第16話 勇者を求める国の社交
半年ぶりに戻ってくるオルランを迎えるために、ここ数日の屋敷はどこか慌ただしかった。まだ所作ができていないために玄関で出迎えができない小さな子どもたちも、兄であるオルランの帰りを心待ちにしていて、昨日は眠れていなかったようだとフランツから聞いた。
それなら今日の晩餐は早めが良いのかもしれない。
玄関の扉が開かれて、貴族らしい帰宅の挨拶を述べる息子のオルランからは一切の感情が読み取れない。一通りの挨拶が終わった後にオルランはフリージアを見ると少しだけ迷ってから再度家族としての挨拶を贈ってくれた。
「ただいま戻りました、父上、母上」
「おかえり、オルラン」
学院では色々あったと聞き及んでいるが、オルランからは最低限の情報しか報告されていない。
確かに幼い頃にそうするよう躾たが、実際に子どもが貴族らしい振る舞いを覚えてしまうと寂しさも覚える。
同じ感想をフリージアも持ったらしく、オルランの手を握って、心からの帰ってきてくれて嬉しいを表現している。そのせいか、オルランも母であるフリージアには心を開いて、その歓迎ぶりに少しだけ顔を綻ばせている。
「オルラン、大切な話がある。一息ついたら私の書斎に来なさい」
「わかりました」
フリージアがオルランに挨拶したがっている下の息子と娘に会わせようとしているのを横目に先に部屋へ歩き出した。
魔族に抗えば流行病が、契約を破棄するとフリージアが理の門をくぐる。あの日のペーテル・ラグエンティに成りすましていた魔族を思い出す。
強力な魔術具過ぎて、当時の私の力では破棄することすらできなかった。だが、彼の誤算はユリージス・ラグエンティを甘く見たことを端に発した。
彼は自身にかけられた呪いを愛する娘に継がせないために奔走した。その結果が、手の内にある首飾り型にされたアクセサリーだ。動かせば、金属の鎖が擦れる音が微かに聞こえる。
書斎の机の上に置いてじっくり見ても、この首飾りを模した魔道具の造りは不明だ。何重にも巡らされた魔導円がなにかの魔法を繰り返し発動する、それが何を意図しているのか全てを理解することはできない。それだけ威力のある魔道具だ。
「父上、お待たせしました」
「……オルラン、まずはこれを読みなさい」
机に置いたラグエンティ伯爵と交わした書状を手渡す。正式な両家の家紋が押された一種の契約書だ。貴族同士の婚約は相続や爵位に関わるため、細かく取り決めをしてから交わされる。
小さく刻まれた文字を追っていくオルランの目が驚きと喜色に彩られていくのを見守った。幼い頃から守ろうとしていた大切な女の子との婚約は、先ほどまでの貴族らしい仮面を壊すには十分な威力だったらしい。
「リリンと……?」
「ラグエンティ伯爵家の爵位はリリンシラ嬢が保持して、2番目の後継へ譲られることになる」
「わかりました」
今のレイド王国で最も力を持つ宰相家と、商人と揶揄されるまで商いに長けた伯爵家が合わさるのは政治的観点から言うとよろしくない。ただ、それは現行の王政が続くと仮定した場合だ。
シャルマーニュ公爵家は何代にも渡って、立憲君主制、政治権力と王族を引き離すよう上申してきた。
今回のラグエンティ伯爵令嬢のリリンシラ嬢と、オルランとの婚約はその王手と言っても良い。その契約書を後押しする王族の署名が、唯一の後継者とされているクリストファー殿下であることに皮肉さを感じる。
クリストファー殿下は王子でありながら、今の王政を終わらせたいと考えている。母親を暗殺され、その暗殺の実行犯に親権を握られて、何度も煮え湯を飲まされてきた。そのため彼はどこの貴族よりも王族への恨みを募らせている。
クリストファー殿下はそれを全て笑顔で覆い隠して、王族の権力を剥奪しようと動いていたシャルマーニュ家に近づいてきた。全く末恐ろしい子どもがいたものだ。クリストファー殿下が利害の一致を理由に私へ話し合いを持ちかけてきたあの日が懐かしい。
「父上。他になにか、私に言いたいことがあるのではありませんか?」
私を真っ直ぐに見つめてくるオルランのヴァイオレットの瞳に友人、ユリージスと似た気配を感じた。彼らは私の裏切りに気が付きながらも、こうして気遣ってくれる。
オルランが私の裏切りに気がついたのはもう随分と前のはずなのに、それでもまだ私のことを家族としてくれるのか。
「幸せになりなさい」
一瞬だけ驚いたような表情が浮かんだオルランも、すぐに無表情に戻った。
「やることはわかっているね?」
「はい。すぐに用意します」
貴族同士の婚約は契約だ。履行するだけの能力と誠実さがあることを証明しなければならない。
オルランはあのリリンシラ嬢に対して過保護な
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