第22話 運命の歯車
「隣、席いいか?」
「ロイさん」
ユリウスが死んだ翌日。
お昼の食堂で、俺はトレイに載せたパンを持ってミカドの隣へと腰掛けた。
彼女の対面には、クラスメイトであろう少女が座っている。
ミカドは空いている椅子を引いて俺に着席を促しつつ、少女と俺を交互に目を向ける。
「えーっと、こっちは『転倒』のロイさん。んでんで、こっちはうちのクラスの『転移門』のリントさん」
「……よろしくお願いします」
金髪の長い髪をくるくると丸めた、お嬢様然とした少女が笑みを浮かべた。
俺も軽く挨拶する。
「よろしく。……『転移門』?」
「ええ。一瞬ですが、遠くの場所と繋ぐ門を開くことができるんです。……一応言っておくと、魔獣のゲートは作れませんよ。度々疑われるんですが……」
「それは気の毒に。サポートとして優秀な能力でしょうに。おそらくは、Aランク相当のものかと」
「はい。お詳しいんですね」
二人で話をしていると、ミカドが不服そうな顔でこちらを見ていた。
「……ロイさんが敬語使ってる」
「
「……うちは女ではないと」
「振る舞いが子供っぽいうちは女に入らん」
「ぐぬぅー、言い返せない」
俺たちの会話する様子に、リントさんはクスクスと笑った。
どうやらおしとやかそうにも見えるが、明るい子らしい。
「ミカド、昨日からそっちはどうだ?」
「もー、てんやわんやだよー」
ミカドが眉をひそめて声を上げた。
「巨大な魔獣が現れたとかいう話が広まったと思ったら、ユリウスがいなくなって、それに今朝は悪戯騒ぎでしょ? 先生もうちらもピリピリしてるー」
ミカドが口を尖らせた。
リントさんが頬に手を当て、心配そうな顔をする。
「学長の銅像が石で割られてたんでしたっけ……悪趣味ですね」
「そうそう。悪戯にしたって、すぐバレるのになんであんなことを。今も先生たちが魔術で犯人探しをしてるらしいよ」
この学校内には監視魔術が張り巡らされている。
おそらく夜までに犯人は突き止めることだろう。
「今や全校生徒の話題か」
「そりゃそうだよ。学長の像は室内模擬戦場にあるし」
室内模擬戦場は広い為、全校朝会にも使われる場所だ。
今日も本来はユリウスが実家に帰ったという情報を学長が伝えるはずが、中止になっている。
「……そういえば、ユリウスがいなくなったってのはいつなんだ? 誰かその話を知らないか?」
「んー? 昨日魔獣騒ぎがあったときはもういなかったみたいだけど……。一昨日ほら、ロイさんとノンちゃんと一緒に街に遊びに行ったでしょ? うち疲れちゃってて、一昨日の晩から昨日の朝までぐっすり寝ちゃってたんだよねー」
恥ずかしそうに手を振るミカドに、リントさんが小さく手を上げた。
「ええっと、一昨日の夜にはわたし見ましたよ。あの人が一人で出かけるところを。声をかけるか迷ったんですけど……」
「それはいつぐらいだった?」
「就寝時間直後ぐらいですね……。直前にやたらと森に魔獣がいるという噂を気にしてたみたいで……心配です」
リントさんはどこか棒読みのように、そう言った。
……この人もユリウスにはあまり良い感情を抱いていなかったんだろうな。
「……そうか、ありがとう。邪魔したな」
「……へ? もう? 食べてないじゃん」
俺はミカドの声に構わず、パンを持って席を立つ。
「いいんだ。またな」
俺は目を丸くしてこちらを見る二人にそう言い残して、その場を後にした。
――急がなくてはいけない。
俺はため息をつきつつ、食堂を出た。
……次は囚われのお姫様のもとへ……いや、檻の中の小動物と言った方がいいか。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は足を進めた。
* * * *
「明日までに俺が帰ってこなかったら、全部忘れてここから逃げろ」
「……と言いますと?」
図書資料室の奥の書庫。
俺の渡したパンをかじりつつそう聞き返したノンに、俺は頷く。
「今夜、決着を付ける」
模擬戦場の学長の像を破壊した犯人――それは俺だ。
昨夜森にあったストーンサークルの石の一つを持ってきて、学長の銅像に叩き付けて破壊しておいた。
目論見通り、全校に知れ渡る出来事となっている。
――しかしあのストーンサークルに関わりのある者なら、その意味に気付くはずだ。
つまりは、宣戦布告。
「犯人は学校の中にいる。そしておそらく、お前の命を狙っている」
後ろから斬りかかったのだから、犯人はノンを殺す気だったのだろう。
そして残されたリボンを使って、魔獣化したユリウスをけしかけた。
「一昨日の晩、就寝時間直後にユリウスが部屋を抜け出したのを、上級クラスの奴が目撃している。どうやら最近街で噂になっていた魔獣を退治して名を上げてやろうと、一人で森へ向かったらしい」
リントさんから得た情報を話す。
「……おそらく時間的に、お前とすれ違いになるぐらいのタイミングだろう。だがお前を襲ったのはユリウスではない」
ユリウスの身体には、剣で斬られた傷があった。
おそらくそれはノンと同じく、剣を持った犯人によるもの。
「犯人は、ユリウスを使ってお前を殺そうとしたんだ」
リボンが魔獣の口に押し込まれていたのは、臭いを覚えさせる為かもしれない。
魔獣になったときの憎しみが何倍にも増幅されたような狂気は俺も体験している。
目に入るもの全てが憎い、そんな世界だ。
「だからお前が今まで通りの学校生活を過ごす為には、お前に殺意を持っている犯人を捕らえる必要がある」
……もしかすると、一周目でもノンは今回と似たような道を辿ったのかもしれなかった。
俺と知り合わないまま、ウニを拾い。
ウニと
そして礼拝堂の抜け道を使えず追い詰められ――ユリウスの代わりに魔獣化させられ、退治された。
だとしたら、この二周目ではそれと同じ道は歩ませたくない。
「――お前の未来は、俺が守る」
俺の言葉に彼女は少しだけ慌てたように視線を泳がせると、その顔をうつむかせた。
「あ、は、はい。よろしく、お願いします……。あの、えっと、なんと言っていいのか……ありがとう、ございます」
……素直でよろしい。
俺は彼女に背を向けて、書庫を後にしようとする。
そんな俺に、彼女は後ろから声をかけた。
「あ、あの……ロイくんは犯人、誰かわかってるんですか?」
俺は振り返って彼女の問いかけに答える。
「だいたいの推測はな。ただ確証はないし、他に仲間がいることも考えられる」
もし相手が大きな組織力を持っていたりした場合、ただの学生である俺たちには手も足も出ない可能性はある。
――もしもそうなったら。
「……まあそのときは、一緒に全部放り投げて逃げだすか」
――たとえ世界を敵に回したとしても、俺は仲間を見捨てない。
俺の気の抜けた言葉を聞いて、ノンは笑った。
「いいですね。ロイくんとなら、どこへ行っても楽しそうです」
「……お前とはどこへ行っても大変そうだな」
「おお? やんのかこらー」
軽口をたたき合い、俺たちは笑う。
そして、別れの挨拶を交わした。
「……必ず迎えに来てくださいね」
「――善処する」
俺はその場を後にして、森へと向かう。
――血の礼拝堂へと。
* * * *
夜が更けて、フクロウの鳴き声が響く。
そんな森の中、俺はストーンサークルの中央に立っていた。
無防備ではあるが、弓矢で狙撃されたところで対処する自信はある。
あとは犯人がやってくるのを待つだけだ。
腰元には学校の備品から拝借してきた片手剣。
俺は己の刃の軸がぶれないよう、心の中で憎しみを研ぎ澄ます。
――朝までぐっすり寝ちゃってたんだよねー。
ミカドが言っていた言葉だ。
前の日に俺とノンと遊びに行き、その疲れで彼女はいつもしていた早朝の訓練をサボった。
それは俺とノンがいなければ、いつも通り朝から中庭で訓練をしていたということだろう。
一周目。
俺とノンが知り合わなかった世界線。
そこでノンは犯人に魔獣化させられた。
……そしてもし、同じく中庭から学園へと侵入したのだとしたら。
――魔獣化したノンを殺したのは、いったい誰だったのだろうか。
一周目の魔獣は、その正体に気付いてもらえたのだろうか。
一周目の三年間の間、俺がミカドの笑顔を見ていないことに、何か因果関係はあるのだろうか。
俺にそれを確かめる術はない。
だが――。
「よう――」
俺はやってきた相手に対して、声をかける。
「思ったより早いな。もっと待たされるかと思った」
――こいつは、ここで殺しておかなきゃいけない。
ノンの未来の為に。
学校の生徒たちの為に。
人類の為に。
一周目で殺されたノンの為に。
そのときにノンを殺すことになったかもしれないミカドの為に。
……そして何よりも、復讐の機会を穢された俺の為に!
「何か言っておくことはあるか?」
殺意を込めた俺の言葉に、そいつは応えた。
「……そうだな。しいて言うなら」
彼は笑う。
その黒眼鏡を闇夜に溶け込ませながら。
「教師に対する口の利き方じゃあないぜ、ロイ」
――実技教師バームの姿がそこにはあった。
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