おーい
あれはまだ私がこどもだった頃…。
その日、私は初めて仲良しのTちゃんと2人で近くのM山登山に行った。
子供の足でも3時間たらずで登頂できるこの山は山頂にキャンプ場や野外音楽堂がある町民憩いの山である。
母は祖父と何度も登山したことがある私に日暮れまでには帰るようにと言ってお弁当を作ってくれた。
Tちゃんと合流し、県道沿いの登山口から山頂を目指すと3時間ほどで山頂付近の音楽堂へ辿り着いた。
しかし、いつもお弁当を食べる音楽堂が人でいっぱいだったので山頂のキャンプ場内の東屋に移動した。
そこでお弁当を食べ、しばらくおしゃべりをしていたが話が一段落するとまわりに誰もいないことに気づいた。
まだ2時前だったが日が陰り肌寒くなってきたので私たちは下山することにした。
キャンプ場からさほど広くない音楽堂を抜けて登ってきた登山口を目指すが、歩けども歩けども登ってきた道に辿りつかない。
辿り着けないどころか、再び元の音楽堂の前に戻ってくる。
なにかおかしい…。
私たちは次第に無言になる。
ぐるぐるとなんどか繰り返しているうちに空模様まで怪しくなってきた。
住んでいる町が見えるのに帰れない…。
私たちは帰られない不安と恐怖に押し潰されそうになりながらもぐるぐると道を探して歩くしかなかった。
しかし、何度目かの道探しで祖父が出がけに帰り道が見つからない時はこれを道に撒いて振り向かずに前を向いて進めと言って紙に金平糖を包んで持たせてくれたことを思いだした。
何度も登った山なのにとその時は祖父の言うことを話半分に聞いていたが、私はTちゃんに何があっても振り向かずに歩くよう伝えた。
藁にもすがる思いでリュックから金平糖を取り出し音楽堂の入口にばらばら撒くとTちゃんと手を繋ぎ歩きだす。
風に揺れる草木の音や自分たちの歩く足音にさえ怯え、祈るような気持ちで歩き続けるとやがて登山口が見えてきた。
よかった…
無事に帰れそうだと安堵した時だった。
おーい…おーい…
えっ、誰?
すぐそばから聞こえる声にTちゃんが振り返りそうになる。
ダメっ!近くをついてきてたのにその人足音がしなかった!
私は繋いだTちゃんの手を引っ張りその声から逃げるように下山した。
山を下りるまで気が気でなかったが、山の下を走る交通量の多い県道まで出てきたら少し安心してTちゃんと繋いだ手を解いた。
Tちゃんと繋いだ手はぎゅっとしすぎて指先が白くなっていた。
人通りの多いところでTちゃんと別れ急ぎ足で家に帰ると玄関前で祖父が待っていた。
私が祖父に駆け寄り抱きつくと祖父は私の頭を撫でお帰りと言った。
そこで緊張の糸がぷつりと切れ、私は祖父に縋り付いて号泣した。
驚くことに、あれだけぐるぐる道を探して歩き回ったのに家に帰り着いたのは日没前だった。
私が祖父に今日の出来事を話すと祖父も曽祖父からそう言って金平糖を包んでもらったらしいが、今日のような出来事には遭遇したことはないといった。
私はあの時以来、必ず金平糖を紙に包んで登山に行くようになったが結局、あれが何だったのかいまだにわからない。
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