第23話 アンジケーター

「俺だと気付いてたのか?」


 バームの言葉に俺は頷く。


「ああ」

「どうしてだ? 参考に聞かせてくれ」

「……あんたが見間違えたからさ」

「――ほう」


 彼は笑う。

 俺はポケットから勇者褒賞を取り出した。


「これ、あんたが落としたもんだろ」


 ……まず犯人の可能性があるのは、褒賞を持っている生徒か教師に限られる

 学年の違う模範生徒、もしくは新入生の中では狩猟レースの上位四チーム。

 そして学長が言っていたように、褒賞を渡す権限のある教師全員だ。


「学校内でユリウスを剣で制するほど腕が立つ者。自然と一部の生徒か、教師が疑わしい。……だが」


 そこで一つ引っかかるのが、ユリウスが事件に巻き込まれたことだ。


「なぜユリウスは斬られる必要があった?」


 ノンはストーンサークルの秘密を解明しようと、ここにしゃがみ込んで文字を書き写していた。

 口封じの為にノンを殺そうとしたならわかる。

 だがおそらく、ユリウスはただ単に魔獣の姿を探してここを通りかかっただけだ。


 一周目と二周目で、襲われた人間が違った理由。

 それは――。


「……ユリウスは長髪だ。リボンを取ったノンも、同じく長髪。まあ闇夜の中で更に一瞬の出来事とはいえ、体格差があるので普通の人間なら間違うわけがない。――普通なら」


 ――俺は元々軍人をしていてな。魔獣との戦いで目をやっちまった。


 それは最初の実習のとき、バーム自身が言ったことだ。

 彼の目は見えないわけではないが、恐ろしく視力が低い。


「あんたは暗闇の中、小屋に追い詰めたはずのノンがどこかから逃げ出して焦った。リボンが残っていたとはいえ、それが何なのかあんたにはすぐにはわからなかっただろうしな」


 暖炉裏の抜け道をすぐに探し出すのは難しいだろうし、残された布も判別できない。

 ――その目はほとんど見えないのだから。


「だからそこで出くわしたユリウスを見て、あんたはノンだと勘違いして出会い頭に切りつけた……違うか?」


 なんのことはない、ただの見間違い。

 それが一周目と二周目の犠牲者を分けた違い。

 それによりノンは生き、ユリウスは死んだ。

 俺の言葉を肯定するように、バームはその手を叩く。


「……オーケイオーケイ。憶測と想像でそこまで辿り着けたわけだ。百点をやろう。いや、あのときは焦った。何せ致命傷を負わせた後で、男の声が聞こえたんだから」


 バームは心底おかしそうにそう言って、笑った。

 俺はため息をつきつつ、言葉を続ける。


「そうしてお前は何らかの方法でユリウスを魔獣化させ、ノンを追わせた。魔獣の鼻の良さと執着心を利用する為に」


 しかし彼はその言葉に眉をひそめると、首を横に振った。


「……いいや、それは違う。順番が逆だな」


 彼は両手を広げ、演説するように喋り出す。


「貴重な実験体をただ殺すのは、もったいないだろ? せっかく生きたスキル持ちの人間なんだ、魔獣化の実験に付き合ってもらったんだよ。匂いを追わせたのは、そのついでだ。あのリボンが何色なのか、俺には見えなかったしな」


 まるで「そこに果物が実っていたから食べた」となんでもない事を説明するかのように、彼はそう言い放った。

 俺は腰の剣を抜いて、バームへと向ける。


「……殺す前に一つ聞いておく。お前は反逆者アンジケーターか? 他に協力者はいるのか?」


 俺の問いかけに、彼は頷いた。


「……前者はイエス。そして後者の質問は、イエスでもありノーでもある」


 意外にも、彼は素直に答える。

 ……それは俺を生かして帰す気がないということだろう。

 彼は続けて口を開く。


反逆者アンジケーターは特定の組織じゃあない。様々な理由から人類に反旗を翻した反逆者の総称だ。……俺の場合、魔獣化やゲートを開く為の知識を同胞からもらうことはあっても、奴らと群れることはない」

「……なるほど、十分な答えだ」


 相手は一人。

 それなら、ここでこいつを殺せばそれで済むこと。

 バームも背負った長剣を抜き、こちらへと身構えた。


「こちらからも聞こう。お前の他に、仲間はいるか?」

「――いない」


 俺は迷いつつも、正直に言う。

 嘘を言ってもしょうがないし、俺が負けた場合の保険はかけておくべきだろう。


「だがノンを追う必要はない。俺が死んだら、何もせず逃げるように言ってある。……もちろんそれでも留まるような馬鹿なら、お前の好きにすればいい。だが逃げ出した相手を追うことにまで、わざわざ労力を裂かなくてもいいだろう」


 バームはしばし考える素振りを見せた後、笑った。


「いいねぇ。仲間を思う気持ち、最高だ」

「……生徒を魔獣にしたお前に言われても、反吐が出るだけだな」

「おいおい。本気で言ってるんだぞ、俺は」


 彼は目を細める。


「仲間を、家族を、友人を――愛する者を思う気持ち! それが人間ってやつだろう? わかるよ、わかるさ」


 彼はまるで苦しむような表情を浮かべた。


「だがこの国はそうはできちゃいねぇ。お前はまだ若いからわからんかもしれんが――幾度も幾度も、民衆は王族や貴族たちに裏切り続けられてきた。俺の家族も、みんな奴らを逃がす為の囮にされて死んでいった」


 その黒眼鏡の奥に潜んだ妄執に、俺の中の何かが通じ合った気がした。

 彼の瞳に宿るのは――。


「だから俺は完璧な形で魔獣化を成し遂げる。そして魔獣の軍団を作り、この国をひっくり返すんだ。……その為にはゲートを開けて、もう少しだけ実験する必要がある。――この国を、破壊し尽くす為に」


 ――復讐。

 俺と同じ目的、ただその為だけに彼は生きている。

 一周目では国の体制はほとんど崩壊しており、彼の望み通りの結果になったと言っても過言ではないだろう。

 代わりに人類のほとんどは死滅してしまったが。


 彼に綺麗事を言うつもりはない。

 ……なぜなら俺もまた、復讐を邪魔された八つ当たりとしてここに立っているだけなのだから。


「お互い、面倒なものを引きずっているな」


 俺はバームに向かって言い放つ。

 正義なんてものは、どちらもとうの昔に捨ててしまっていた。

 ここにあるのは、ただの我が儘エゴを持った男同士の戦いだ。


「――簡単な解決方法だ。殺し合おう」

「……いいね。わかりやすい」


 ――強い方が生き残り、意思を通す。

 ただ、それだけ。


 二人の剣先がお互いに向かい合い、そして沈黙が流れる。


 静寂。


 雲間から月明かりが差し込む。

 それに合わせて、バームが跳んだ。


 振り上げた上段からの一閃。

 俺はそれを剣で受けると同時に、前に踏み込む。

 刀身同士を競り合わせながら、長剣の間合いの内側へと潜り込む。

 剣の鍔がぶつかる際に腕に力を入れ、バームの剣を跳ね上げる。


「ぐっ――!」


 バームがうめき声を上げる。

 彼の腹部からガラ空きになるのと同時に、回し蹴りを入れる。

 勢いを殺そうとバームは後ろに跳ぶも、少し遅い。

 彼は受け身を取るようにして地面に転がった。


「……お行儀の良い軍隊剣術だな」


 膝立ちで体勢を整えるバームに、俺はそう言い放った。

 相手は苦笑しつつ立ち上がる。


「――貴族や騎士様の剣術ならまだしも、実戦用の剣を”行儀が良い”なんて言うやつに会ったのは初めてだぜ。若いのに大したもんだ」


 彼はこちらとの間合いを測りつつ、剣を構え直す。

 ――警戒しているな。それとも時間稼ぎか……?

 俺の視線を受けながら、バームは続けて口を開く。


「……ロイ、お前の師は?」

「我流。――しいて言うなら、あんただ」


 三年の修行と百年の実戦。

 俺の剣の源流となったのは実技教師バームに教えられた軍隊剣術だ。

 ――今では既に、師を越えてしまったが。

 俺の言葉にバカにされたと思ったのか、バームは鼻で笑った。


「そいつはありがたい――な!」


 バームが横薙ぎの剣を振るう。

 ――見える。


 ……それは一周目で聞いた話だったと思う。

 一流の剣士は相手の剣が止まって見えると。

 残念だが、俺が百年の間戦っていたのは魔獣なので剣の動きなんてこれっぽっちも見えやしない。

 ――だが。


 俺は剣を振り下ろし、彼の振るう刀身に打ち付けた。

 軽く打った一撃は、バームの長剣のバランスを崩してその剣筋の行方を大きく変える。

 俺は地面に向かうその刀身に片足を乗せ、体重をかける。

 剣を放し損ねたバームは体勢を崩し、前のめりの姿勢となった。


「くそっ――!」


 バームは声を漏らしながら、こちらを見上げる。

 それと俺が相手の胸に剣先を突きつけるのは、同時だった。


 ――百年の間に、これほどまでに差が付いたか。


 俺に剣の動きは見えない。

 だが筋肉の動きが、血流の動きが、意識の向きが、俺に彼の肉体の付属物でしかない剣の太刀筋を教えてくれる。

 魔獣の爪の動きよりも、何倍もゆるやかな剣捌き。


 バームは剣では俺に勝てない。

 そしてそれは、彼が一番わかっていることだろう。

 相手の命を握った状態で、俺は彼に尋ねる。


「――最期に言い残すことはあるか」

「……お前は、こっち側に来ちゃいけない」


 俺の問いかけに、彼はそう答えた。

 ――今更。


「もう遅いさ」


 そう答えて、腕に力を入れる。

 剣は一突きでバームの心臓を貫いた。

 即死の一撃。


 ――しかし。


「が、ぐ……!」


 バームは自身の心臓に突き刺さった剣の刀身を掴む。

 ――仕留め損ねた? いや、剣先は心臓を貫いたはず……。

 バームはこちらを見つめ、その顔に笑みを浮かべた。


「――人間の魔獣化には、大量の魔素が必要になる……」


 こいつまさか……自分の体を既に魔獣に――!?

 バームが『なりかけ』だとしたら、心臓を貫かれても死なないその生命力にも納得できる。

 彼は血を流しながら、言葉を続けた。


「――だがそんな大量の魔獣を呼び出す為のゲートを作るには膨大な魔力が必要だ。何もしなくても勝手に開きやがるくせに、こっちから開けるには生け贄でも捧げねぇとドアを開けてくれねぇんだ」


 バームはポケットに手を入れて、鈍い色の水晶を取り出す。

 それは虚空水晶リーラ・クリスタルに似ていたが、幾ばくか色味が薄く濁った色をしていた。


「……だから小さなゲートを開く。こっちとあっちの世界で、魔素や良くないものが淀み溜まりやすい場所を繋げる……」


 ――しまった、この場所は……!

 足下を確認する。

 周囲には無数の石。

 ストーンサークルの中心に、二人はいた。


「――開け煉獄れんごくの門、来たれ暗澹あんたんたる闇の深淵しんえん


 詠唱。

 俺は一瞬迷ったが、巻き込まれる可能性を考えて剣を手放し後ろへ跳ねた。


亜空を覗く者ヴォイド・ノッカー


 バームの呪文と共に、彼の手に魔力が宿った。

 同時に、その体に黒い霧のような瘴気――魔素が纏われる。


「俺の体の内側に直接ゲートを開いた……! こうして魔界の魔素を直接取り込む――!」


 彼の吐く息から魔素が漏れ出る。

 かつて知ったる魔界ティーファマーゲンの臭い。

 彼の体毛が銀色に変化し、硬化しながら伸びていく。


「これが俺の研究成果だ……!」


 バームの肉体が脈動するように膨れ上がり、肉が盛り上がるようにしてその胸から刺さった剣が押し出された。

 俺の剣が地面に転がる。


「カ、ハハ、ハハハ――! ヒ、ヒヒヒ……! ハハハハハ……!」


 その傷が塞がる。

 目の前には、銀色で鋭い体毛に覆われた魔獣の姿。

 口は裂けて牙が伸び、肉体が膨れ上がったその容貌。

 それはまるで毛の生えた爬虫亜人リザードマンのようであった。


「――授業の時間だ。圧倒的な魔獣の力を、教えてやる……!」


 魔獣と成り果てたバームは、異形となった口を歪めてそう言った。

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