者だ。

 ふむ……これは元々、冒険者ギルドから来た話なんだしな。


 よしよし、皮はナールの所にはあるだろう。

 そろそろアナリアとの待ち合わせ時間だが……後で作ってステラに渡そうか。


 ◇


 大樹の塔の前で、俺とアナリアはヒールマンゴーの育ち方を計測している。

 ヒールマンゴーの木は葉が多く、元々は熱帯の樹木だ。

 それが並んでいると、一気に南国風の果樹園になるな……。


 すくすく――というか、一日ごとに何十センチものスピードでヒールマンゴーの木は育っている。

 今ではもう見上げるくらいの大きさだ。

 いくつかの木にはもう実が成りはじめていた。


「もうすぐ収穫できそうだな」

「はい、私の知っているヒールマンゴーの大きさまであと少しですね……。それにしても、植物魔法は本当に無限の可能性がありますね」

「こういう貢献の仕方は予想していなかったが……」


 せいぜい普通のポーションを作って渡すものだと思っていた。

 まさか一部エリアの攻略に必須なポーションが足りないなんてな……。

 ゲームだとそもそもポーションが不足するなんてないわけで、まさに異世界ならではの事情か。


 おかげで俺はかなりの大金をゲットできそうだし、冒険者ギルドは念願の攻略を成功させられるわけだ。

 WINーWINの関係とはこのことだろう。


「まぁ、ヒールマンゴーを育てて終わりじゃないけどな。その後は麻痺治しのポーションに加工しなければいけない」

「あれはやりがいのあるポーションですからね……! そちらはお任せ下さい!」


 ぐっと拳を握るアナリア。

 薬師も増えてきて、ポーションの生産力も上がっている。

 こちらも計算では余力があるくらいだ。大丈夫だろう。


 そうしてヒールマンゴーの木を見て回る。

 木と木の間にはドリアードが埋まりながら、お昼寝している。


 成長力を最大にするために、しかるべき間隔で埋まっている……らしいのだ。

 テテトカいわく、この間隔がすごく重要らしい。


 ドリアードが近すぎると無駄が出る。成長力には限界があるからだ。

 ヒールマンゴーの木もこれ以上は早く育たないのだとか。


「ふんふんー」


 上機嫌のテテトカがじょうろを持ちながら、埋まっているドリアードに水をまいていく。


「あ、ご機嫌うるわしゅー」

「ご機嫌よう。ヒールマンゴーの育成は順調なようだな」

「はいー。でも収穫はお任せですけども」


 ドリアードの背丈だと、マンゴーの実に手が届かないのだ。

 うん、仕方ないね……ドリアードはみんな子供サイズだし。


「気にしないでくれ。冒険者達にやってもらうよう、話はつけてる」

「あちらで埋まってる人達ですねー」

「……そういう認識なんですね……」

「人によっては毎日埋まりに来てるです。ぼくたちと同じで、埋まるのが好きなんですね!」

「ま、まぁ……そうですかね……?」


 アナリアの目が泳ぐ。

 賢い彼女は、土風呂愛好者の共通点――主に頭部だが。それに気が付いているだろう。


「たぶん、そうですね……。きっと、好きなんですよ……」


 しかしあえてテテトカの言葉を否定したり、詳しく触れたりはしない。そういう優しさもまた、彼女の美点なのだ。


 見回りが終わると、ナールからちょうど連絡があった。

 冒険者ギルドからの手紙に俺は返事をしたのだが、さらに手紙が来たらしい。


 内容は次の通りだ。

 冒険者ギルドはこの度の協力に、深く感謝します。

 ついてはギルドマスター自ら、お礼に伺いたいと。


 もちろん断る理由はない。

 一度会ってみたいとは思っていた。


 こういう交流も大事だからな。すぐにオッケーと返事を書いた。


 精一杯、歓迎をしようじゃないか。


 ん……?

 そういえばザンザスの人は、土風呂がけっこう好き?

 ……まさか土風呂に入りにきたいわけじゃないよな。

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