05.アナリアのお願い
ナールが迷宮都市ザンザスに出発してから五日が過ぎた。
ザンザスまでは馬車で片道三日なので、早ければナールは明日帰ってくることになる。
俺はその間、実のストックを増やすことに集中していた。
あとは家作りか。茶猫のニャフ族の指揮のもと、着々と生活基盤が整えられていく。
もっとも俺は植物魔法で大樹の家を建てるだけだが……。
「一日一軒の家を建ててしまわれるとは、凄すぎますにゃん」
「中もすべて木で作っているから、暖炉やキッチンに制約はあるぞ」
「エルト様、わたし達はテント暮らしのつもりだったのですにゃん。それを思えば雨風しのげて屋根があるだけで、大助かりですにゃん!」
そう言うと、ニャフ族達がしっぽをふりふりする。
一斉にしっぽを振るのはかなりかわいらしい、そしてこれがニャフ族の敬意の表し方だ。
「……予定だとザンザスから薬師をひとり連れてくるはずだが、どうなるかな」
「ナール商会長なら、ザンザスの薬師ギルドにも顔が利きますにゃん。きっと腕利きを連れてきますにゃん」
「そうか……うん、期待して待っていよう」
だが不安がひとつある。
ナールがどういう勧誘をするのかはわからないが、実際この領地には……まだ何もない。
お金は渡せても娯楽はないし、住むのにいい場所とはとても言えない。
ザンザスはかなり栄えているらしいし、お金だけだと住んでもらうのは難しいか……?
何か、他にも強みがあればいいが。
……うん、ひとつ思い付いた。食事だ。
俺の植物魔法なら、おいしい野菜や果物が生み出せる。せめて食事の楽しみがあれば、領地生活にも魅力を感じてもらえるはずだ。
よし、最近は売れる作物を優先してきたが、少しは食べるものも作るとするか。
◇
そして翌日の夕方。
ナールがザンザスから戻ってきた。
しかし行きは馬車一台だったのが……戻ってきたのは四台なんだが?
おかしい、なぜこんなに馬車が多いんだ。
まぁ、まずはナールを出迎えるか。労うことは大切なことだからな。
「よく戻ってきたな、ナール」
「はい……ただいま戻りましたにゃ! このナール、任務を達成いたしましたにゃ!」
「……馬車がやたら増えているようだが、それと関係あるのか?」
「はいですにゃ、ザンザスでも一番の薬師を連れてきましたのにゃ!」
「おお! それはいい報せだな」
「でもちょっと癖のある人物ですにゃ」
「まぁ、職人なら多少癖はあるものだ。それよりもここに住んで働いてくれるのか、そっちの方が重要だ」
「エルト様は実に御心が広いにゃ――」
と、ナールが言いかけると、馬車から赤い髪の美女が飛び出してきた。
顔立ちはすっきりと整っており、背も高い。目力があり、できるキャリアウーマンという雰囲気だ。
「危うく寝過ごすところでした! はー、ここがエルト様の領地ですか! すーはーすーはー……確かにヒールベリーの匂いがいっぱいですぅ!」
美女は開口一番、そんなことを言ってのけた。
……おっと、これはかなり癖があるな?
自分で言った手前、指摘しづらいぞ。
「アナリア、何をしているにゃ。まずは領主様にご挨拶するにゃ」
「これはご無礼を! 申し訳ありません、私はアナリアと申します。ザンザスの薬師ギルドで副ギルドマスターをしています!」
「自己紹介、感謝する。俺はエルト・ナーガシュだ。ここの領主を任されている」
俺が話しかけると、アナリアはぱっと落ち着いた。それから先はちゃんと大人の会話になってくれた。
よかった、変人だが……話せる変人だ。
◇
どうやらアナリアはポーションのことになると、我を忘れるタイプらしい。
とはいえ俺も礼儀作法をどうのこうの言えるほど、貴族の教育は受けていないが。
ナールに聞いたらアナリアは変人だけど、ポーション作りの腕は確かなようだ。
やってきた四台の馬車の中身は全て、アナリアのポーション作りの道具一式。
完全にアナリアはここに住むつもりのようだった。
……ナールが太鼓判を押したんだから大丈夫だろう、うん。
「それでこの馬車には色々と機材を積んでいるんだな」
「はい、ポーションを作るのにはたくさんの機材が必要でして……。種類ごとにも道具が違うので、大荷物になってしまうのです」
ニャフ族が総出で馬車から荷物を降ろしている。ふむふむ……ぱっと見ても、ちゃんとした機材ばかりだ。
というか、前世で見た機材のままだな。その辺りはあまり変わっていないらしい。
「魔物素材のフラスコ、ビーカー、ナイフ……どれもいいものだな。これなら回復ポーションだけでなく、状態異常を治癒するポーションも色々と作れそうだ」
俺のつぶやきを聞いたアナリアが、俺にずいっと近寄ってきた。
「ま、まさか……エルト様は、ポーション作りがお分かりになりますので?」
「うん……? 一通りは知ってるぞ。体力回復、魔力回復、毒、麻痺、混乱……」
「混乱治癒のポーション!? それは製造方法が失われた伝説のポーションのはず!」
「お、おう……? そ、そうなのか……?」
「ええ、数百年前の話ですが。でも歴史あるナーガシュ家なら残っていても不思議は……いえ、それにしても貴族様がポーション作りに興味がおありとは……」
「貴族がポーション作りをするのは、そんなに珍しいのか?」
「ポーション作りは精密な魔力操作が必要で、貴族様だと逆に魔力が強くて操作がうまく行かないのです。なので、主に平民が作るのですが……」
なるほど、そういう理由か。
でもそれは魔力を操るのが面倒だから、平民に押し付けているだけだと思うが……。
特に俺の家族は、そういう理屈で色々と無茶ぶりをしていたぞ。
と、そんなことを考えていると、アナリアがなぜか俺の前に正座していた。
「……どうしたんだ?」
「ぶしつけではありますが、どうか!! 混乱治癒のポーション、その製造方法を教えてはもらえませんでしょうか! 何でもいたします!」
「いや、普通に教えるぞ」
「ありがとうございます! えっ……いいんですか!? 本当に!?」
「ここに住んで働いてくれるんだろう? 対価はそれで十分だ。俺もポーション作りはするつもりだが、それだけをするわけにもいかない。だとしたら、作れる人間は多い方がいいだろう」
「……財産全部とか……」
「いやいや、要らないから」
「本当にエルト様はお優しいのですね……。もちろんポーションを作らせてもらえるなら、私は喜んでここに移住いたします」
「……そういう生き方もまぁアリか。こちらこそ、よろしくな」
ちょっと変わっているが、薬師アナリアが領民に加わった。
そして意外なことに――俺の領地はここから大いに発展していくのだった。
領地情報
領民:+1(アナリア)
総人口:22
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます