第13話 疑わしき影
仲良し同士でお菓子を大量に交換する土の女神ネルトゥシエルの行事が終わったらすぐに火の神アーガンジュエルの神話になぞらった行事がやってくる。
どんな行事かと言えば、競走をする行事だ。何を競うかといえばほとんどの種目がとても単純で、足の速さや空飛ぶ速さ、泳ぐ速さなどだ。色々な国から様々な種族が集まる七斗学院ではそれぞれの特性を理解して相互理解に役立てるのも重要だとキシャル先生が言っていた。
「僕、走るの苦手なんだよね」
「私も得意じゃない」
「アンネもなんだ!仲間だね」
「でもウェバルは泳ぐの速かったじゃない」
「大丈夫!アンネが困ったときは助けてあげるよ」
「ありがとう、心強い」
いつの間にかウェバルとは仲良くなっていて、以前戦闘訓練を眺めていたときのように競技場で、みんなの走りを眺めていたら隣にウェバルが座っていた。
「あれ、新しいアクセサリー?」
「耳のやつ?僕が単独行動するから護衛がわかるようにってさ」
ウェバルの耳元に見慣れないアクセサリーがついていて、光の反射でキラキラとしている。その言葉を聞いて思わず見てしまったウェバルの付き人、アルフィさんがにっこりと笑って答えてくれた。
「納得」
「あははっ、学生らしく風の子のように学院を楽しんでるの!アンネももっと力抜いて楽しみなよ」
「ふふっ、ウェバルといるときはいつも力を抜いて楽しんでるよ」
「本当かなぁ、ま、いいよ。まだ時間はあるもんね」
レイドの学生たちといると余り見かけない開けっぴろげな笑いと物言いに少しだけほっとする。
オルラン様やインディル様はいつも私を気遣ってくれているし、リリンも私やカールが身分差で萎縮しないようにあれこれ手を尽くしてくれている。
それでもみんなの所作から育ちの良さは滲んでいて「貴族が来たら気をつけろ」を叩き込まれた孤児の教えが抜けない。
「アンネ、学院が休みの期間はノイトラールに遊びに来ない?」
「えっ?」
「ニコラウス商会からの伝手で将来は仕事に就くつもりでしょ?それならノイトラールに来るのは良い経験になると思うんだけど……」
ちょっと俯いて言葉を濁したあと、ウェバルは私の手をぎゅっと握った。
少し私より冷えた手が本気さを教えてくれる。でもそれ以上に肌の質感の違う手が、ウェバルが露骨に異種族であると主張している。
種族が違くても仲良くできると光の聖女と同じように私も信じている。そうしたいと思っている。でも、違うことは怖い。
「僕も学院以外でアンネと会えたら嬉しいな。ぜひ考えてみてね」
「ありがとう、相談してみるよ」
「うん!」
そろそろ競技に出る順番だからとウェバルに手を振ってその場を後にする。ウェバルからの好意は嬉しいし、私も将来のことを考えたらノイトラールを見学しにいくのはとても良い経験になるように思える。
混血容認の立場をとるリリンやオルラン様の家の方向にも沿っていて、孤児たちへの施しの理由の強化にもなる。
それなのに、私は……。
ふと、顔をあげるといつもは通らない遠い廊下に来てしまっていた。今日は行事で人が競技場に集まっているのもあって人気も少ない。またリリンやオルラン様の手を煩わせないためにも早く戻らないと。
「どうだ?あの娘の魔力は検査できたか?」
慌てて壁際にある棚の物陰に隠れる。こんな話し方をする人が七斗学院に入り込んでるなんて、それにあの娘って誰を狙ってるのかしら。
「カンの良い宰相の息子が張ってる、しばらくは難しいだろう」
「全くアイツは余計なことを」
「滅多なことを言うな」
「だが」
「寮外で話すのはオススメしないな。どこに誰がいるか、きちんと把握しているのか?」
新たな声の主に思わず声が漏れそうになった。フェーゲ王国のアザレア・アスダモイだ。フェーゲ王国の学生の中で序列一位で、規律と秩序を重んじると噂で聞いた。
ここにこのまま居たらバレてしまうのではと思いながらも、今動いたら確実に気が付かれてしまうと思って身動きが取れない。
ど、どうしよう……!
どうにもならなくて聖女に祈るように手を合わせる。ふっと影が入り、叫びそうになったら口を押えられた。
口を押さえてきた手を辿ると、白いマントを羽織っている。レイド王国の証だ。
「申し訳ございません」
「そちらの方は、我が寮生ではなさそうだな」
「流石は聡明と噂されるだけありますね。僭越ながら重用いただいております」
「はあ、今日は去れ」
アザレア・アスダモイの立ち去る高いヒールの音が遠くに行ってから、我が寮生ではないと言われた方の人が立ち去る音がした。
「完全に気が付かれていたな」
深い溜息とともに感想を吐き出したのはクリストファー殿下の護衛騎士、エンリル・モロスだった。私を護るようにマントで覆ってくれたのも彼らしい。危機が去ったからか清涼感のあるハーブの香りに気がついた。
レイド王国内の女学生たちから密やかな人気を集めているモロス様のマントに庇われるなんて、彼女らの楽しげな想像のお話のようだ。不意にそんなことを思ってしまった。
「あっあの」
「えっ?あ、あぁ!ごめん!」
急に頬を赤く染めて、私を庇うために抱きしめていた手を離して慌てている。そんなモロス様の姿に、これまでイメージしていたしっかりしている年上の雰囲気を崩されて、ちょっとだけ親しみが湧いた。
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