第17話 女王を敬う国

相変わらず忠義の厚いやつだ。


そう、シジル・アスダモイに評価をしてから懐かしい部屋を見渡す。七斗学院が休講期間に入るなり、講師マリアン・ベリアルに対してフェーゲ王国から帰還命令が出た。そして、フェーゲに戻るなりこの部屋に案内された。

かつてペトラが使用していた王城の私室は今もシジルの命令で、かつてのまま時を止めたように維持されている。もう帰らない主だけがあの頃と異なる。



「マリアン、お前もそういう顔するんだな」

「私がペトロネア殿下の最古参の側近ですから」

「そりゃそうだ。なんなら生まれてすぐの殿下のとして離宮に登城した記録が残ってるぜ」

「それで、シジル。過去を懐かしむために呼んだわけではないでしょう?」

「お前のそういう情緒を介さないとこ気に入ってるよ」

「お褒めの言葉をありがとうございます」



ペトラの部屋は他の部屋の追随を許さないほど鉄壁の防御力を誇る。かつて本人が手を入れたのはもちろんのこと、ベリアル家も総力を上げてこの部屋の改装を行った。

純悪魔の掲げる御旗である殿下は常に狙われていた。あの頃を考えると、まさか殿下が人間の手で散ることになるとは思ってもみなかった。


シジルの望みだろう防御を発動するべく、執務机の引き出しに固定されている水晶玉に手を触れた。魔力が吸い出されて、辺りに私の魔力が満ちる感覚があった。これを抜けて来られるのは私の番であるソフィアだけになる。



「どうぞ」

「同年代にペトラがいなかったら、魔王候補はお前だっただろうな」

「バカなことを。あなたは魔王が力だけで選ばれるものではないとご存知でしょう」



先代の魔王陛下が崩御した際にペトラがフェーゲを冠していない王子たちまで自らの足で確かめに行ったのだからそういうことだろう。

いつも隣に侍っていた私にすら魔力を流して確かめようとしたぐらいだ。魔王の選定は、勇者のせいなどで順当に代替わりできなかった場合は加護神シャムシアイエルが関与してくるのだろうと推測している。


そして、それを代々忠義の厚さをウリにしているアスダモイ家が知らないはずがない。



「まあな。本題だ、女王陛下クイーンはフェーゲに戻られるおつもりはあるだろうか」

「ええ。仰るには『少しお散歩』だそうですから」

「ははっ、さすがは預言を持つだけあるな」

「どうせなら面白くして楽しみたいそうですよ。そして、例のリリンシラ・ラグエンティはしばらくしたら面白くなるそうです」



なぜか女王陛下は私に謎解きのような情報を小出しにしてくる。まるで遊戯をしているようなそんな感想さえ抱いてしまう。

まるで、リリンシラ・ラグエンティから私にたどり着けるかしらと嘲笑うようだ。そういえば、面白いことが好きと仰っていたか。


それであれば、レイド王国の彼らやフェーゲ王国のアザレアが女王陛下クイーンの手のひらで踊るさまはさぞ見応えがあることだろう。


そこまで考えてから、ふとペトラが演出する面白い喜劇ひげきを見るためにレイド王国に行った女王陛下クイーンの行動を思い起こす。

もちろん今後の布石もあったに違いないが、ただ布石を打つだけなら指先で私たちに指示するだけでよかった。


あのときは、そう、確か良い席で観たいと仰っていたか。この一連の件を、一番楽しく見ていられる場所は


_______七斗学院。



「シジル、私に開示していない情報があるのでは?」

「おっと、何でそれがわかるかな」



悪どくニヤリと笑ったシジルは、机を小さく指先で叩いてから、想像通りの回答をくれた。



「聖女、それに勇者がレイド王国に現れたらしい」

「やはり」

「ラグエンティ伯爵令嬢を探ろうとしてしくじった魔族がいたらしくてな。かかった追っ手、クリストファー殿下の護衛を撒くためにちょっとした攻撃をしたら、居合わせた学生にしてやられたらしい」



王族の護衛に差し向けた攻撃を一介の学生が弾けるのはおかしい。つまりは、そういうことだ。続きを促すと、シジルも黙っておくつもりはなかったらしく話を続ける。



「アンネマリー・クエーサー、ラグエンティ伯爵令嬢がバックアップする孤児。それにカール・クエーサー、こっちは宰相のシャルマーニュ公爵家がバックアップになってる。

……が、どっちも元はラグエンティ伯爵の差し金だとよ」



その言葉に思わず笑みが浮かぶ。やはり女王陛下クイーンは面白い。あの方なら間違いなくシャリオテーラに入り込んできている。ただあの慎重な性格を思えば、商人に紛れてきているだろうか。



「ユリテリアン様も優秀であられましたから」

「だが、ユリテリアン様はどうでも良い他人に尽くすような性格をしておられない」

「間違いなく女王陛下クイーンの差し金でしょうね」



小さくため息をついたシジルが疲れたように髪の毛をかき混ぜてから私に問いかける。


忠義を尽くす相手がいなくなったアスダモイの悪魔は長生きしないと聞いていたが、シジルの忠義執念を褒めれば良いのか。それとも命令だけでも延命させるほど、シジルを溺れさせたペトラを讃えたら良いのか。

ただ完全なるベリアルの悪魔になり切れない私は、この知人以上友人未満の同僚がいなくなったら少し心の底がザラつく。



「なあ、マリアン。あと何年だと思う?」

「聖女と勇者が戦えるようになるときには、お目覚めになられるでしょうね。これまでを考えれば、もうあと少しです」



冗談に返事をするように軽く答えてきたシジルの様子を見てから、まぶたの裏にある変わらない暗闇を睨みつけた。

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