第3部 虹色の聖女
第1話 希望溢れる七斗学院
見上げるほどに立派な大樹が、その広間の真ん中にあった。ドレスコードに身を包んだ貴族が使いそうな広間の真ん中に木が安置されている違和感よりも、七斗学院に着いたという感動が押し寄せてくる。
事前にキシャル・ムーサレード教授から聞いていた以上に、七斗学院の歓迎の間はすごい。
なによりも大樹は、かつて神の声を降ろした神樹だという。さらにこの学院では、その神の声を聞いた天使から実際に授業を受けられるとも聞いたし、改めてすごい場所に足を踏み入れたと実感する。
「これは、すげえな」
「ええ、私たちついに来れたのね。七斗学院に」
私を現実に引き戻したのは幼なじみのカールだった。ダンスパーティーでも開かれそうな豪華絢爛な広間にいてもいつもと変わらない様子なのは流石としか言えない。
「感動するにはまだ早いぜ!アン!」
「わかってる。ここがスタート地点よ」
「そうそう、その意気!」
「カールこそ、オルラン様の侍従になって満足しちゃったのかと思ってた」
「バカ言うな。俺の夢は騎士だっての」
私の目標は大声で言うと不敬罪になるため、声には出さずに黙って笑う。
リリンとオルラン様が前に雑談程度の話で言っていた。「ステラローズ様が王女様の義務を果たさず自由に動くのを許容されている理由は聖女の可能性が高いから」と。
なにもせずに衣食住が保証されて、孤児院を困窮させるのもただ気分が悪かったから。それにその困窮した孤児院を救ったリリンをいじめてばかりの王女様が神様から愛される聖女なんだったら私は堂々と神様に喧嘩を売りに行く。
ぶっちゃけたことを言えば、ちゃんと下々の暮らしぶりを見ていないなら、人外が私たちの生活に余計な手を出すなってとこね。
「それに私たちの雇用はシャリオテーラにいる間だけだからね!これを本当にしても良いって思ってもらわなきゃ」
「リリン……おっと、リリンシラ様とオルラン様はホントにすげぇよな」
「そう思う」
シャリオテーラは学院を中心にしたどこの国にも属さない都市だ。そして学院に通う大半の学生が貴族、となると学生が働ける場所はシャリオテーラにはない。
シャリオテーラ自体、どこの国からも干渉を受け付けないという七斗学院の方針に沿って出入りは制限されている。決められた時期に指定の転移魔法でしかできないほどの徹底ぶりだ。
そうなると、私やカールのようなお金のない学生が困るのだけど、そもそもお金のない平民が通うことが異例中の異例になる。そんな心遣いは普通ない。私たちの状況を見かねた2人がそれぞれ雇ってくれた。先輩として入っていたジムとククルにももちろんその話はいっている。
「急に今日から侍従見習いだとオルラン様から言われたときはなんとことかと思ったけど」
「マナーもや貴族常識も教えて貰えて助かったわ」
「お茶を飲む順番とか、言われないとわかんねえよなぁ」
「言われてもわかってなかったじゃない」
「毒殺、だなんて考えたこともなかったしなぁ」
「わかるよ、とっても難しいよね」
私たちの会話に2人の声以外から返事がきて、思わず振り返ると5歳前後に見える幼い男の子がニコリと笑っていた。
服装から考えると、幼く見えてもきっと学院の生徒だ。そして指先がキレイだ。間違いなく貴族。無礼があってはならない。
貴族らしい仕立ての良い袖の広い服に、マントは青に黄色のラインが引かれている。青を身につけるのはノイトラール共和国と聞いた。
「あ、かしこまらないでよ。今の時期にレイド王国から来るなら下級貴族でしょ?レイド王国は階級が高い人が直前に来るって聞いたんだ。
キミたちと仲良くなれないかなと思って。僕、ウェバルっていうんだ。ウェバルって呼んで」
「えーと、俺たちは貴族でもないん……です。シャルマーニュ家の侍従見習いのカールと申します」
「ラグエンティ家侍女見習いのアンネマリーです」
「ん?生徒じゃないの?」
「生徒だけど、レイド王国の奨学金制度を使った生徒だから孤児だ……です」
カールがそういうと、ウェバルはキョトンとした。明るい青色の目が瞬いて、言葉を理解しようとしていたようだけど、途中で諦めたらしく首を傾げた。
「んーと、僕も孤児だよ?でも今はノアに保護されて勉強するように学院に来たの。一緒だね!」
「ノア様?」
「うん、今のノイトラール国主のノア。ノイトラールには身分も家名もないよ。みーんな平等。だからレイド王国の上級貴族には嫌がられるんだ、でも、レイド王国のこともっと知りたくて!」
青い目をキラキラさせて語るウェバルは見た目通りの幼い年齢に見える。でも可愛らしく喜んでいるウェバルは自己申告を信じるなら、国主の養子。それでもあえて私たちに接触してくるなら、オルラン様かリリンが目的の可能性が高い。
「主が到着されてから、確認が必要です」
「うん、それでも全然構わないよ。よろしくね」
宰相の息子で、王太子候補のクリストファー殿下に重宝されるオルラン様の価値は言うまでもなく高い。リリンはそのクリストファー殿下とオルラン様から婚約打診をされているご令嬢だ。
急に近づいてくる他国の人間だなんて、いくら警戒しても警戒し過ぎることはない。でも警戒するにも情報は必要だ。
「個人としては嬉しい申し出です。ありがたく存じます。以前にリュラ・ニコラウス様から話を聞いて、ノイトラール共和国のことを伺ってみたいと考えておりました」
「ぜひ!なんでも聞いてね。アンネ」
「ウェバル、こちらこそ」
貴族教育で教えられた通りに柔らかく微笑みながら、ウェバルとノイトラール共和国式の友好の証『握手』を交わした。
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