第3話 希望溢れる七斗学院
久しぶりに会ったククルがふわりと微笑む。微笑んだだけなのに後光が差したようと錯覚して、思わずため息をついてしまった。
ククルは昔から身体が弱過ぎて引き取り手が見つからないと、里親がつかない理由にそれだけが挙げられたほど美しい。
虚弱さも多少だったなら引き取り手が出たと言われるほどだ。ククルはフォークを膝に落として骨を折るとか、色んな怪我を見てきた癒し手の神官たちですら目を見張るような事故が多かった。
まあその虚弱な理由を前に孤児院に来たソフィア教授が教えてくれて、もっとびっくりしたのは記憶に新しい。
「ジム!ククル!なんだか久しぶり」
「アンもカールも元気そうでなによりだ」
ぎゅっと眉間にシワを寄せたジムは相変わらずだ。不機嫌そうに見えるけど、これは嬉しいときの顔だ。孤児院でずっと一緒に過ごしてきた私たちでないと見分けられないジムの楽しそうな様子に自然と顔がほころぶ。
「俺さ、ジムまで急にフェーゲ王国に行くって言うからびっくりしたぜ」
「ふふふ、ごめんね。カール」
「ククルは仕方ないよ。どう?ソフィア先生とかとうまくやれそう?」
「にしてもまさかレイド王国の孤児院に天使がいるなんて思わないよな」
「僕は混血だからソフィア先生とは比べものにならないよ」
確かにあの孤児院に混血の子が多いとは思っていたけど、まさかククルが天使の混血だなんて驚く。体重の軽さからてっきり鳥系の獣人の混血だと思っていた。
「フェーゲ王国でジムがね。リンドラ様、竜族のお姫様に褒められたんだよ」
「マジか!それはジムすげえな!竜族は排他的な一族だから混血を認めないって聞いたことがあったのに噂って当てにならねえもんだな」
「そうじゃねえよ。リンドラ様が言うには天使を護るのは強者の本能。その本能を失っていない俺を同胞と認めるっつってたから、天使のククルが大切だからそのそばにいたやつも認めてやろうって腹だ」
「確かにジムはククルを全力で護ってたもんな。他のやつが投げたボールから奴隷狩りまで。話を聞くまで、オレはジムとククルが兄弟かなんかだと思ってた」
「あのなぁ、こんなに特性の違う兄弟いるかよ」
近況と二人のフェーゲ王国での話を聞きながら、歩いていると学生街と呼ばれる大きな通りについた。大通りの左右に広がるお店は入学してくる学生のお得意様が優先されるため、毎年入れ替わると聞いた。
そのお店の中から、見覚えのある紋章が掲げられた旗を見つけ、ドアを叩く。ドアには「開店前」の札がかかっているけど、開店に向けた準備を頼まれたんだから問題ないわね。
「あら、可愛らしいお客様ですね」
「ジム・クエーサーです。後ろはククル、アン、カールといいます。開店前のお手伝いとして参りました」
私たちを見て、カランと軽いベルの音を響かせて扉を開けた女性がちょっと目を見張った。でも予めお手伝いがくると聞いていたらしく、あっさりと中へ通してくれた。
通されたお店の中は片付けのお手伝いを呼ぶだけあって、山盛りの箱が積まれている。大きなショーウィンドウ用の家具は辛うじて梱包されていない程度だ。ニコラウス商会は食品を中心としたぜいたく品を取り扱う。クッキーが収まるだろう美しい入れ物があちこちの箱からチラ見えしている。
「会長をお呼びしましょう。ちょっと箱だらけなんだけど、その辺で待ってて」
これは中々の作業になりそうだと作業用の手袋を用意していると、女性が去った方の内扉が開いた。
「おにーちゃんたちだあれ?」
「にーちゃん、ダメだよ」
くるっとした巻き毛の兄妹だ。頭の上にちまっとした可愛らしい三角の耳が乗っているから、ネコ科の獣人らしそう。
ニコラウス商会はノイトラール共和国で創設されて、レイド王国でも混血に対する差別に否定的な立場を示しているから不思議ではないけど……。レイド王国の貴族が連れてきた商会としてはかなり異例な気がする。
そして、ジムとククルが並んでいるのに、わざわざジムの手を引いて話しかけてくるあたりでこの兄妹は大物だと勝手に将来を期待してしまう。
「箱の片付けに来た。キミらは?」
「僕たちは商売しに来たんだ!」
「そうか」
「ふふふ、可愛らしいね」
「あら、ごめんなさいね。もう作業は終わったの?ラウム、ヴィネ」
「バッチリだよ、お母さん」
「会長はすぐにいらっしゃると思うので、少し席を外しますね」
ラウムと呼ばれた男の子の方が楽しそうにぶんぶん手を振りながら「またねー」と退出していった。ヴィネは内気な子らしく、ちょっとだけ私たちに目を向けたものの無言で母親に連れていかれた。
「待たせたようだね」
「いえ!時の神クィリスエルのご加護に感謝いたします」
「私の方こそ。お手伝いに感謝しているよ。シャリオテーラにあまり人数を連れてこれなくてね、さっきのはシャリオテーラの支店長シトリー・ハルファスとその子どもたち。
さて、作業に取り掛かろうか」
リリンの元に現れるリュラ・ニコラウス会長は貴族の前に出るための豪奢な格好をしていることが多かったが、今日はとってもシンプルだ。贅をこらしたレースも袖幅もない、汚れても良い細い黒袖の姿は違和感を覚える。
「アン?どうした?」
「なんでもないわ、カール。さ、そっち持って」
「オッケー。あっちのテーブルだな」
もちろん片付けは1日じゃ終わらず「片付くまで2~3日お願いね」と言われて、その日は解散だった。
元々約束されていた報酬以外に普段は食べられないお高いお菓子を譲ってもらって、そのお菓子から無言の「新商品を宣伝してきてね」を感じ取った。
いつの間にか、孤児院育ちの私たちまで商人の考えに染まってきているのかもしれないと四人で笑いあいながら寮まで歩いて帰った。
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