第14話 優雅なお散歩

裏ボスの入口みたいと思った私の直感は外れず、下りていった先の広間には真っ黒なのに輝く不思議な球が浮いていた。こういうところ、魔王が降臨して、二次変体とかしそうよね。最もこの国の魔王、私の横にいるけど。



「この魔力の塊が、この国の豊穣の源であり、城であり。ルシファーさまが魔王であることを示すものです」



ふーん。なるほど、ペトラの簡潔かつ分かりやすい説明をしてくれたおかげでなんとなくわかった。


魔王になるのは魔王の子どもに生まれるだけじゃなくて、徴という痣がでてこないといけないと、なんて中二病いたいな設定。

まあ、でも魔王様の設定だし、多少は仕方ないのかしらね。そうでもしないと、俺様系の女々しいイケメンが成立しないわ。


そんな私の反応が「はあ?そんなのどうやって信じるのよ?」に見えたらしいペトラが、半ばあきらめたようにため息をつく。



「わからなくてもよいです。この礎に刻んでいる名前を私からあなたに変えたら登録変更は終了です」

「ペトラの名前、石に刻まれているように見えるけど」

「登録者変更をしたら勝手に変わりますので、ご安心ください」

「なにをしたらよいのかしら。そして、登録を変えたら何が起こるの?」

「城の主が変わります。これ以上は、登録していただかないとお伝えできません」



感情や不調を表に出さないことに長けているはずのペトラが説明をしている途中から、顔が青ざめて、手が震えはじめていた。なにか口外禁止の呪いでもかかってるのかしらね。



「それ以上話すな、ペトラ。死ぬぞ」

「お気遣い痛み入ります、陛下」

女王クイーン、登録してくれたら、あとは俺から話す。刻む名前を教えてほしい」

「あら、そういえばそうね。はじめまして、ルシファー。私はエミリよ」



皮肉交じりに名前を教えてあげれば、今さらながらに聞いていなかったことに気が付いたらしいルシファーは微妙な顔をしていた。

人に選んでほしいなら、名前ぐらい召喚した瞬間に聞いてほしいところよね。ホント、私からしたらそういうところが減点。こいつはないわぁって思う。


それにしても、妹が狂喜乱舞しそうな光景だ。ゲームパッケージを飾れるほど綺麗なのに、いかにも魔王な見た目のルシファーが、元から色素が薄い儚げな雰囲気を持つ体調不良のペトラの介抱をして、庇う光景。

これぞ、乙女の夢とでも言いたげな状態だ。ついでにいえば、それがペトラの立場を奪う魔王ヒーローわたしの前で繰り広げられているという点で、さらに妹的には加点ポイントだろう。


ここは乙女ゲームの世界で間違いないようだ。


勝手に納得して、態勢を崩すペトラの手を取って寄り添う。



「ペトラ、あなたを自由にしてあげるわ」



身体に力が入らないのかぐったりとルシファーにもたれかかる蒼白な顔をしたペトラがふっと柔らかく笑った。思わず息を飲むほど、レアで美しい笑顔だった。ルシファーやシトラ姉弟たちでイケメンを見慣れてきていた私でも胸が高鳴った。


これは確かに、ベルトランが惚れるわ。



「私が自由にしたいように見えるんですね」

「お城のことを人に任せて、やるべきことがあるんでしょう?」

「ええ」

「その事由のために、城の主をやめたいのね。もしものときに国を道連れにする立場は望まないということかしら」



返答はないものの穏やかに微笑むペトラはその通りらしい。


レイド王国へ間諜として忍び込むペトラは早いところ「城の主」を譲りたかったに違いない。早くしないと、勇者がいつ魔王を倒せるほどの力を持つかなんてわからないものね。

魔王の血を引くペトラなら自分を害せる魔力を持った人間を探せばよいから、自分で忍び込みに行きたいと。もしものときには、ペトラが帰ってこないことで、危険を知らせる。ペトラは本当に国が好きなのねとコメントをしておく。


まだ赤子ですらないだろうインディルのルートと隠しキャラであるベルトラン・ルシファールートの知識を合わせると、ペトラの行動はこんなことだろう。


ペトラはルシファーよりもずっと王らしい判断を下す。これが教育の差かしらね。自分の命も度外視して、国へ利益をもたらす判断をする。ルシファーを王にしたのも、今、平定に奔走しているのも、あのマッドサイエンティストのソフィアを自由にさせているのも、それが国の利益になると判断しているから。



「ペトラの幸せはどこにあるのかしらね」



儀式をはじめるために、私の膝の上にペトラの頭がのせられた。私にもたれかかられると私がペトラの重さを支えきれないから、二人が両手をつなぐのに適した格好を探した結果だ。


登録者をペトラから私に変えるにあたってルシファーが長々とした神様らしい名前と感謝と祈りをささげる祝詞をあげている。魔王様が神様に感謝して祝詞を上げるなんて、なんて不自然!この異世界、妙なところにこだわっているのよね。

乙女ゲームだし、「魔王様が神様に祈りをささげているなんて不自然よ」なんて文句を言うプレイヤーはいなかったのだろう。


2周目以降だと、ルシファーも聖女に構ってもらいたくて仕方ない痛々しい攻略対象イケメンになるのだから、ある程度は信仰心があった方がよいとかそういう系かしらね。



「私は国のために働けて幸せですよ」

「そう」



滅私して国のためになるよう育てられた哀れなペトラ。自分の楽しみも見つけられないなんて。

まあ、本人が幸せ感じているなら、幸せは人によりけり。ペトラが幸せならなにもいうまい。それにペトラの行動はこれからの私の楽しみに充分沿ってくれている。


ルシファーの声に呼応して礎と呼ばれていた球が輝くと、台座の文字が「ペトロネア・フェーゲ・ヴルコラク」から「エミリ・シニストラリ」に書き換わった。隣には「ルシファー・フェーゲ・シニストラリ」と書かれいる。



「細かい説明はいらないわ。要点と、私にどうしてほしいのか。その代わりに私に何をしてくれるかを説明してくれたら十分よ」



長々とした説明をはじめようとしたルシファーが何か言い出す前に、先制した。

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