第2話 希望溢れる七斗学院
指定された扉を開くと、淡い色合いでまとめられた可愛らしい部屋が待っていた。扉が思っていたより重くて、乙女らしくない可愛げのない声が出ちゃったのはご愛嬌だ。
「うわぁ、これはすごい」
リリンの屋敷で豪華で広い部屋に慣れたと思っていたが、勘違いだったみたい。お屋敷にいたのと変わらない広い部屋に、ベッドはレース編みの美しいかけ布に覆われている。
勉強用の執務机以外にお茶用のテーブルとソファまで置かれたここが寮の部屋だなんて庶民と貴族の違いを思い知らされた気分になる。
各国から来る貴族のうち男女それぞれ上位3名までがこの豪華な特別部屋らしい。そして、この特別部屋には使用人部屋がついている。私の部屋はリリンの隣、使用人用の小部屋と聞いていたけど、十分過ぎる。途中で覗いた通常学生の部屋とは雲泥の差だ。名家の使用人は貴族だろうという配慮らしい。
ほぼ1ヶ月後、学期がはじまる4日前にリリンはやってくる。リリン、インディル様、オルラン様、クリストファー殿下が最後に到着されてレイド王国からの転移陣は閉じられる。
「七斗学院は外交も兼ねているって言ってたもんね」
ぎゅっと手を握りしめてここに来る前に言い聞かされた言葉を繰り返す。学問の発展のため、世界平和のためと謳い子どもたちを集めている七斗学院は国交のない国、つまりフェーゲ王国と接する唯一の機会になる。
加えて国交があるとはいえ、ノイトラール共和国とやり取りがあるのは外交官や商人たちのみ。それ以外の人が他国の人と接する機会は学院のみといって差し支えない。
クリストファー殿下やオルラン様のことがなくても、ラグエンティ伯爵は商売で有名な貴族で外交官に帯同することも多い。だからリリンも、リリンの付き人になる私もみんなに見られている。
「ウェバルかぁ」
とても幼い見た目のノイトラール共和国から来たという男の子を思い出す。
まるでお人形さんのような可愛らしい見た目で、言葉から裏は感じられなかったけど、そう簡単に信じきるわけにはいかない。
きっと私もカールも、リリンとオルラン様の近くにいるから他国に漏らしてはいけない情報を持っている。
ただの孤児として来ているなら、同じ仲間としてなんの確執もなくウェバルの手を取り、仲良くなれたと思う。
でも、それは友だちとして手を握ってくれるリリンや、何かあれば私たちを庇護してくれるオルラン様の手を振り払ってまで求めるものじゃない。
「んー!いい景色!」
私とカールがそういう判断ができるようになったのは、付き人教育を施されたから。元を正せばオルラン様がリリンに、シャリオテーラで孤児がお金を稼げる場所がないことを教えたからと知っている。
そんなオルラン様なら、私たちが貴族教育を受けないまま七斗学院に来ることの弊害も見越していたに違いない。それは間違いなく、リリンのための気遣いだ。
ほのかに湧き上がるどうにもならない気分をため息として吐き出す。はじめ聖女になることは、オルラン様と身分を釣り合わせる手段だった。でも、いつしか私が聖女になることはリリンを守ることになると気がついた。
大切なリリンを戦場に送らないためなら、オルラン様はそのぐらい平気でやってのける。私のこの気持ちすらオルラン様の策略通りなのかもしれない。
暗い気分を振り払おうと開け放った窓の外は向こう側の見えない広い湖が広がっていた。陽の光を反射してきらめく湖面は風で波が立っている。
「大陸の真ん中にある孤島だなんて、変な場所」
円状になっている大陸の真ん中にある巨大な湖、その真ん中にある島にシャリオテーラという街と七斗学院があると習った。
この学院のことを、オルラン様は仮初の楽園と仰っていた。本当に世界が平和なら必要のない楽園だと、私はまだその意味がわからない。
「アン!荷物置いたらシャリオテーラの街に出てみようぜ!」
「わかった!今行く!」
まだジムとククルしかいないとはいえ、あんなに大きな声を出すなんて。教育係のアルブさんがいたら少し目を細めてピシャリとした様子で「はしたない」と言われてしまいそうだ。
視界の端で一際強くキラリと湖面が光ったような気がした。目を凝らした。でも、湖以外、なにも見えない。
レイド王国は女性の貞淑さを重んじるため、女子寮の窓の方向になにもないはず……。だから気のせいね。
髪を撫で付けてから、ポシェットを斜めに引っ掛けてカールが待つ階下へ向かった。
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