第9話 非日常の幕開け
ルシファーは自分に素直な人を好む。
3周目ベルトラン攻略のために、2周目でルシファーを攻略した妹の言葉だ。参考にしようかしらね。
口元をつりあげて、頬に手を当てる。仕草だけは落としたい男に対してするポーズだが、表情は素直に表現してみる。これで、ルシファー好みになれただろうか。まあ、なれなくても私の良いようにさせてもらうから、それはそれで楽しい。
「あのときの言葉は嘘ではないようだな」
「嘘があったのは、別のときよ」
「そのようだな。だが、俺は聞くつもりがない」
「それ以外に私に求めることはなにかしら」
あっさりと、未来を聞くつもりがないと豪語するルシファーに本心から笑いかける。ルシファーが人から言われる未来を粛々と受け入れる。または、その未来を変えるために奔走するのは似合わないと思っていた。こんなに麗しい悪役なのに、あくせくされるのは私の美学に反する。
だから、無理やり聞き出そうと尋問なり、拷問をされたら嘘を教えてあげようかと思っていた。そんなことにならなそうで何よりだ。手間は少ない方が良い。
「名実ともに
「あら、いつでもお待ちしていますわ」
「そうか。では、王城に登録してもらおう。城の主として登録できるのは2名。今は、私に妃がいないからペトラが登録しているが、それを君に変えよう」
「まあ、刺されそう」
「それを気にする質ではないだろう?」
夜のことを言っているのかと思って返したら、城の登録と来たか。なんかゲームの知識で聞いたような聞かないような設定だから重要なことだと何となくはわかる。でも、どうして私にさせたいのかが、意味不明だ。
ただ、ルシファーはそのために私を呼んだみたいだけど。召喚前から嫁にすることを決めていたと、シトラ姉弟から聞いた。
ルシファーは攻略の中では俺様枠と聞いていた割に、理性的で、合理主義者だ。
異世界の人はこの世界の理から外れた存在、前にソフィアが口走っていた言葉だ。きっとそれが今回の城の登録につながると予測は立てらる。でも、情報が足りなさすぎて判断ができない。
できないことを嘆いてもしかたない、すぐに思考を投げ捨てて、ルシファーに微笑みかけた。私に何かを差し出せというなら、きっと彼もなにか対価にくれる。
「では、私から条件をだしてよいかしら?」
「程度によるな」
「難しいことじゃないわ。そうね、お世話係?あぁ、それとも、教育係でもよいかしら。ユリテリアン・ヴルコラクが欲しいわ」
「ユリテリアン?あぁ……構わん。成績優秀な学生と聞くから教育係にしてやろう」
ユリテリアン・ヴルコラクは主人公の聖女が魔王城に来たときにお世話をしてくれる青年だ。かつての初恋の少女によく似た主人公に冷たくできず、世話を焼く。初恋の相手が人間だったり、いろいろと謎が多い人だ。
ただし、ルシファーとベルトラン以外のルートでは聖女を助けに来る勇者に殺される役回り。よく考えたら、ペトラと同じ苗字だし、家族かしらね。
「学生?」
「そうだ。七斗学院、学院自体が国家となっている各国から学生を集めた国がある」
「へえ、それに私はいけるかしら」
「あいにく、君には魔力がない。魔法がないと入学はできない」
「面白そうだったのに、残念ね」
聖女と勇者の面白い物語を近くで見るには、ちょっと工夫がいりそうだ。そのときまでに時間はまだあるから、用意しておかないと。
「魔法も面白そうと思ったのに、私には使えないのね」
「魔法のない異世界からきていれば、そうだな」
「それで?魔法が重視させるこの国で私を女王にする理由は?」
私が情報を引き出そうとしているのに気が付いたらしく、ルシファーは細い紫かかった唇をすっと釣り上げた。
「勇者に滅ぼされないためだ」
「それが城への登録?」
「そうだ」
「私が気を付けるべきことは?」
「ものわかりがいいな」
心底意外そうにするルシファーの中でいったい私はどんな女と認識されているのか少し気になる。自分の命を投げ出すような愚か者に見えているのだろうか。情報戦が勝負を決める、物理的に戦うのは私にしたら下策も下策。勝ち目がほとんどないと言っていい。
「馬鹿ね、契約条件が増えるなら支払いも増えるものよ」
「なるほど、これは手ごわい」
今の私はこの世界の人からしたら「すごい!電気がついているわ!」レベルの常識なしだ。乙女ゲーム、それも他人が攻略した情報からわかる情報だけで渡り歩けるほど甘っちょろい世界は存在しないと思っている。私がプレイしたときの知識なんてほぼ役に立たない。勇者候補の一人が甘党だなんて知っていてどうしろと?
早いところ私の教育係帰ってこないかしら。
そうだ!童話の世界だと思っているのなら、勇者と魔王の話をすこしデフォルメして教えてあげれば、これが未来なのか!とソフィアは喜ぶに違いない。
そして、ペトラからの監視も緩む。次にやりたいことが見つかったらそうしよう、ルシファーとペトラと過ごすお茶会は眼福で大変楽しい。それをみすみす手放すにはそれに代わる楽しいことがないとね。
名案が思い付いて、よい気分だ。
私が見返りもよこせと言ったからか、ルシファーは条件を考えているようで、男らしい節のある手をお上品に顎に当てている。
「勇者に殺されなければよい」
「こんなに弱いのに?難題を言うわね」
「問題ない、勇者は人間だ。みんなはどうして人間なんかをというが、俺は人間が来て一番面白い展開だと思っている」
なるほど。ルシファーの言葉で裏が取れた。
私のイメージする勇者とこの世界の勇者は相違がなさそうだ。私がか弱い人間の女であることが武器になると。目を潤ませて、助けてくださいとでもいえば、剣が鈍ること間違いなし。確かにそれは面白い。
目の前で、国から寄せられる期待と、か弱い女を刺殺さなければいけないと、葛藤する可愛らしい
私個人の趣味としては、勇者候補の一人グングニールの孫息子インディルのその姿が見たい。
「面白いことを聞けたわ」
「俺もだ。これであいつらの大義名分に泥を塗れる」
同じような笑みを浮かべ合って、見つめ合った私たちは魔道具を片付けて、お散歩を終えることにした。
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