第6話 聖女は学ぶ
しばらく夢に出てきそうなほどキラキラとした歓迎の宴から数日。リリンが「授業があるときはお友だちなの!」と言い張った結果、特にリリンの付き人としての仕事もなく、待ち望んでいた基礎魔道の授業を授業を迎えた。
「それでは、基本からはじめましょう」
陽の光が似合わないと言ったら失礼だけど、昼間が全然似合わないマリアン・ベリアル先生が開始の号令をかける。魔力の色が異なる人でも扱えることの多い、水を出す魔道だ。
私とリリンは家庭教師になってくれたキシャル先生にあらかじめ習っているから特に問題なくクリアした。渡された薔薇の描かれたカップの半分に水が入った。
横目に見ると魔力量が桁違いと言われているインディル様は難なく終えているようだけど、オルラン様はあの眉の寄せようから察すると、どうやら苦戦しているみたい。カールに至っては水の代わりに火が出た。苦戦しているのは明らかね。
「カール様、力み過ぎですよ。身体の中にある水の流れを感じてください」
「くぅぅ」
「それは火の流れですね」
もう一度カールが力を入れると机が炎上した。マリアン先生の指先に操られた水が一瞬で火を消したが、オルラン様の集中力を奪うには十分だったらしい。奮戦するカールを見て、オルラン様が少し苦笑いを浮かべた。
教科書を開いて次の項目を読んでいると本で口元を周りに見せないようにしたリリンが「意外と苦戦するものなのね」と小声で話しかけてきた。
「属性がないと難しいみたいね。私たちはここは大丈夫だから、今のうちに頑張らないと」
「そうね、一緒に頑張りましょう!アンネマリーと一緒で嬉しいわ」
「私もよ、リリン」
全属性の魔法を均等に扱える珍しい色を持つ仲間がいるのが嬉しいらしいリリンが満面の笑みを浮かべる。それを成功と見なしたらしいマリアン先生が私たちの机の上にあるカップを見て、なにかを小さく囁いてから、微笑みかけてきた。
マリアン先生の笑い方はなんか少し不安になる笑みだ。オルラン様から「リリンはフェーゲ王国に狙われている可能性が高いため注意すること」と言い聞かせられたからもしれないけど。
マリアン先生はフェーゲ王国からの派遣だ、私たちの横で翻った黒のマントがそれを表している。
「リリンシラ様とアンネマリー様はお上手ですね。よろしい、合格です」
「「ありがとうございます」」
「ではお二人は他の方へ教えてみましょう。リリンシラ様はカール様へ、アンネマリー様はオルラン様へついてください。リリンシラ様、カール様が火を出したら私を呼びなさい」
「かしこまりました」
並んで座っていたリリンがカールの元に向かうのを見て、私もオルラン様の隣に向かった。マリアン先生に他意はないのだろうけど、オルラン様の隣に座れる幸運に恵まれるなんて。授業だからちゃんとしなきゃと思うけど、ドキドキしてしまう。
「アンネマリー、手間をかける」
「いえ!私でお力になれるのでしたら、尽力いたします」
机の上に置かれたオルラン様の手に触れそうになって、自分の鼓動が大きく聞こえた気がした。
気のせいよ!気のせい。雑念を大きく振り払ってからオルラン様を見ると、私を緊張させないようにかニコリと笑ってくれた。
インディル様ほどではないものの、魔力の多いオルラン様は私からいくつかアドバイスすると難なくカップに水を注いだ。
「できないわけにいかないから安堵した。ありがとう、アンネマリー」
「無事に成功して嬉しいです」
マリアン先生からオルラン様も合格をもらい、教科書で予習しているよう指示をもらった。まだカールは苦戦しているようで、時々リリンがマリアン先生を呼んで消火してもらっている。
しばらくして、オルラン様が教科書を読んでないことに気がついた。失敗するわけにはいかないと重圧を感じているオルラン様が貴重な自習の機会を使ってまで、そんなに熱心に何を見ているんだろう?
オルラン様の視線を向ける先を見ると、また火を出してしまったカールにアドバイスしながら仲良さそうに笑っているリリンだった。
「ごめん、リリン!怪我してない?」
「ええ、大丈夫よ、ちょっとびっくりしたわ!」
焦がれるようにリリンを見つめるオルラン様の様子に、胸の奥をぐっと押されるような痛みを覚えて胸元にあるリボンを握る。
わかっていたことじゃない。オルラン様はリリンを大切に想ってる。そんなの初めて出会ったときからそうだった。オルラン様が私たちに優しくする理由もリリンだった。だから私がリリンに嫉妬だなんて、そんなこと有り得たらいけない。
「アンネマリー?体調が悪い?」
「いえ、問題ないです。ちょっとリボンが曲がっていたような気がして」
「そう?でも、特に直しは必要なさそうだ」
「ありがとうございます」
私が急に動いたせいかオルラン様の視線が私に向けられる。大丈夫よ、アンネマリー。昔、夢見たことにちょっとずつ近づけているわ。大丈夫、焦る必要はないの。
そう自分に言い聞かせていると、オルラン様の神秘的なバイオレットの瞳がゆるく弧を描いた。
「よく頑張っているよ。どこから見てもアンネマリー嬢に見える」
なにか私の心を読み取ったようにオルラン様はそう言った。それはまるで、私が高位貴族のオルラン様と一緒にいても不自然がないと言ってくれているようだと勘違いする。
誰よりも貴族の責務を意識しているオルラン様に限って、見た目だけでそんな判断をすることはないだろうけど。
でも、こういう発言をするということは、オルラン様は身分に悪感情を持っているわけじゃない。だから私がそれだけの実績を積めば、夢は叶えられる。
「私のピンはつけてもらえない?」
「り、リリンから髪飾りをもらったので」
「なるほど」
雇用主のラグエンティ伯爵家の紋章入りの装飾品を外してシャルマーニュ公爵家のピンをつけられないと告げたら、オルラン様は意味深に微笑んだ。
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