第50話 勇者不在の国
社交期間の最後に開催される王城での宴は夜半を過ぎてもまだ盛況だ。これまで開始から休憩を挟まず情報収集と根回しをしていたが、そろそろ疲労がごまかせない。
宴の会場から聞こえる騒々しさから少し離れてため息をつく。バルコニーで浴びる風の清々しさは、食べ物と香水でむせ返る会場からでたときならではだ。宴の社交は得意ではない。
とはいえ、派閥を束ねるシャルマーニュ公爵であり続けるなら社交は欠かせない。
今のレイド王国で聖女派が力を持つのは簡単な理由がある。血筋を理由に称えられていたジークフリート家が魔族に対抗するための武器をほぼ破損してしまうという大事故を起こしたからだ。
これまで血筋を理由に出世できなかった貴族たちが反旗を翻す理由に十分過ぎる。ただ、聖女派の実態は。
「ローラン様、ご一緒に癒しの神アスクリィエルのご加護をお祈りしてもよろしいでしょうか」
思考を遮った声の方に視線を向ける。見なくても相手はわかるが、挨拶は向き合ってするべきだろう。神々を用いた表現を使いこなす貴族は今どき数少ない上に、宰相である私の名前を呼べる相手など、一人しかいない。
振り向くと、まるで出会ったときから時が止まったかのように青年の面差しを残すラグエンティ伯爵が微笑んでいた。
ただ、それなりに付き合いが長いために、彼が見た目にそぐわないそれなりの年齢であることも、老獪な笑みを浮かべることも知っている。
「時の神クィリスエルのご加護に感謝しよう。ユリージス殿、今宵はもう良いのか?」
「ええ、あとはカトリーヌ様の手腕次第でしょう」
そういったユリージス殿の袖口から、近ごろ流行りはじめたブレスレットが覗く。
最近のラグエンティ伯爵は、ムーサレード子爵家の才女カトリーヌ夫人が新たに生み出した装飾品を売り込んでいる。元来、小さ過ぎて使えない宝石を複数使うことで見た目の貧相さを補っているとか。さらに同色の宝石を連ねれば、小さな宝石でも護りの陣を施せるとフリージアからも聞いた。
あの才女の発想も目を見張るが、それをレイド王国全体の流行にまで持ち上げたのはラグエンティ伯爵の手腕だ。
ただ、もうそろそろリリンシラ嬢の父と言われると違和感を覚えるほど、見た目と実年齢に差が出てきてしまっている。
「今日の私は
「従者も連れていないのか」
「問題ありません」
近くに誰もいないかを確認しようとしたら視線だけで察したユリージス殿に先手を打たれた。彼に視線だけで指し示された方向を見ると、リュラ・ニコラウスはムーサレード子爵夫人に連れ歩かれてる。
「お茶はいかがだろうか」
「光栄です」
侍従にアルコールのない飲み物を持ってきてもらって簡易式にグラスを交わす。
ユリージス・ラグエンティは数少ない理解者、フェーゲ王国に服従せざるを得ない私と同じ立場だ。
流れの商人と前ラグエンティ伯爵の間に生まれた庶子であるユリージス殿は、人間と魔族の混血であると以前に聞いた。
聡い者はすでに気がついているかもしれないが、人目につく伯爵位に長くいると、ユリージス殿が混血であることが明らかになってしまう。
リリンシラ嬢のことですら緘口令を敷いていても、
それに長年彼らと付き合いがある私ですら、多少抵抗を覚えたぐらいだ。レイド王国で混血であることを公にする貴族は早すぎる。
「ユリージス殿、リリンシラ嬢に風の神シナッツエルのご加護を求めないだろうか」
婚約打診をすると、ユリージス殿は本気でオルランが婿入りしてくるとは思っていなかったらしく、わかりやすく動揺した。
「下の子では、あなたが待てないだろう?それに王家からの打診を断るのも厳しいはずだ」
「え、ええ。聡い方には私が水の神ハーヤエルの守護をいただいていないことに気が付かれています」
「オルランはすでに彼女の生まれを知っている。箝口令を守れない貴族がどこかにいたらしい。それでもオルランの意思は変わらない」
「世代が下がれば、変わるでしょうか」
「リリンシラ嬢なら聖女バルドゥナの祝福を賜るだろう。女性なら化粧をしていて不自然はない上、ラグエンティ伯爵夫人が若々しくいるのは新たな商品があるのだと言い張ってしまえばおかしくない」
ユリージス殿も当初の驚きは過ぎたらしく、なにかを考えている最中だろう社交向けの笑みが戻ってきている。
「その日が来たら、あなたたちはノイトラールへ行くのはどうだろうか。親類の伝手で良ければ紹介しよう」
「ありがたく存じます。そうあれたらどれだけ良いことでしょう」
「……その前にやらなければならないことがあるな」
「ええ」
私たちがフェーゲ王国から与えられた呪いを破らないことには夢物語にしかならない。
混血の内通者。そう考えればユリージス殿を信じることは難しいが、もし彼がフェーゲ王国からの間者であるなら、彼は優し過ぎる。
民のほとんどが軍神リッカエルの加護を得るフェーゲ王国から送られる間者ならもっと冷徹なはずだ。あの夜に私の邸を訪れた魔族のように。
呪いがある者同士だから信用はできないが、私はユリージス殿を信頼して良いと考えている。
「もし、そうなる日が来たら、私とフリージアも遊びに行っても良いだろうか」
「エミリが喜びます」
それが難しい夢と知っているからか、少し目を伏せたユリージス殿はとても寂しそうに笑った。
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