第4話 歓迎の宴

あら、きちんと飾ったらちゃんとした広間じゃない。歓迎の間に到着したときに見た広間の真ん中に鎮座する木の空気の読めなさにびっくりしたわ。まあ、そのぐらい変な空間でないとスチルにしたときに場所がわからないもの、仕方ないわね。



「リリン嬢、この会場の誰よりも可愛らしい。私にエスコートの栄誉もらえますか?」



歓迎の宴が行われる広間をのぞむ扉の前で、甘い言葉と一緒に手を差し伸べてきたクリストファーにニコリと笑い返す。ステラローズの入学が次期だから序列の問題で、レイド王国の最後の入場は私とクリストファーになる。

クリストファーか私に婚約者がいれば変わるけど、まだ焦れたロマンスを楽しみたいじゃない。ユリージスからはリリンの婚約についてはどっちつかずな返事をしてもらっている。


いいわ、オープニングで顔が出てこなかったモブの女の子を演じてあげようじゃない。

長年、色々と準備してきたんだもの。ゲームの舞台を間近で見る機会を貰ったのだから、最大限に楽しまないと損でしょう?


真っ白なマントを翻すクリストファーは物語の王子様のイメージそのもの。シャンデリアの灯りを反射してキラキラと輝く髪には愛国の花クレマチスを模したシルバーの髪飾りが添えられている。



「クリス殿下にクレマチスがよくお似合いです。余りに美しくて、闇の神が眷属ピオスエラにさらわれてしまいそうで不安になります」

「ありがとう。リリン嬢は薔薇がよく似合っているよ。そうだね、薔薇がかすむほどといえばこの美しさを表現できるだろうか」

「まあ!」



装飾を褒めあっているように聞こえても実際は腹の探り合い。私からの警告を聞いたクリストファーの護衛エンリル・モロスが少し眉を動かして警戒を強める。

エンリルの深い翠の髪が白いマントに映える。でもそれぐらいだ、攻略対象にしては随分と控えめね。


私からクリストファーに伝えたのは「貴方は愛国が過ぎて敵国から狙われていますよ」で、闇の神の眷属ピオスエラは苦痛の代名詞扱いの神様だ。

一方、クリストファーからは「求婚に応えてくれないのは条件が足りませんか?」といった問いかけだ。私はこの言葉に応える必要はないわね。きっとこの会話を聞いたオルランが代わりに牽制してくれるもの。持つべきは優秀な幼なじみね。


私たちの入場を出迎えてすぐに膝をついて挨拶の姿勢になっているオルランに、クリストファーが声をかける。オルランはさすがね、アレを無視したら聖女派のシャルマーニュ家と旗頭クリストファー殿下が仲が悪いだなんて噂されてしまうもの。



「時の神クィリスエルのご加護に感謝いたします。レイド王国に栄光を。

以前よりクリストファー殿下の勇姿を伺っておりましたので、共に七斗学院で学べるよう幸運の聖女バルドゥナに祈っていました」

「知の神イーシテュエルの申し子と名高いオルランが入学してくるのを、私も心待ちにしていたよ」

「聖女バルドゥナの祝福を得られたようです。時に殿下、の聖女にご挨拶してもよろしいでしょうか」

「構わないよ」



あえて本日を強調しているあたりで、オルランのよい性格が滲み出ている。仲が良くても原作とかけ離れちゃうもの、結果オーライね。


少し目を伏せて挨拶を述べるオルランには年不相応な色気が漂っている。まだマリアンほどではないけど、色気要員と言われるだけあって仕草に上品な艶やかさが混じっている。挨拶のために私の手を取ったオルランの紫の瞳が緩やかに細められる。



「時の神クィリスエルのお導きでしょうか。本日は一段とご加護の強さを感じています。七斗学院で知の神イーシテュエルの導きを得られるようお祈り申し上げます」

「知の神のご加護が厚いオルラン様からの祈りに叶うよう尽力いたします。

__オルラン、これからも一緒に勉強頑張りましょうね!」



周りに聞こえないようにいつもの口調で付け足せばオルランは多少の苦笑いを浮かべてくれる。オルランからの挨拶は学び舎で知識を得ましょうだけではない意味も含まれている。

同年代に紫の魔力がいないため、オルランはよく知の神イーシテュエルに例えられる。七斗学院の在学中に私があなたを導く存在になりたいと遠回しに伝えてきていた。そんなの「はい」と応えたらこれからが面白くないじゃない。恋愛は揺れ動いてこそ、楽しいものよ。


オルランの背後でカールと一緒に控えていたアンネマリーが進み出てきて、私の後ろに控えてくれる。

あぁ、素敵だわ。オープニングで壁の華となって攻略対象たちを眺めてこれからの生活に期待していたヒロインが当然のように私の下についてくれるなんて。色々と手を回したかいがあったわ。どうせなら面白おかしく書き換えた物語を楽しみたいもの。


アンネマリーもカールも、ゲームで描かれていたような野暮ったくてマナーのなってない珍獣ではない。私、せっかく整えた舞台をああいうマナーのない子どもにかき回されるのは嫌なのよね。意図のない破壊活動なんて、裏がないから楽しみようもなくて面白くないじゃない。



「インディル、光の聖女バルドゥナの導きを得られただろうか」

「……時の神クィリスエルのお導きに感謝しています」



ふっと一瞬だけ口角を上げて私に微笑んでくれたインディルの美貌に少しだけ会場がざわついた。ただ、インディルは私が面白おかしくゲームのフラグをすべて摘んでしまったからゲームのオープニングとは雰囲気が別人ね。真面目そうな騎士ではあるものの、消え去りそうな儚さは随分と薄れた。


挨拶を終えたインディルがクリストファーのご学友として自然な位置に控えて、これで他国に挨拶周りに行ける体制が整ったわ。



「さて、新しい学友たちに挨拶しようか」



まるで花でも飛ばしそうな笑顔のクリストファーが社交の開幕を告げた。

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