第15話 優雅なお散歩

ようやく来たわね。ユリテリアン・ヴルコラク。


長期休暇で戻ってくるとは先週のうちにルシファーから聞いていたから、今日の紅茶はアルブも力を入れている。

アルブが大好きなペトラの弟だものね。ただシトラ姉弟に彼との会話を見られたくないのと、アルブが私に付きっ切りになってしまっては彼と話が楽しめないから、執務室に招待した。


ユリテリアンはペトラの兄弟と聞いたから、フルネームはきっとユリテリアン・フェーゲ・ヴルコラク。聖女様にあんなにかいがいしくお世話をしていたのが、元宰相の弟君だったなんて。

これからペトラに連れられて、レイド王国にでも行くのかしらね。そこで、運命の初恋を感じちゃうと。



「私をご指名と伺いました」



とりあえず、今は私への好意は微塵も感じられない。


顔を上げるよう促すと、バイオレットの瞳がまっすぐ私を見てきた。アルブがいうには、兄弟といってもペトラとは仲が良くないらしい。ペトラは溺愛しているけど、ユリテリアンが苦手意識を持っていると聞いた。



「ええ、あなたを知っていたの。とっても会ってみたかったわ」



妹の話によれば、ユリテリアンは紅茶をいれるのも上手で気が利くし、攻略キャラに傷付けられたときには慰めてくれる。それでもただ優しいだけではなくて、どこか憂いがある雰囲気がたまらないらしい。もちろん、ユリテリアンは乙女ゲームのモブだから見目も麗しい。

ルシファーに振り回され、ベルトランのヤンデレに疲れたプレイヤーに癒しをもたらし続けたユリテリアンは結構人気で、ファンディスクでは攻略キャラデビューを果たしている。なんと、ファンディスクではユリテリアンと城下町散策に行けるらしい。


確かに、ペトラと同じ銀色の髪の毛は手入れをきちんとされていてサラサラと手触りよさそうだし、珍しいバイオレットの瞳はどこか神秘的でもある。

本編攻略キャラであるルシファーには劣るものの、顔立ちも綺麗だ。ちょっと派手目な顔には食傷気味だったから、彼ぐらいがちょうどよい。



「ソフィアが言うように、知っていらっしゃるんですね」

「どうかしら。あなたも幼いころに聞いた童話を思い出せる?」

「はい」

「まあ、すてき。そのうちの一つを聞かせて頂戴」



バカにされていると感じたのか少し眉間にしわを寄せたが、私が女王陛下ということもあってか、ユリテリアンは淡々とシンデレラを語ってくれた。こんなに情緒も感動もないシンデレラは初めて聞いたが、これなら彼は納得してくれるだろう。



「ありがとう、面白かったわ。例えばよ、あなたはこの物語の魔法使いよ!といわれて、どうする?」

「……シンデレラに魔法をかけます」

「そうでしょうね。その魔法使いの生まれは?」

「わかりません」

「そういうものなのよ」



納得したという割に、妙に冷えた目でこっちを見てきているのは気のせいじゃないだろう。彼が言いたいのは、きっとこの国の大半の人が言いたいことだ。「じゃあ、なんでお前が女王になっている」そんなとこだろう。

私も城に登録されるまでそう思っていた。とりあえず、誰かにうっかり殺されなければ好きにしていいということらしい。


お行儀悪く机に頬杖をついて、ユリテリアンを見上げればとても不服そうだ。

仲が悪いと聞いていたけど、それは傍から見た評価で、実はユリテリアンはペトラを尊敬しているとかかしらね。



「ペトラが正妃でないのが不満?」

「いいえ、ペトロネアさまはその方がよかったのでしょう。宰相の位をアスダモイさまに譲られてからとても活動的になられたと聞いています」



そう、実はペトラは城の登録変更をしたあと、シジル・アスダモイという悪魔系の魔族男性に宰相位を渡した。また彼がペトラさまラブの所謂、ペトラ信者の曲者で、見ていて楽しい。

ルシファーにとってはペトラの退任は手痛かったらしく、城の登録のあとから度々来るようになった夜の訪れのときにアスダモイの愚痴を言っている。



「そういう話になっているの。シンデレラが幸せになるにはいじわるなお姉さまたちがいないと話がなりたたないでしょう?」

「その通りです」

「理解が早くてうれしいわ。私はあなたに魔法を習いたいの」

「失礼ですが、女王陛下クイーンには魔力がないと伺いました」

「いろいろあって、ルシファーの力をちょっとだけ譲り受けたの」

「……陛下の魔力をですか?」



露骨に嫌な顔をしたユリテリアンは急に同情的な視線を送ってきた。この子は腹芸がうまくなさそうね。それに恋人ができたこともないと見た。


ルシファーは父親である魔王の力の方が強く出ているらしいが、母親はサキュバス。


本当は私が城の主に登録したせいで、魔力をちょっとだけ扱えるようになったということらしいが、それは口外禁止の魔術がかかっている範囲に入るらしく表沙汰にできない。

それで、私がルシファーの力を譲り受けたといえば、ルシファーが夜に訪れた結果、魔力が移ったのではないかとそういう勘違いが生まれる。

実際にルシファーは私の部屋に来ている上、そういうのは城の人なら誰でも知っていることだ。王様の閨事なんて隠せるわけがない。


ユリテリアンからすれば、自分より年下と聞いていて、見た目もこの世界の人からしたら童顔の私をルシファーがどうこうしているというのは嫌悪対象になるらしい。

ちょっとルシファーの株が下がったけど、これでユリテリアンから同情の優しさはもらえそうね。



「この世界で生きていくには、知っておくべきことだと思ったのよ」

「そうですね。承知いたしました」

「ユリテリアン、あなたは私の先生だから、この部屋の中では敬語は取りなさい。公式行事のときだけでよいわ」

女王陛下クイーンの御心のままに」



恭しく最敬礼をしてくれたユリテリアンを見下ろしてにんまりと笑う。彼から色々聞いて、新しい宰相とルシファーに童話を伝えないといけないわね。


そうだ!その前にユリテリアンを信じているといって、彼に物語を伝えても良いわ。あなたが一番、特別よというのは誰でも弱い。

特に、こんな風に家族愛をこじらせて、優等生ぶる要領の良い人ほど、よく効く。


ルシファーは、ペトラや私とはちょっと違う。目的のためにその他をすべて振り捨てるような性格をしていない。


夜の訪れもすることしたらさっさと帰ればよいのに、朝まで添い寝してきたり、なにもせずに私を抱きしめて寝るだけのときもある。

見ていればわかる、ルシファーは私たちとは違う。すでに、私にいくらか情をくれている。ルシファーをこれ以上私からつなぎとめる必要はない。



「その初級の本は読んでみたのよ。でも、実技は一人では危ないでしょう?」

「……この本の選定は?」

「知らないわ、はじめから置かれていたもの」

「攻撃魔法ではなく、生活魔法から覚えましょう。明日、生活魔法の本を持ってきますね」



噂のかいがいしさの片鱗をのぞかせながら、ユリテリアンの魔法教室は穏やかにはじまった。

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