第22話 偽りの姫君

視界の端にちらりと見えたレースに反応すると、力強く、それでいて痛くない程度に手が握られた。


あーあ、怖がっている女の子の演技もそろそろ面倒臭いわね。力もない人間の子どものくせに頭も悪いステラローズ相手に手札を切るのもバカらしい。

でもちょうど良かったわ。ただの何もない学生生活は楽しいのだけど、ちょっとスパイスが足りなくて飽きが来ていたのよね。


そんなことを考えていたら、私の手を握る彼の指先に力がこもっていた。わずかに光る魔力が空中に霧散していくから、感情が昂っているのだろうことが容易に想像つく。

エミリならウザいと振り払っていいけど、あれほどダメな子であるステラローズすら切り捨てられない優しい子という設定のリリンがそんなことをしたらこれまでの努力が水の泡になってしまう。無理やりに口角を上げて、顔を上げた。


私の視線の先にいるのは美しいエメラルドの瞳を持つ人。私がこの世界にいることを決めた理由でもあるペトラと同じ顔のインディルだった。



「リリン?イタズラ好きな妖精でも見えた?」

「ふふっ、インディルったら。妖精はイタズラが苦手なんだって、マリアン先生から伺ったでしょう?」

「そうだね」



気遣わしげに私を見るインディルには悪いけど、ステラローズに絡まれるのは想定通りなのよね。


原作でもクリストファーとオルランに執着していた彼女の前に、二人と仲の良い伯爵令嬢なんて現れたら敵視して当然だわ。

本来の物語ではアンネマリーを目の敵にするんだけど、今の彼女には二人の関心を引く地位の高いご令嬢がいるのだからアンネマリーに目が向くはずがない。



「どうして彼女は……」



思わずといった様子でステラローズの文句を言おうとしたインディルの言葉を遮る。



「ダメよ、きっと彼女も仲良くなりたいだけなのよ。今まで友だちがいなかったから、そのやり方がわからないだけ。大丈夫よ、きっと仲良くなれるわ」



薄ら寒いセリフだけど、リリンのキャラならこう言う。


ステラローズがリリンと仲良くできるわけがないわ。

だって、ステラローズからしたらリリンシラは自分の持っていないものをたくさん持っていて、唯一自分を見てくれていた兄クリストファーの関心すらも奪った極悪人だ。

さらには彼らとの仲良し具合を見せつけて、さもステラローズを助けるように手を差し伸べるふりをしてくるのだから、嫌って当然よね。


オルランは可哀想なリリンに盲目的になってくれた上でステラローズ失脚のために色々と動いてくれているし、クリストファーもフェーゲ王国への謝罪対応に追われて国内の情勢に目が向けられなくなる。

だから私はステラローズに何もしないわ、ただ仲良くしたいのにと泣いてお友だちに相談するだけ。それだけで、ユリテリアンたちが動きやすくなって、このあとの仕込みが簡単になるなら願ったり叶ったりなぐらいだわ。



「私は、ただみんなと仲良くしたいだけなのに」



ってね。皆で仲良くなんて、そんな戯言、有り得るはずがないのにこれまでのリリンシラの行動がこの戯言が本気であると周囲に誤認させている。


やっぱり重要なのは実績よね。



「また嫌がらせをされた?」

「なんでもないわ。インディル、私はあなたが一緒にいてくれて嬉しい」



こんな薄っぺらい言葉に泣きそうなほど喜ぶ人の気持ちなんて、気味が悪いとしか言えないけど、これで余計なマリアンやアザレアからの刺客を追い払えるのだから安いものね。

言葉だけでいいならいくらでも言ってあげるわ。


そんなことを考えながら、窓からこちらを見ているアンネマリーとオルランに気がついて、大きく手を振って見せた。

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