第19話 二度目の歓迎

何度見ても慣れない。学院の、それも室内にあることが信じられないほど大きな訓練場を見下ろす。円形になっている観客席の一つに、私とリリンは座っていた。

去年と違ってオルラン様は観客席側にいない。参加が義務ではない下級生でありながらも、クリストファー殿下に指名されて、戦闘訓練のチームに参謀として参戦している。


カールが言うには、エンリル様がご好意でつけて下さっている剣術訓練にも参加されていて、オルラン様も剣を使って戦えるらしい。

今年はカールもクリストファー殿下のチームに入っている。



「みんな、怪我しないといいのだけれど」



胸元にあるお守りを握り締めたリリンがそう囁く。

見慣れないアクセサリーだけど、バイオレットの魔石が組み込まれているからユリージス様がリリンのために作られたお守りだろうと推察される。


オルラン様は基本的に文官としての教育を受けていらっしゃるから、戦闘訓練への参加は不安になるリリンの気持ちもわかる。

でもカールからリリンを守るために鍛錬をしているオルラン様のお話を伺っているから、戦闘訓練でも大怪我するようなことはないんじゃないかと思ってる。

なにより、魔族と比べても頭一つ抜けて強いインディル様がリリンが悲しむようなことを許すとは思えない。



「インディル様が勝利を届けると宣言してたもの、きっと大丈夫」

「そうね、うん。インディルがそういうなら」



信じていると言いながらも、そわそわと視線が動く。その視線が一点で止まる。


ステラローズ様だ。

新学期がはじまって少ししか経っていないのに、ステラローズ様の悪評は絶えない。


ノイトラールの学生に混血を意味する侮蔑の言葉を投げつけたり、魔族に対して勇者殺しと恨みをぶつけてみたり。

悪評が酷過ぎるから相手にされていないだけで、普通に外交問題になるような行動を繰り返している。今日は謹慎を申し付けられていたのにどうしてここにいるのだろう。



「あなた、上級生よね。どうして戦闘訓練に参加していないのかしら、王国の恥さらしである平民が訓練に行かないなんて、どういう考えをしているのかしら」



ステラローズ様の甲高い声が誰かを詰る。彼女が指さした先にいるのはククルだった。


天使と人間の混血であるククルは生来の気質的に戦うことができない。孤児院でだって、食べ物競走でいつも人に譲ってしまっていたぐらい人と争えない。

だけど天使の魅了の力が弱いために他の人から攻撃される危険性が高く、それが生命に関わる怪我になりやすいと先生たちが判断して戦闘訓練は不参加になっている。それが目をつけられたらしい。


おっとりとした動きで、ステラローズ様のお言葉を聞くククルの仕草は天使らしいけど、あの行動は火に油を注ぐことにしかならない。不味いわ。



「癒しの神アスクリィエルの御加護が厚き彼は我が同胞、戦場にでることは叶いません」



そんなククルを庇ったのは今年入学したばかりの天使、プルスラエル様だった。


ステラローズ様とククルの間を遮るように広げられた袖はククルを庇護すると明確にしていて、その袖に施された精細な刺繍はプルスラエル様の家の強さを如実に表している。そのような仕草をされなくても、天使であるプルスラエル様にケチをつけられるような人はいない。そのはずだった。



「なによ、特別扱いされちゃって」



ステラローズ様の物言いにさぁっと血の気が落ちるのを感じた。もし、このままステラローズ様がプルスラエル様に手を上げるようなことがあれば、フェーゲに対する宣戦布告に等しい。厳重抗議で済めばまだ良いぐらい。


ど、どうしたらいいのかしら。

辺りを見渡すも近くに先生はおらず、ステラローズ様を唯一止められるクリストファー殿下は訓練中だ。



「そこまでだ、プルスラエル様はフェーゲ王国が庇護する天使一族のものだ。彼に対する攻撃はフェーゲに対する宣戦布告と捉えてよろしいか?」



プルスラエル様とよく共にいる学生がエンリル様同様に数少ない帯剣を許されている護衛だ。彼がそっと柄に手をかけているのは牽制でもなんでもない。もしものときは斬るという単なる事実の一部を見せているに過ぎない。


あんな酷い子でもレイドにとっては王女さま、殺されてしまったらこちらからも警告を送らざるを得ない。

そんなことになったらただでさえ緊張しがちな国の関係が崩れてしまう。


ステラローズ様がなにかを言い募ろうとした次の瞬間、地面に叩き伏せられていた。身分の高さをひけらかすためのレースを重ねたスカートが見るも無惨に潰されている。

アザレア様だった。戦闘訓練に行っていたはずなのに、いつの間にか観客席に降り立っていた。



「ラクシャーサ、神へ祈られたらどうするつもりだ。プルスラエル様に傷一つつけるなと厳命したはずだが」

「申し訳ございません。アスダモイ様」

「ギグルは悪くないのです。わたしが彼を止めていましたから」

「プルスラエル様、御身を第一にお考えください」



平然とした様子のアザレア様によって、ステラローズ様の腕を捻りあげて叩き伏せた状態のままで会話が進んでいく。


ほっとして息をついたら、ククルの元に駆け寄る人影が見えた。リリンだ。



「光の聖女バルドゥナを垣間見できた心持ちです。水の神ハーヤエルのごときお導きに、心よりの感謝と謝罪を申し上げます」

「光の神バルドゥエルにより希望が紡がれていたようです」



リリンがククルを庇ってくれたプルスラエル様に感謝を告げると同時に、ステラローズ様の非礼を詫びた。


あ、この場に今リリンより上の人がいない、そんな事実に今更ながらに気がつく。


プルスラエル様はすぐに謝罪も受け入れてくれて、気にしないでと遠回しに表現されているものの、アザレア様の表情は優れない。

その張り詰めた空気のせいか、ククルはいつも一緒にいる竜人の混血児ジムにするようにリリンの袖を掴んだ。それを見たアザレア様が一瞬目を震わせたように見えたけど、僅かだったから気のせいだったかもしれない。



「導きの神ハーヤエルの御加護が降りますよう、お祈り申し上げます」



アザレア様のため息が混ざったようなステラローズ様が成長すると良いねを受け取ったリリンがぱっと表情を明るくしてお礼を返した。

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