第14話 疑わしき影
顔を手で覆いながらも赤くなっているのが隠しきれず、しどろもどろになっているモロス様にちょっと笑ってから、それどころじゃなかったことを思い出した。
「私、彼を追わないと」
「彼?」
「この七斗学院に入り込んでいる学生じゃない人です」
魔力を検査する必要がある特殊さを持つ女子生徒、冷静になればすぐわかる。私か、リリンだ。あの会話は明らかに危害を加える気だった。危険を排除できる可能性があるならその機会を逃したくない。
「ダメだ、危険過ぎる」
「反対されても行きます」
説得してくるモロス様の目を真っ直ぐに見詰める。モロス様の深い緑の瞳に葛藤が浮かんでいたが、私の決心が変わらないことをわかってくれたらしく深いため息をつかれた。
「私も行く、だから危険なときはすぐに助けを求めに学院の……ムーサレード教授に走って欲しい」
「わかりました。では、行きましょう!」
この場所から学院の外、商店街の方に向かう道を走る。すれ違う人たちが不思議そうに見てくるが、モロス様が護衛騎士の格好をしていることで特に誰かに声かけられることもなく追いつけた。
「いました……!」
「私の後ろに隠れて」
明るいところで見ると声からの印象と異なって、小さな人影だった。男性だと思ったんだけど、随分と小柄ね。
出入りの商人と証明するための銅板を門衛に見せて、手を振る余裕まで見せて堂々と学院から出ていった。
後を追いかけようとした私の肩をモロス様が掴んで物陰に引き戻す。
「まだだ」
そう言われて物陰に隠れ直すと門の向こう側からじっとこちらを見ている人に気がついた。あの様子だと確実に気が付かれている。
「君はこのまま隠れていて」
「えっ?」
「いいね、絶対だ」
真剣な声音のモロス様に頷き返すと、そのままモロス様は目立つ真っ白なマントを翻して物陰から出ていかれた。
そのまま先ほどの怪しい人影を通した門衛と親しげに話している。殿下の護衛をしている騎士というのはマントと帯剣で一目瞭然だから、門衛も特に緊張している様子も見られない。
「ふふっ、木陰で密やかに咲く健気な花のようだね、アンネマリー?」
背後から呼びかけられて、びっくりして飛び上がる。振り返るとクリストファー殿下だった。私の反応があんまりだったせいで「驚かせてごめんね」と言いながらもクリストファー殿下は含むように笑っている。
「びっくりしました……」
「ふふ、申し訳ないことしたね。さて、エンリル、なにかあった?」
「少し怪しい人がいましたので、跡を追っていました」
「アンネマリーは?」
「私に関係ありそうだったので、無理を言ってモロス様に付いてきました」
「そう……。ここで聞くべきでなさそうだから場所を変えようか。エンリル、追跡は必要?」
「いえ、気が付かれていたようで警戒されていました。これ以上は危険かと思われます」
いつの間にか戻ってきていたモロス様の報告を聞くなり、クリストファー殿下はニコリと笑って私にエスコートの手を差し出した。場所を変えてからの報告にも招いてもらえるみたい。
そのまま何でもない世間話をしながら、普段は入れない寮の貴賓室、リリンの部屋にも併設されていたお茶ができる部屋に通された。
美味しい紅茶とお菓子をいただきながら、廊下で聞いた会話、フェーゲ王国のアザレア・アスダモイが関わっていることから人影を追って行ったところまで私とモロス様で話し終えた。
「私がアンネマリーを気にかけていることに気がついている?」
「はい、とても良くしてもらっています」
「理由は察している?」
「リリンの傍にいるからかと」
「もう1つ理由がある。アンネマリーの魔力はリリンシラ嬢と同じように特殊でね、特殊な魔力を持つとされた人はここ数年で何人も暗殺されている」
その言葉に思わず息を飲む。確かに珍しい魔力とは聞いていたけど、まさか暗殺だなんて……。
「まだ細かくは言えないけど、あまり危険に深入りしないで欲しい。リリンシラ嬢やオルランからもよく言われているだろうけど。
アンネマリーを失うわけにはいかないから」
普段の柔らかな微笑みと打って変わって、まるで戦いに赴く騎士のような鋭い目をするクリストファー殿下に了承の旨を伝えると、殿下がいつものように柔らかく微笑まれた。
「怖がらせてごめんね、でも護られる当人に自覚がないと護りにくいから。もし何かあったら私でもエンリルにでも連絡するように」
「かしこまりました」
「……裏があるとわかっていても、また図書室で会ってもらえる?」
「もちろんです!」
裏と言っても、私が誰かに害されるようなことがないか、そんな兆しはないかを確認してくれているだけ。むしろ私の方から頭を下げてお願いするような事柄だ。なんなら殿下にしていただくような類のものでもない。
「ただ、今度はクリストファー殿下のお話も聞かせてください。その、平民目線で気がつけることもあるかもしれないので!私が護ってもらってばかりでは申し訳ないです」
「ふふふ、そうだね。ありがとう、アンネマリー」
クリストファー殿下はなぜか私の言葉に本気で驚かれていたようだったけど、すぐに破顔されて、思わず見とれてしまうほど美しい表情で笑われた。
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