第10話 騒動の裏方

陛下が召喚と、長年かわし続けてきた嫁を貰うという話を端的に述べた瞬間、防御力を最大限上げていた私でさえ熱いと感じるほどの熱が放たれた。


予想通り、会議は冒頭から荒れた。


よく会議は踊るとレイド王国では言うらしいが、こっちは燃えた。文字通りの炎上だ。荒れると思ったからこそ、会議室としての用途をなせる最寄りの離宮を使ったが、天井は吹き飛んで、壁は業火に溶けた。城の会議室を使わなくて本当に良かった。



「予算、追加申請ですね」



石でできた机が溶けて地面に流れていくのを眺めて、ため息をつく。こうなることを予測して、私の後ろに戦闘能力のない一族を控えさせていたが、実際に見ると精神力が削られる。

それにしても、今回は結構本気でお怒りだな。私の守護魔法とリヴァイアの水の壁が攻撃を防いだが、思ったより魔力を食われた。


精霊系の一族筆頭である私の秘書のフーリー、エウロラ・フーリーとナラ・シタンは先に知っていて動揺はない。会議の前に同意する旨を受け取っている。問題ない。


キレたテユドラ・ナーガが魔族の中でも有数の戦力であったことが痛い。

ナーガは竜人の一族で、本気で戦うときに竜になるが、人型でもブレスぐらいは吐ける。後ろに控えていたリンドラが穏やかにテユドラを諭している。この状況で穏やかな方が不気味だ。よくよく聞けば、陛下が錯乱している可能性を諭している。



「ヴルコラクさま、良いのですか?」

「陛下が決められたことだ。それで、陛下の身の安全が図れるのであれば、私は実行する」



懸念だった私の派閥、筆頭のエリザベート・ベリアルは私の判断に従ってくれるらしい。扇で口元は見えないが、私の判断に従うように指示をしている。ちょっと不服そうな顔をしているが、シジル・アスダモイも頷いている。これで、悪魔系の一族は問題なし。


早いうちに私の派閥と陛下の派閥を合わせておかなかったことが悔やまれる。私の派閥は私が陛下に従うから、陛下に従う。陛下の派閥は陛下に従う。同じようで微妙に違う。私の意志に反して、妙なことをしないように見ておかないといけない。



「異界人を正妃にするなど、先代陛下へのご恩を忘れてしまわれたのか!」

「テユドラさま、忠義が厚いのは結構なことですが、今上陛下はルシファー様です」



ナーガは派閥に属さない。いうなら、先代魔王とフェーゲ王国そのものに忠義をささげている。だから国境を任せるのだが、少々困ったことに、いまだに先代魔王に義理を果たす。一体、何年前に討ち取られたと思っているのか。



「ペトラさまも、どうして言いなりなのですか。あなたが支持をすると表明しなければ、ルシファーさまは陛下になりえなかった!」



テユドラの矛先が私の方に向いたことで、側に控えていたリヴァイアが私の半歩前に立つ。どうせ私の背後にいる一族筆頭たちを守るならその中に私も入れてしまおうという判断か。


どういったらナーガは異界人の話を認めて、おとなしくソフィア・ヘルビムの話を聞く気になってくれるだろうか。ここはやはり、国、民の話で言った方が良いな。



「レイド王国に勇者と聖女の予言が下りた。このままでは、また先代魔王と同じことが繰り返されてしまう。魔王が討たれ、国は荒れて、魔力は薄くなり、作物は実らなくなる」

「我とて覚えておる。あの悲劇を繰り返してなるものか」



魔王城は他の城と違い特殊だ。主が一人も残っていなければ、崩れるという特性がある。主となる者の魔力を核にして、形を保っているから勇者に城の主が討たれた時点で、城は崩れる。

城が崩れると、城の中央にある国の礎、国を守る大きな魔力の塊がはじけてしまう。これがないと、魔力の濃度が薄くなり、魔法を戦闘と生活に使っている私たちは生活が苦しくなる。作物も魔力が必要だから、作物の実りも悪くなり、飢饉になる。


先代魔王が討たれたあと、城の知識があった私と魔王の徴を受けたルシファーが協力して、今の魔王城を作り上げた。すごく苦労した上に、いろいろと誤解をされた。


普通は魔王の子ども、それも城の登録をしている正妃方の王子が徴を受けるはずなのに、なぜか徴が下りたのは側室腹の王子たちでもなかった。徴が降りたのは妾腹で、まだ学院にすら行っていないほどに幼かったルシファー様だった。



「私はペトラさまが正妃になるとばかり…」

「あら、それについてはわたくしも伺いたいですわ」

「私では勇者に対抗できないのです」



魔王血が濃ければ濃いほど勇者や聖女の力に抗えなくなる。私はルシファー様より血が濃い、勇者と聖女の力に抗える可能性は限りなく低い。

それに、なにより今の城の主が、城について知識がある数少ない二人になっている状態はとても危険だ。

もしもがあったとき、再建できなくなる。城のことは口外禁止の術式がついている。基本は魔王の子どもにしか伝えられない。


だが、国の平定に時間がかかり過ぎて、ルシファーさまにまだお子はない。緊急時のために、ルシファーさまと私の魔力で練り上げたイブリストとリヴァイアに知識だけは叩き込んだが、魔人ではない彼らに徴は来ないし、魔王は務まらない。


前回の反省から、城の知識は正統な後継者が持っていないと国が荒れることがわかっている。二の舞にさせないためには、魔王自身のお子に知識を与えないといけない。


それに、この世界の理から外れた存在を正妃にして、城に登録する。説明を聞けば、とてもよく練られた案だと納得できる。今のフェーゲ王国、ルシファーさまでなければ、良案なのだろう。ルシファーさまでも最善案ではある。



「ペトラさまが正妃になられないのに、ルシファーさまが即位する道義が立ちません」

「魔王は血筋で決められない。そして、その詳細は明かせないこともテユドラさまはご存知でしょう?それに、私が正妃では大きな問題があります」



魔王の子どもは王の子どもだから、みんな王子と称される。私も慣例に沿って、ペトロネア・フェーゲ・ヴルコラク、またはペトロネア第一王子を名乗るが、これに性別を表す文言は特にない。

私が前魔王が崩御したときに、母を弔うために妃が与えられる離宮にいたことと、ルシファーさまを立てたことで、ずっと女だと勘違いされている。


これまで、その方が国内平定に都合がよかったから、「そのうち私が正妃になる」という噂を匂わせたまま放置していた。


私、ペトロネア・フェーゲ・ヴルコラクは男だ。


魔王の正妃が務まるはずがない。城の登録は作成時のまま、正当な主がまだ表れていないから私と陛下で登録しているが、なにをどう考えても私に正妃は無理だ。私としてもぞっとする。

これまで一度もドレス姿ででてきたことがないのに、どうして男だと思われないのか、不思議でならない。夜会も男性として参加していたはずだ。


ただ、今そんな余計な火種を落としたら、爆発間違いなし。離宮が、離宮跡地になり、この地に巨大なクレーターができる。この指摘はルシファーさまのお子が、正統な後継者ができてからにしたい。



「異界人を正妃にする理由は、ソフィア・ヘルビムから説明があります。ただし、彼女に何かあると困るので、落ち着いてお話を聞いてください」



なんだか痛むこめかみに指先を当てて、ソフィアに入室を促した。


……すでに壁も扉もないから、入室はそれっぽそうな段差を跨ぐだけになっているが、言葉に出したのは区切りをつけたいという気持ちだけだ。

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