第5話 歓迎の宴
へえ、これがあのシジル・アスダモイの娘ねえ。クリストファー殿下に長ったらしい神様表現で「あなたに会えて嬉しい」と挨拶を述べて「アスダモイ一家一女のアザレア・アスダモイ」と名乗った魔族をしげしげと眺めてしまう。
アザレアからはエリザベートがまとう毒が滴るような雰囲気も、ペトラのような次元が異なると思わされるようや別格さもない。
思い出してみれば、シジルはペトララブなだけの普通の魔族だった。だからか、なんていうか、アザレアは思っていたより普通ね。私が期待しすぎていたみたい。
ちょっと楽しみにしていただけに社交のやる気がしぼんでいくが、このあとにまだ私の可愛いおもちゃとの挨拶もあるもの。無難に終えておかないとね。
「おはつにお目にかかります。ノイトラール共和国ノイトラール国主ノアの養子、ウェバルです」
ああ、居たわね、そんな攻略対象。
ウェバルはどう見ても入学規定に達していなさそうな見た目だけど、国主が養子にしてまで送り込んでくるのだから、それなりに優秀だったはず。
ちょうどリュラが面白いものを仕入れたと言っていたし、ウェバルの設定は知っているから、仕入れたものに任せてみるのにちょうど良いわ。
混血に対する差別を撤廃するべく動く聖女派として無難に相手の作法に合わせて握手をする。それを見たウェバルの背後に控えている侍従が私に少し興味を持ったようだった。
うーん、さっぱり名前が出てこないけど気にしておく人物だったような気がするわ。まあ、今はリリンシラ・ラグエンティが相手の文化を重んじる良い子って思ってくれればそれで良いわね。
「クリストファー様、今期も聖女バルドゥナのお導きがありますようお祈り申し上げます」
クリストファーに挨拶を述べに来たキシャルはアンネマリーとカールにも目配せをしている。いいわね、少し出会う時期が早まったけど、キシャルルートには好影響なのかもしれないわ。
キシャルが釣れるなら、マリアンが漏れなく動くでしょう。あのエリザベートの息子とどう遊べるのか楽しみだわ。
さっと人垣が割れてこちらへ向かってくるひとにニンマリと笑いたくなる。ええ、確かに。彼女、黙ってれば素敵よね。黙ってれば、だけど。
「時の神クィリスエルのお導きでしょうか。お久しぶりです、ソフィア先生」
「光の神バルドゥエルのご加護を感じます。今年もよろしくね、クリストファー様。さて、ご学友を紹介してくれるかい?」
ソフィアの髪に深い蒼のサファイアのついたイバラ模様の装飾品が付いている。あのときはソフィアのマッドさに目を取られて深く理由を考えていなかったけど、ソフィアに言い寄るやつがいなかったのは
クリストファーに促されて、オルラン、インディル、リリンシラの順で挨拶ができるよう膝をつく。ソフィアは亡国の王女だったために今でも王族待遇だ。だから
「時の神クィリスエルのお導きに感謝いたします。光の神バルドゥエルのご加護の厚さを感じております。オルラン・シャルマーニュと申します」
オルランに続いて、インディルと私が名前を告げるとソフィアはためらいなく私の手を握った。
「とっても会いたかったよ」
恍惚とした表情で囁いてきた。主語がないとまるで恋焦がれた運命の人のように聞こえるから見た目って素晴らしいわね。ソフィアが会いたかったのは、実験体に、でしょう。
きょとんとしたあとに、物凄くムカつくことをいくつか思い出す。ソフィアの美貌にあてられたように顔を赤くする演出だ。まったく、なんで私が頑張らないといけないのよ。
ソフィアは楽しいゲームのスパイスだもの。仕方ないわね、悪態は心の中だけにしてあげるわ。
「ソフィア、リリンシラ様が困っている」
「マリアン……そうだね、つい気持ちがはやってしまって。欲望の神ジラーニエルに魅入られていたようです、失礼しました、リリンシラ様」
「い、いえ」
私の手をゆっくりと離すソフィアはとても残念そうだ。魔力計測でもしたかったのかしらね。相変わらずで安心したわ。
目をキラキラさせて私をのぞきこんでくるソフィアは端から見ると意味不明だ。でも、私に異様な興味を持っているのを察したオルランがソフィアの行動を遮れるように立ち位置を変えている。
いいわね。そういう頭のよい子は嫌いじゃないわ。
「時の神クィリスエルのご加護を賜りました」
「お久しぶりです、マリアン先生」
クリストファーと挨拶を交わすマリアンが血の気を感じさせない唇をつっと引き上げて笑う。マリアンが笑う様はどこか魔族らしさを感じさせる。社交用の笑顔のはずなのに毒々しい。
いいわね、そうよ、そうやってアンネマリーたちに警戒されなさい。警戒を解いてからの裏切りの方がダメージが大きいものよね。マリアンのそういうとこ好きよ。
「リリンシラ様、あなたの入学を心待ちにしていました。水の神ハーヤエルのご加護が厚いシャリオテーラにて、風の子のようにお過ごしください」
リリンシラに対してアザレアよりも手厚い歓迎の意を表すだなんて、本当マリアンは楽しいわ。私のやりたかった楽しい学園生活にピッタリの歓迎ね。
神様表現と直截な表現を組み合わせて心からの意を表して、
リリンが魔王の子であるという設定を知っている人が聞いたら、遠回しに魔王として覚醒しろと言われていると察するわよね。
ほら、そういうことするからフェーゲの子たちがリリンに何か裏があるかと思って訝しんでいるじゃない。私の隣にいるオルランなんて社交用の微笑みが崩れそうになってるわ。
「それでは、時の神クィリスエルの気紛れまで。ごきげんよう」
ようやくはじまった楽しい学園生活に心を踊らせて、ほうとため息をついた。
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