第18話 二度目の歓迎

す、すごい。美しいとはこういうことをいうのね。

充実した休みはあっという間に終わり、また学院にもどってきていた。歓迎会も2回目ともなれば、多少の慣れがある。


それでも今回は、きっと何度見ても慣れないだろう麗しき邂逅を見ることができた。


着飾っているわけでもないのに後光が差しているような神秘的な美しさ。天使一族の2人、ソフィア様とプルスラエル様が微笑みあう姿にみんなが魅入っている。

昨年も教授としてお会いしていたソフィア先生はその見た目と行動力の不一致に驚くことも多かったけど、やっぱりこうして見ると儚くて美しいの言葉がよく似合う。



「おい、あんまりジロジロ見ると良くないって言われただろ」

「あ、そ、そうだった」



カールの言葉にハッと意識を戻す。見過ぎるのは良くないというのは、マナーとかそういう問題ではなく、天使を見過ぎるのは良くないと聞かされた。理由は簡単だ、魅了されてしまうから。

この魅了というのはとっても厄介で、お願いをなんでも聞いてしまいたくなったり、命をかけて守らなければいけないと思い込んでしまうものらしい。


そして天使の魅了は、その天使より強い人ほどかかりやすい。だから天使は魔族の庇護を得ている。現に今も天使一族は魔族の国フェーゲ王国に住んでいて、強いと有名な一族に庇護されているんだとか。


ソフィア先生は言わずと知れたマリアン先生に、マリアン先生はフェーゲ王国でもトップクラスの実力を持つすごい力を持つ人らしい。

今年入学のプルスラエル様はアザレア様、今のフェーゲの学生の中で最も強い宰相の娘に護られている。



「別世界って感じがする」

「別世界のように見えて地続きだ。行くぞ」



入場してきたオルラン様とリリンの後ろに控えると、さっきの二人に近付いたのに私からは遠くなったような錯覚がある。対応しなくてもいいという心の余裕なのかもしれない。


最上位の王族へのご挨拶と同じように膝をついて挨拶を述べると、涼やかなソフィア先生の声が頭を上げるように告げる。

神のおわす世界と言われて納得できるほどの麗しい光景にうっとりと見とれる。規定の時間通りに下がったあともその余韻が抜けない。


いつものようにソフィア先生に絡まれているリリンを見かけて、あの天使の美しさに心を奪われない精神力に感嘆する。

もしかしたら心を奪われていてもそれを表に出していないだけなのかもしれないけど。



「ステラローズ様だ」



密かに誰かが囁いた声で知る。

上位者から挨拶をするのが定型なのに、どうしてステラローズさまはこんなあとにご挨拶をしているのだろう。


ここでようやく場の歪さに気がついた。


リリンはオルラン様にエスコートされている。これは今年の序列が入れ替わって、女性の最高位がステラローズ様に入れ替わったせいだと思っていたけど、クリストファー殿下はどなたもエスコートされていない。

一方で、ステラローズ殿下はご自身の側近、幼なじみの騎士にエスコートされている。階級を考えれば有り得ないことだ。



「あまりの横暴ぶりにクリストファー殿下に縁を切られたらしいわよ」

「後ろ盾だった王妃様もご調子が戻られないそうね」



ひそひそと交わされる噂話に、リリンの生誕パーティのことが思い起こされる。


兄妹の縁すらも国のためと、ラグエンティ伯爵への謝罪のために切り捨てられるクリストファー殿下の冷徹さに触れて、そっと寒い気持ちになる。

原因は間違いなくステラローズ様で、リリンにしたことや、過去に孤児院にしたことを思い返せば許せない。


それでもどこか寂しい人だと、私は考えてしまう。きっとこれは貴族としては正しくないのだろう。

そっと自分の袖の中にため息を吐いて、重い気持ちを振り払う。



「時の神クィリスィエルのお導きがあるまで」



先生たちからその言葉が告げられるなり、王族たちがそれぞれの国の別れの挨拶を述べ始めたのを聞いて、会がお開きになることに気がついた。


一際華やかな上位層が退出して行ったあと、少しだけウェバルと手を振りあってから私もカールとともに講堂を出る。



「アンネマリー、急ぎ部屋に向かってくれ」

「なにかあったのですか?」

「ここでは、少し」



クリストファー殿下の側近であるエンリル様が私に用事を言いつけるなんてことは普通有り得ない。それだけの緊急事態だ。


少しだけカールと目を見合せてから、エスコートの手を離してもらいパッと走り出す。


豪奢なのにどこか見慣れた女子寮の入り口手前でエンリル様からリリンが怪我したことと、今年は身内にも気をつける必要があるからよく注意するようにと忠告を告げられた。

理由は寮に入ってすぐわかった。真っ赤に頬を腫らしたリリンが少しだけ目尻を下げて、困ったように微笑む。



「ちょっとステラローズ様と喧嘩しちゃって」



リリンがステラローズ様と喧嘩する理由も、仮に喧嘩したのだとしても手を出すような事態になるはずがないのは普段のラグエンティ家で行われる教育を見ていればわかる。

孤児院の子たちのように取っ組み合いなんて、起こるはずもないマナー教育を受けているリリンがその手の喧嘩をするはずがない。


そして、エンリルさまから手渡された回復の魔導具をよく見れば、王家の紋章が入っている。賠償のための一部であろう回復魔導具がクリストファー殿下から渡されたのは明確だ。


ステラローズ様はどうやってもリリンのことを傷つけたいらしい。でもリリンはこれ以上、ステラローズ様が厳しい状況に置かれることを望んでいないみたい。

それにちょっとだけホッとすると同時に、どうしてステラローズ様にはリリンのこの優しさが通じないのだろう?と不思議に思う。



「クリストファー殿下から魔導具をいただいたので、治そうか」

「ありがとう」



明日からは私がリリンを守るんだと気合を入れて、魔導具を握りしめた。

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