第21話 裏切りの証

反逆者アンジケーター、ねぇ」


 俺は彼女の言葉を聞いて眉をひそめる。

 それは反政府組織だ、いやいや宗教団体だ、いや違うたった一人の狂人だ、などなどさまざまな憶測を囁かれる秘密組織のことだ。

 噂話の域を出ない存在で、公的に存在が確認されたことはない。

 俺が疑いの眼差しを彼女に向けると、ノンは目を逸らしなが口ごもる。


「……いえ、その、確証はないんですけど。……でも!」


 ノンは顔を近付けて、こちらをまっすぐに見つめる。


「相手の存在が何にせよ、やっていることはアンジケーターそのものです」


 彼女は自信満々にそう言った。

 俺は頷いて、話の先を促す。


「……わかった。べつにお前自身を疑っているわけじゃない、何があったか教えてくれ」


 彼女は俺の言葉に頷いて、昨日の出来事を語り始めた。


「最初に、わたしはあることに気付いたんです。それは昨日の授業の最中でした」


 昨日の授業……魔術の授業のことか?


「授業中、わたしが調べものをしていたのを覚えていますか?」

「えーと……ああそうそう、本を読んでいたな。たしか……」

「――幻獣辞典。この世の中に存在するかどうか不確かな噂話の域の生物をまとめた辞典です」


 なかなかにふわっとした内容の本だ。

 伝承や伝説、中には空想上の生き物も混じっているのかもしれない。


「ウニの正体を調べていたんですが――こちら、見てください」


 彼女が辞典を広げて、とある一ページを指す。

 そこに丸い身体に耳と尻尾が生えた、毛玉の姿が描かれていた。


「これ、細部のディティールは違いますがウニに似てません?」

「……たしかに。要素を抜き出せば毛玉そっくりだ。名前は――バンダースナッチ」


 そこに書かれた説明文を彼女が読み上げる。


「――危険を感じるとすぐに穴を掘って隠れる臆病な生物。何でも食べるし繁殖力が強いが、その性質ゆえティーファマーゲンでは短命で、個体数が少ない」

「……あの毛玉、魔界ティーファマーゲンの生き物だったのか」


 俺は記憶を手繰り寄せる。

 百年の地獄の間、無数の種類の魔獣たちと戦ってきた。

 危険度の高い魔獣以外は、覚えている余裕はなかったが――たしかに、言われてみればどこかで見た記憶はある。


 俺の言葉に、ノンは頷いた。


「ウニがどんな生物なのか詳しくはわかりませんし、この本の信憑性もわかりませんけど……仮にティーファマーゲンの生き物だとすると、疑問が出てきます」


 ノンは人差し指を立てる。


「なぜウニはあの場所にいたんでしょうか?」


 彼女の言葉に俺は首を傾げる。

 ウニがいたのは――。


「――森の礼拝堂に?」

「はい。……そしてもう一つ思い出してみて欲しいんです」


 彼女はもったいぶるように一息挟んで、笑みを浮かべた。


「――なぜロイくんは、あそこを礼拝堂だと思いました? ただの森の中にある小屋なのに、わたしたちはなぜあそこを礼拝堂と呼んでいるんでしょう」


 ……言われてみればたしかにそうだ。

 あの中の家具には、宗教施設としての要素はなかった。

 たしかあれは――。


「……あれは、お前が最初に言ったんだろう」


 ……本当は一周目でもあの家は『血の礼拝堂』と呼ばれていたのだが、ややこしくなるので伏せておく。

 俺の言葉にノンは頷いた。


「はい、わたしが最初にあそこを『礼拝堂』と言いました。正確には、わたしてではなくて噂の中で狩人さんが呼んでいた呼称です。……でもわたしたちは、それに何の疑いも抱きませんでした」


 たしかに俺たちはあの小屋を見て、『礼拝堂』という呼び名をすんなりと受け入れた。

 ――その理由は、なぜか。


「……狩人さんはあの小屋の外観しか見ていません。そしてわたしたちも、狩人さんと同じ理由であの建物を礼拝堂だと思い込みました。……その外観に、宗教施設だと思わせる要素があったからです」


 あの小屋にあったもの。それは――。


「――墓標」


 俺の答えに彼女は頷き、笑みを浮かべた。


「そうです。建物の周りには、文字が刻まれた無数の石の群れがありました。それを見てわたしたちは、あそこを『墓地の中にある礼拝堂』だと勘違いしたんです」


 死と宗教は強く結びついた概念だ。

 葬式、死生観、死体の扱い。

 王国でも墓地は礼拝堂や祠などの宗教施設の周囲に作られることが多い。

 彼女は食堂で作ってもらったローストチキンのサンドウィッチをもう一口かじって、言葉を続ける。


「しかしあの小屋の中身は普通の小屋のようでした。昔、猟師さんか何かが住んでいたのかもしれませんね。……そうなれば」


 ――前提が崩れる。

 もしもあの建物が礼拝堂ではなく、ただの狩猟小屋だとしたら。


「あの墓石と思われた無数の石たちは、小屋とは全く無関係・・・・・に作られた物・・・・・・ということになります。さて、それはいったいなんなんでしょう?」


 等間隔に設置された、何かの文字が刻まれた石材。

 そこにいた、異世界の生物。

 その二つを無理矢理にでも繋げるなら――。


「――門石痕もんせきこん……?」


 俺は魔術の授業を思い出して、その名前を呟いた。

 それはこの前の授業で魔術教師エイリオが言っていた、魔獣召喚のゲートに関連する現象のことだ。

 魔界と繋がった証である、ゲート後に残る謎の石。

 授業では「ゲートが出来た後に稀に発生する」と言っていた。

 しかし、もしも――。


「もしあの石が、ゲートを人為的に発生させる為に必要な魔術儀式だとしたら――?」

「さすがロイくん、話が早い! そうです、わたしも同じことを思ったんですよ!」


 彼女は美味しそうにちまちまとサンドウィッチを口に入れつつ、笑みを浮かべた。


「最近は森の辺りで魔獣を見かけたという噂もありましたし、実際にわたしたちは『なりかけ』とも戦いましたしね。その可能性は高いと思って、いてもたってもいられず昨晩は就寝時間になるのと同時に宿舎を抜け出して調査に行ってきました」

「……大した行動力だよ、お前は」


 ウニが魔界の生物だとわかったことで、森にあった石がゲート発生の儀式じゃないか確かめに行ったということか。

 半分皮肉だったのだが、彼女は無い胸を反らす。


「結果は――おそらく正解です。中身はわかりませんが、儀式魔術でよく使われる古代文字に酷似しています」

「書き写してきたのか」


 見ればこの部屋の床に散乱している本は、どれも古代文字の解説書だ。

 どうやらここに隠れながら解読をしているらしい。


「はい。……まあ書き写すのに夢中だったのもあって、犯人の姿もよく見ていないんですけど」

「……犯人?」


 俺の言葉に彼女は頷いた。


「はい。おそらくは、ストーンサークルを作ってゲートを開こうとしている犯人です。黒ずくめの恰好で、顔も隠してました」


 彼女は真剣な表情を浮かべてそう言った。


「いやー酷いですね。屈んで書き写してたら、問答無用で後ろからズバーッですよ。リボンだけで済んだのが幸いですね」

「とかげのしっぽみたいだな」

「身代わりと言ってください」


 どうやら彼女は後ろから切りつけられたらしい。

 真実に気付いた者への口封じ、といったところか。

 彼女は身振り手振りを交えつつ説明をする。


「それでそれで、何とか小屋の中に逃げ込みまして、壊れかけの鍵をかけたんです」

「……あのボロボロの扉で立てこもったのか?」

「いえいえ、まさか。すぐに壊されるのはわかってましたからね。無駄な抵抗なのは自分でもわかってました。……でもそこで聞いたんです、声を」

「……声?」


 聞き返す俺に、彼女は頷く。


「『おおーい……おおーい……』って奴です」

「……ああ、風の音か」

「はい。この前は小屋の外から扉を閉じた状態では聞こえなかった声ですが、中にいる状態だと扉の反対側から小さく聞こえてきたんです。だからそっちに風の通り道があるはずだ、と思って」


 以前、小屋を事前に探索していたことが功を奏したらしい。


「暖炉の奥を調べたら、ビンゴです。壁が腐りかけて小さな穴が空いていたので、『腐敗』を使って静かに抜け道を作りました。そんでそこからはもう死に物狂いですね。吐くほど走りました」


 こいついっつも吐いてんな。

 相手が何者かはわからないが、殺されかけたところを何とか逃げおおせたってとこだろう。

 ……まあ何より無事で良かった。


「ところで顔は見てないと言ったが……そいつは魔獣ではなかったんだな?」


 俺の質問に彼女は頷く。


「ええ。剣っぽいものを使ってましたし、普通に人間だとは思います」


 ノンは少し言い淀んだ後、もう一度口を開いた。


「――ただまあ一つ問題がありまして、だからずっとここで身を隠していたんですけど」

「……問題?」


 聞き返す俺の問いに、彼女はその笑みを引きつらせて答えた。


「……どうも、犯人は学校関係者っぽいんですよね」



 * * * *



「おお? どこ行ってたんだロイ……ってうぉぉぉおおお!? なんだ!? 何する!? やめろ!」

「黙れ騒ぐな暴れるな抵抗するな落ち着け」


 俺は部屋でくつろいでいたウィルを押さえつけると、その襟元を確認した。


「……三つあるな」

「な、なんなんだよいきなり~!」


 ウィルは自分の服の襟元に、先日もらった勇者褒賞を縫い付けていた。

 念の為の確認だったが、それは間違いなく三つの章飾だ。


「……なんでもない」


 俺はそう言って、ポケットの中にしまい込んだ勇者褒賞を握りしめた。

 それはノンが、森でストーンサークルの文字を書き写していたときに拾ったものだった。


 授業では最初の実習以来、礼拝堂に近付いてはいない。

 当然ノンの物ではないし、ユリウスは自分自身の褒賞を握りしめていた。

 ……いや、ユリウスがあれを握っていた理由は、おそらくそれだけじゃない。


「裏切り者、か」


 死ぬ間際、魔獣として暴走していたあいつが最期に言ったその言葉。

 ……あれはあのいけすかないユリウスが、俺を頼って残したメッセージだったのかもしれない。

 ――学校内に、裏切り者がいる。

 ユリウスはそう言いたかったのだろうか。


 ……依然、俺の中の憎しみは消えたわけじゃない。

 ユリウスは未だ憎いままだし、俺の復讐の炎は欠片も収まっちゃいない。

 ――だが。


「……この責任は取ってもらうぞ」


 俺の復讐を邪魔した責任を。

 俺たちの平和を乱した責任を。


 俺はそう心に誓い、窓から見える空を見上げるのだった。

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