いきすだま

付き合い始めてまだ日が浅い彼が泊まりにきて隣で寝ていると決まった時間にうなされ始める。

彼の地声は低く耳に心地よいのだが、うなされる時は喉が潰れたような少ししわがれた声を出す。

その声がだんだんと大きくなり首を大きく左右に振り始めると私は怖くなって彼を起こす。

すると彼は目だけうっすらと開け、額に大粒の汗を光らせながら何でもないと言い再び眠りにつくのだ。

それが3週ばかり続いた土曜の夜、彼がまたうなされ始めたので私は彼を起こそうと腕を伸ばした。


「起こすな」

部屋にはふたりしかいないのにはっきりとその声は聞こえた。

怒気を孕んだ女性の声に私がその場で固まっていると彼はいつものようにうなされ始めた。

首を左右に振り両腕を垂直に上げくうを掴みながら帰る、帰るからと詫びるような声で彼は譫言うわごとを繰り返す。


15分ほどそうしていただろうか、やがて彼はばね仕掛けの人形のように飛び起きた。

肩で荒い息をし、着ているパジャマも汗でじっくりと濡れている。

彼は黙ったまましばらく常夜灯の灯る部屋の隅をぼんやりと眺めていたが急に帰ると言い、真夜中にもかかわらず部屋を出て行った。


おそらく、彼はもう来ない。

彼に馬乗りになって首を絞めていたあの息魑魅いきすだまはたぶん奥さんだろう。

私のことなんてまるで眼中になくて…冷え切ってるとか言ってたけど愛されてるじゃない。

残念だけど、私に勝ち目なんてないわ。


私は彼の脱ぎ捨てたパジャマをゴミ袋へ突っ込むと広くなったベッドに潜り込んだ。


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