第15話 疑わしき影
学院内で不審人物を見失ってから数日、周囲に注意しながら生活していたものの、特に変わりはなく、モロス様の機転で私は気が付かれなかったのだと思い直して、商店街に来ていた。
いつも通りのニコラウス商会のお手伝いだ。焼かれたクッキーを箱に詰めるお手伝いを4人でしていると、ククルがそういえばと言った様子で話をしてきた。
「最近、カールの主様がお店の方に来ているけど、カールは同行しなくて良いの?」
「え?オルラン様がお店にきているのか?」
「商会長と一緒にどこかに行かれているよ」
それを聞いて思わずカールと顔を見合わせた。オルラン様はラグエンティ伯爵家と違って、貴族の慣例をしっかり守られる方だ。
商会は部屋に呼ぶし、服の採寸も針子さんたちを寮に呼ぶ。実際に何度かそれを見ているし、先日も文房具などを売る雑貨屋を呼びつけて買い物をされていたばかりだ。オルラン様本人が商店街に来られることは本来有り得ない。
「そんな顔してどうした?あぁ、あいつ。商会長が会ってるやつじゃないか?」
ジムが窓の外にいる人影を指さす。その姿はすごく見覚えがあって、私とリリンを狙っていると会話をしていたあの小柄な男性に違いなかった。
「ありがとう!ジム、ククル!ちょっと急用!」
「待てよ、アン!」
制止の声を振り切ってお店を飛び出す。私のその後ろからカールが慌てて付いてくる。今度こそ、今度こそ尻尾を掴まないと。
この生活を続けるためにリリンに害をなそうとするやつはなんとしても排除しないと……!
そう思いながら、先ほどジムが指さした人物を追って走っていたがいつの間にか見失ってしまった。荒く息をついていると、声をかけられた。
「アンネマリー嬢?それにカール様?」
「モロス様!」
「なんか苗字で呼ばれるの慣れないな、エンリルで構わないよ。私が持っているのは一代騎士爵だけだし、それより商店街でそんなに走って、なにかあった?」
言い淀んでクリストファー殿下が近くにいないか見渡すと、エンリル様はクリストファー殿下の指示による見回り中だと肩を竦めてくれた。
どうやら護衛任務中ではないらしくて安心した。どうして走っていたのか状況をカールが説明しようとしたところで、黒いモヤのようなものをまとった変なものが私たちの方に飛んできた。
「それが」
「カール!危ない!」
「うわ!なんだよ、これ!」
エンリル様が抜刀して、飛んでくる途中で人型の化け物に変化した黒いものと組み合う。カールに飛びかかってきたのに割り込めるなんて、エンリル様は強い。
飛んできた化け物は人の形をしているのに顔がなくヌルッとしている。それに動きが人ではない。そんな奇妙な敵は素早く、風の加護を持つと有名なエンリル様ですらギリギリの戦いになっている。
どうしよう……!きっと追いかけているのに気が付かれていたんだ!どうしよう、私のせいで、エンリル様もカールもこのままじゃ。
「光の聖女バルドゥナよ、我が祈りに答え祝福を与えたまえ!」
他に思い付かずに幼いときのように、私が祈るとゾワッとするほど熱い力が手元から抜け出した。目視で白く見えるほどの魔力がエンリル様とカールに襲いかかる物体にぶつかった。
眩しいほど白い魔力はぐるりと謎の人型の化け物を取り巻くと、一際強く光った。
「くっそ!逃がすかよ、火の神アーガンジュエルよ!」
急に動きが鈍くなった化け物に向かってカールが得意の
「モロス様、助けていただき、ありがとうございました。……それにしてもアン、もうあんな魔法使えんのか?すごいな、助かった」
「え、ええ。良かった」
私もカールに習ってエンリル様にお礼を言ってから、昔のようにカールと拳を合わせて健闘を称え合う。
そこでカールの手の甲に見覚えのない不思議な文様が浮かんでいることに気がついた。
「ねえ、カール……。それって」
「え?なんだこれ」
「……火の神アーガンジュエルの御加護の印、勇者の証だよ。こんな子どもたちを戦わせないといけないなんて」
呆然とした様子だったエンリル様が苦しそうに言う。そう言われて、オルラン様がよく話す魔王との戦いに望まないといけない勇者に、カールがなってしまったと理解した。
私たちはそれぞれ勇者と聖女を目指していたのだから、カールのそれはお祝いなんだろうけど、実際にこういう目に遭うとその目標が正しかったのか疑問に思う。
「アンのこと、待ってるからな」
エンリル様には聞こえない程度の小声で私にそう囁いたカールはエンリル様に大きく頭を下げた。
「俺に剣を教えてください!」
「もちろんだ。私にできることならサポートする」
私が今日追ったのは私かリリンのことを狙うフェーゲの人だったはず。それなのにその人がオルラン様、それにニコラウス商会長と定期的に会われているとは、一体どういうことなんだろう。
クリストファー殿下に報告するというエンリル様の言葉に神妙に頷いた。
有り得ないと思うけど、もしもオルラン様がフェーゲ王国に通じていたら、私たちはクリストファー殿下を頼るしかないのだから。
そう思って、お守りとして持ち歩いているポケットの中のヘアピンを握りしめた。
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