第49話 魔王不在の国
相変わらず決済待ち書類で埋もれている宰相室で、好き好きに過ごす懐かしい顔ぶれに思わず目を細める。
そして、来るはずのない
ゆるりとソファに凭れたリンドラ・ナーガが口火を切る。ペトラがいなくなってからの時間を戦いと訓練に身を投じたリンドラはあの頃よりずっと存在が重い。魔王が代替わりしようと変わらない国境の守り手で、ドラゴンの一族だ。
「どうぞ、
「話が早くて助かるよ」
話はじめを理解して宰相秘書官で、ペトラの文官だったエウロラ・フーリーが幻術を展開する。かつて世話係だったペリ・シタンも紅茶を入れ終えて、昔通りの定位置に控えた。
これでこの部屋を盗聴しようという気概のあるやつは幻術師でもあるフーリーの仕掛けた罠に落とされる。
「既に知ってるやつもいるかと思うが、
ベリアル家の変わり者リュラから渡された短い手紙を読み上げる。
手紙に使われている紙には透かし模様があり、使い手の格に合わせた最高級品だ。光の当て方で表れる模様はイバラ、ヴルコラクの紋様を少しいじったようだ。この手紙を用意するのにユリテリアン様が手回ししたことを、明確に教えてくれる。
『童話は後ろ楯のない少女を主人公に七斗学院で進むの。ルシファーの「おはよう」は、彼女でわかるわ。どう?ステキでしょう?一緒に童話の舞台を楽しみましょうね』
まるで飛び跳ねるような楽しげな様子がありながら、どこか薄ら寒さを感じる筆跡に
「やはり
「ええ、直接はお会いできませんでしたが、お元気そうですよ」
「へえ?マリアンが会わせてもらえないとは、ユリテリアン様の力の入れようが伺えるね」
鼻の効くリンドラがアルブ・ヤクシー、ヤクシー一族が使う独特の香がするというなら
金属のアクセサリーが触れるシャラりとした軽い音を立てて首を傾げたフーリーが手紙を指さす。
「気になるのは、後ろ楯のない少女、ですね」
「それについてはマリアンとソフィア・ヘルビムに調査を依頼した」
マリアンが差し出す書類、話すついでに報告書も置いて行ってくれるらしい、を見下ろすと二項だてで書かれている。
「後ろ楯のない、これを貴族としての立場がないと見るか。正しい後ろ盾を得ていないのどちらと取るかで観察対象が変わります」
「
「預言はそういうもの、と聞いたことがあります」
以前にペトラの命令で
この元側近たちの中で、魔族としての力がほぼないペリの面倒を見ていたのは私とマリアンだから、私たちに意見しないどころか、そもそも会話にすら口を挟まないことの方が多い。
「まずは前者の貴族としての立場がないだとすると、リュラ・ニコラウスの手で入学させてきた孤児院出身のものが一番怪しい。リュラの背後に
ただ、この時期に言われるとなると次期入学の可能性を否めない。その場合、入学予定者にいるアンネマリーという孤児が該当する」
孤児で名前がアンネマリーか、名前的にどこかの貴族の落胤そうだな。まあ家名を与えられていないのであれば、後ろ楯のない少女には変わりないだろう。
「次に正しい後ろ楯でない場合、魔王の娘リリンシラ・ラグエンティ、理由は説明不要でしょう」
「2名なら追えるか?」
「すでに今期の学院で勤めるものには伝えました。ただ私は以前に、リリンシラはつまらないがそのうち面白くなる、と
よくもまあ自分の力を継ぐ子を謀略の中に叩き落とせるものだと、半ば呆れのような感情が浮かんでくる。血の繋がりどころか、過ごした時間すら短いくせに、本当に二人はよく似ている。
「ペトロネア殿下といい、女王陛下といい……」
「魔王の本分は謀略だ、魔王の呪いがそれを如実に語っている。そう考えると、
「マリアン、
「ええ、存じています。ですから、期待しているのでしょう?」
楽しそうに紅茶に砂糖を溶かすマリアンを見て、俺の紅茶にはミルクも砂糖も入れていないのに、なんだか胸焼けした気分になった。
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