04.薬師アナリア

 ナール達が住むことになったとはいえ、問題がひとつある。

 それはこの領地には、俺の家しかないことだ。


「お気遣いはいりませんのにゃ! テント暮らしには慣れていますにゃ」


 そうは言うけれど、ここはかなり寒い。風が強く吹き込むのだ。

 風邪を引かれても困るし、領主としてなんとかすべきだろうな。


「まぁ、そう言わずに……。家くらい作れるし、ちょっと下がっていてくれ」

「わかりましたにゃん。ですが、家を作るとはどういう意味ですにゃ?」

「そのままの意味だ。寒さで震える君達は見たくないからな――大樹の家」


 魔力を腕に込めて、俺は唱えた。俺の家を作ったのと同じ魔法だ。

 めきめきと家の形をした大樹が地面から生えてくる。


「にゃーーー!? な、な、なんですかにゃー!! 家がいきなり出てきたにゃ……!」

「何って、これは君達の家だが……。平屋の一階建てだが、ニャフ族の大きさならまぁ、足りるだろう」

「一瞬で家を作ったですにゃん……!? そんな魔法聞いたことありませんにゃん!」

「いや、家くらい誰でも作れるだろ?」

「…………にゃにゃ。貴族様はそうなのですにゃん……?」


 ナールがかなり驚いている。

 家を作る魔法はそんなに難しくも珍しくもない。

 植物魔法の他にも、土や金属の魔法でも家は作れるからな。


「にゃ……領主様、そういえばこの家はあちし達の家なのですにゃ?」

「ああ、テント暮らしだと不便だろう。さすがに連発はできないから、少しずつ建てることになるけど」

「お、お金はどれくらい払えばいいですにゃ……?」

「…………? 家がないと困るだろ? 別に対価はいらないよ」

「にゃんと……! わかりましたにゃ! 誠心誠意、領民として頑張りますのにゃ!」


 ナール達がひれ伏してお礼を言う。

 今までは魔法適性のせいで、のけ者にされてばかりだったのに。


 魔法を使うということだけで、どうやらかなり価値のあることらしい。

 家でも他の人とほとんど接していないので、この辺りの反応は新鮮だな。


「気にしないでくれ。あと、無理もしなくていいからな。領地は盛り上げていきたいが、働きすぎもよくないし」

「はいですにゃ! 仰せの通りにいたしますにゃ! ……せめて今夜は盛大に宴をしましょうにゃー!」


 その夜、俺を囲んで宴が行われた。

 ここに来て、初めてまともに肉と魚を食べたな……。ずっと野菜と果物ばかりだったし。


 肉と魚を煮たシチューはすごくおいしかった。たくさんの人と食べたのも、思えば生まれ変わって初めてだ。


 うん、ところで宴の最中にあのヒールベリーの話題になったのだが……。


「ああ、あのヒールベリーは俺が魔法で生み出したものなんだ」

「えええええーーー!! そ、そんなことができるのですかにゃ!?」

「他にも色々とできるぞ。魔力の実」

「魔力の実……こ、これはレッドチェリー!?」


 皆からの視線が、まるで救世主を崇めるみたいになっていたな。

 そんなに凄い魔法じゃないと思うのだが、ニャフ族はえらく驚いていた。


 まぁ……誰かと食事して話をしたりするのはいいもんだ。ふかふかのニャフ族に囲われながら、俺はそんな風に思うのだった。


 ◇


 それから数日後、ナールは迷宮都市ザンザスへと向かっていた。

 仕入れたヒールベリーを薬師ギルドに持ち込むためである。


 もうひとつの用件はエルトからの依頼で、ポーションを作れる人を紹介してもらうためだ。

 領地でポーションが作れるようになれば、先々楽になるというのがエルトの考え。


「さすが、あの領主様は先見の明があるにゃ……」


 ナールもエルトの考えに大賛成である。

 今後を考えたら、全部領地でやってしまった方がプラスになるだろう。


 元々、ナールはザンザスでも頻繁に商売をしていた。見慣れた街は、相変わらず迷宮のおかげで活気がある。


 しかし到着した薬師ギルドだけは別だった。どんよりと暗い雰囲気だ。手持ちぶさたのポーション職人が何人も暇そうにしている。

 少し前ならあり得ない光景だった。


「……やっぱりここもポーションの材料がなくて仕事ないのにゃ」


 そのままナールはギルドで一番の腕利き薬師アナリアの部屋へと向かう。

 アナリアは赤い髪の美女で、若く見えるが薬師ギルドでも随一の才女である。


 ポーションを作っていないと体調が悪くなる、という変人ではあるが。

 ナールともそれなりに長い付き合いだ。


「景気はどうにゃ、アナリア?」

「お久しぶり、ナール。どうもこうもないですよ、ポーションの原料がとにかく足りなくてね……。注文が来ても全然作れないんです。ああ、ポーション作れなくて死にそう……」

「ポーション作りに命をかけるのは変わってないにゃ。でも北部も材料不足にゃ……商売上がったりにゃ。でも、なんとか見つけたにゃ」

「へ……何をですか?」


 ナールは小脇に抱えた箱から、ヒールベリーを取り出す。


「なっ……!? それはヒールベリーじゃないですか!」

「とあるところから仕入れたのにゃ」

「しかもこの素晴らしい色合いと重さ……! 今は王都にもないんじゃ……一体、これをどこで!?」

「気持ちはわかるけど落ち着くにゃ。とある貴族様から仕入れたのにゃ」


 そこでアナリアはいったん落ち着いた。

 平民であるアナリアにとって、貴族は迂闊に触れられない相手だ。


 しかし目はらんらんと輝いて、部屋から今にも飛び出しそうである。

 ポーション作り。それだけがアナリアの生き甲斐なのだ。


「貴族様ですか……」

「んにゃ、でもとてもいい御方にゃ。それで頼みがあるのにゃが……薬師がひとり欲しいのにゃ」

「……それはなぜでしょう?」

「まだいっぱいポーションの材料が――にゃにゃにゃ!?」


 言い終える前に、アナリアはナールを脇に抱えていた。電光石火の動きである。


「私が行きます! 私に行かせてください! 私以外に適任はいませんよ!」

「わ、わかったにゃ! わかったから慌てるにゃーー!」

「ポーション作れるなら、どこにでも行きます! やったー!!」

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