第20話 偽りの真実
昼過ぎまで待たされて、俺はその間何度か同じ話を聞かれていた。
俺が説明した状況はおおむね以下の通りだ。
朝に目が覚めて中庭に行ってみたら、魔獣が侵入していたこと。
相手に襲われ、何とかやりすごしていたら巨大化したこと。
やぶれかぶれで『転倒』のスキルを使ったら、偶然発動して相手が転び勝手に死んだこと。
……殺した後、それがユリウスであると気が付いたということ。
ノンのリボンのことは伏せることにした。
それは今も俺のポケットの中にしまい込んでいる。
「――今朝はどうして中庭に?」
客間に用意されたソファーに座った俺に、同じく対面に座った年老いた学長が尋ねた。
「……その時間、いつもはミカドが訓練しているんだ。彼女の剣術は見学するだけでも参考になる。……今朝はいなかったが」
俺の言葉に横で立っていた実技教師のバームが頷いた。
「本当だ。彼女が早朝から訓練をしている姿は俺も見たことがある」
バームの言葉に学長は「なるほど」と頷いた。
……まるで尋問だな。
まあその問いかけに悪意や疑いの眼があるわけではないことはわかっている。
今回の事件は
話を続けていると、ノックの音と共に扉が開かれる。
そこに姿を現したのは、魔術教師のエイリオだった。
「――ざっと検死が終わりました。といってもわかったことは少ないのですが……」
部屋に入りつつ、彼は歯切れ悪そうにそう言った。
「結論から言えば、アレはユリウス・ゴッズハルトでしょう。身体的特徴が――魔獣化はしておりますが、ところどころ似通ったものがあり、また彼の姿を昨晩から見た者はおりません」
エイリオの言葉に、学長が「おお……」と額を押さえる。
バームも暗い表情を浮かべた。
エイリオは言葉を続ける。
「そしてその身体ですが……今言ったとおり、魔獣化しております。ただ、その……」
エイリオは言いにくそうに口ごもる。
学長はそれを見て「思ったまま言いなさい」と先を促した。
「……ええ、一言で言えば異常です。ユリウスの姿は昨日の日中には確認されていました。当然、そのときは人間の姿です。そこから考えると、彼は魔獣化するのに少なくとも十数時間かかっていないはず。……ですが魔獣化とは本来、もっと長い時間をかけて変化するものです」
以前の『なりかけ』や一周目の俺からしても、通常魔獣化は魔獣の肉を喰らい続け一ヶ月以上かけてゆっくりと変化するものだ。
普通ならユリウスが一晩で魔獣化するなんてことはありえない。
つまり考えられることは――。
「――未知の魔術、もしくは錬金術による薬物など、一般的でない現象が考えられます……」
エイリオは苦々しくそう言った。
それは「わかりません」と言ったようなものだ。
魔術教師として屈辱を感じているのだろう。
「……ユリウスが自らああなったのか、それとも強制的に魔獣に変えられたのか。後者だと思いたいが、何か意見はあるかな」
「……おそらくは、自ら望んでなったものではありますまい」
学長の言葉にエイリオは眉をひそめて答える。
「ユリウスの肩と腹部には、剣で貫かれたような大きな傷跡がありました。しかし致命傷となりうる大きさにも関わらず塞がっていたことから、それは魔獣化の直前に付けられたものと思われます」
「なるほど。彼は何者かに襲われた後、無理矢理魔獣化させられたということか……」
考え込む学長に、エイリオは話を続けた。
「……次の報告をします。学校の敷地内に張り巡らせた監視魔術についても確認をしました」
監視魔術。
それはリアルタイムで監視しているわけではないが、後から映像として復元可能な記録魔術だ。
それがある為、学園内で問題を起こすことはできない。
……もちろん、バレなければ証拠を探されること自体がないので、悪事が全くできないというわけではないのだが。
「ロイの証言通り、魔獣は朝方に中庭へと侵入したようです。その後もおおむね、彼の証言は正しい」
中庭と言っても、周囲の林と繋がっており、明確に境目があるわけではない。
侵入することは簡単だし、逆に抜け出すことも簡単だ。
学長はその言葉に眉をひそめながら、エイリオへと聞き返す。
「ユリウスがどのタイミングで抜け出したかはわかるかな?」
「それは現状まだ把握できていません。監視魔術の性質上、時間と場所が特定できなければ調査に時間がかかります。いつどこから抜け出したのかがわからない以上、現時点ではなんとも」
学長はそれを聞いて目を閉じた。
しばらく考えた後、口を開く。
「――わかった。各員、今回の件は公言しないように。他の職員にもそう伝えて欲しい」
学長は周囲の人間、それぞれの顔に視線を移しながらそう言った。
「魔獣化の公表は、いたずらに生徒の不安を煽ることになる。死体は国の魔術ギルドに預け、解析を依頼してくれ。ゴッズハルト家への根回しはこちらでしておこう」
そして学長は俺の目を見て、目を細めた。
「……ロイ、今日は大変だったね。キミは英雄だ。こんなときに何だが、これを渡しておこう」
学長はポケットから勇者褒賞を一つ取り出した。
「……いいんですか」
「ああ。私含めてこの学校の教師には、自分の気持ちに従いこれを自由に渡せる権利がある」
俺は少し複雑な感情を抱きつつも、それを受け取った。
褒賞が十も溜まれば、優等生としては他に類を見ないレベルの特待生と言えるだろう。
一周目の経験からするうと、理由をつければ魔法の武具を借り入れることもできるはずだ。
もらっておいて損はない。
学長は優しく微笑み、頷く。
「本当によくやってくれた。……しかし今言った通り、生徒みんなの為にこのことはくれぐれも内密にして欲しい。今は大事な時期なんだ」
学長の言葉に俺は頷く。
人が魔獣化する・生徒の中に魔獣が潜んでいる……なんて噂が立ったら、大混乱になるのは想像に
口止めをするのは当然の処置だろう。
学長は悩むように唸りつつ、言葉を続けた。
「ユリウスのことは……そうだな、勇者を諦めて実家に帰省したことにしよう。午後の良いタイミングで集会を開き、生徒たちにそう伝えようか」
学長のその言葉に、俺は何か引っかかりを感じた。
……なんだ?
頭の奥が刺激される感覚。
既視感。
あれは――そうだ……!
いつか見た夢の記憶が蘇る。
それは一周目の情景だ。
――残念ながら幾名かの生徒は、自信を失い、勇者としての道を諦めることとなった。
――これらの生徒は家に戻り静かに暮らすようだ。
――下級クラスから……ノン。彼女も実家で待つ両親のもとに帰るそうだ。
俺が二周目に戻って来た当初、ノンの記憶はすっかりと抜け落ちていた。
その理由は、一周目で彼女が入学早々退学していたことにある。
……しかし、今思えばそれはおかしい。
――お母さんもそんなお父さんのことが大好きだったんです。……五年前の大侵攻で、二人とも死んでしまったんですけど。
それは以前ノンが俺に語った、彼女の身の上話だ。
……ノンには、両親も帰る場所もない。
にも関わらず一周目において、彼女は実家に帰ったとされていた。
だがユリウスに対する説明を聞くに、それはもしかして。
――一周目のノンは、魔獣化していた……?
パズルのピースが組み上がり、不穏な全体像がおぼろげに見えてくる。
……何か嫌な感じだ。
口元を押さえ考え込む俺に、学長は優しく声をかけてきた。
「――ではそれぞれ仕事に戻って欲しい。ロイ、長々と話を聞かせてもらってすまなかったね。疲れただろう。戻りなさい。……くれぐれも内密に頼むよ」
そう言って学長は席を立つ。
俺は広がる不安が手足に絡みつくような感覚を覚えつつも、それに続いて部屋を後にした。
* * *
俺は自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がる。
ウィルは俺の顔を見るなり騒ぎ出して話を聞かせろと迫ってきたので、部屋の外へ追い出した。
不服そうな顔をしながらも「一人にしてくれ」と言ったら渋々部屋を明け渡してくれたので、相変わらず良い奴であるのは間違いない。
「……何が起こっている?」
虚空に話しかけて自問自答する。
ユリウスが持っていたノンのリボン、ユリウスの魔獣化、一周目にあったノンの行方不明。
これを重ねて仮定すると――。
――一周目。
ノンは事件に巻き込まれ、魔獣化した。
内々に彼女は処分され、その死は隠された。
――二周目、現在。
ユリウスが事件に巻き込まれ、魔獣化した?
もしくは暴走して、ノンを襲ってしまった……?
奴は俺が殺し、その死は隠された。
「……うにぃ!」
開けっぱなしの窓から、小動物が侵入してくる。
考え込んでいる俺の思考を吹き飛ばすように、脳天気そうな毛玉が部屋へと入ってぽよぽよと跳ねた。
「……なんだお前。こっちは今大変なんだぞ」
楽しそうに跳ねる毛玉を見て力が抜けた。
ウニの姿を見て、ノンの顔が脳裏をよぎる。
今頃彼女はどうしているだろうか。
……もしかすると、もう――。
最悪の想像をする俺を心配したのか、ウニが近付いてきてその舌で俺を舐めた。
「……やめろ、俺は怪我をして落ち込んでるわけじゃ――」
言いかけて、気付く。
ウニの尻尾の根元に、布きれが巻かれていた。
俺はそれを外し、広げる。
「……これは」
そこには、文字が書かれていた。
* * *
図書資料室の奥には、ほとんど誰も使わない書庫がある。
書庫といっても禁呪の魔導書などが収められているわけではなく、単純に郷土資料だとか、誰が書いたかわからず出典が怪しい本だとか、そんな誰も読まない本が収められている書庫だ。
ギィ、と立て付けの悪いドアを開けて俺がそこに入ると、第一にかび臭さが鼻についた。
中は真っ暗闇なので、事前に準備をしていたランプを前に出して中へと入る。
ギシギシと鳴る床を踏みしめつつ、奥へと進んだ。
「――来たぞ」
狭い室内ではあるが、隠れる場所はある。
俺はまだ見ぬ姿の相手に対して声をかけ、反応をうかがった。
暗闇の中から声が返ってくる。
「……合い言葉を言え」
「そんなものは聞いてない。……食堂のおばちゃんにせっかく作ってもらったサンドウィッチ、いらんなら持って帰るぞ」
「あー! うそうそ嘘嘘! 嘘でーす! いりますいりますー! ごめんなさいー!」
ずさー、と滑るようにしながら、声の主は奥からその姿を見せる。
背の低い童顔に、いつもはリボンで束ねているはずの長い髪。
「……無事で何よりだ」
昨夜から姿を見せていなかった、ノンの顔がそこにはあった。
俺がため息をつく様子を見て、彼女は笑う。
「えへ、心配してくれたんですかー?」
「……アホ。お前が死んだら誰が毛玉の面倒を見るんだ」
「ウィルくんとか」
「あいつは面倒を見られる方だろうが。俺の負担を増やすんじゃない」
いつも通りの軽口を交わしつつ、ノンに持って来た食料を渡す。
ウニの尻尾に巻き付けられていた布には、「書庫にいます」「追伸:お腹空きました」とインクか何かで書かれていた。
……そんな気の抜けたことを書くような奴は、こいつぐらいだろう。
彼女は水筒の水を飲んで、「くぁー!」と声を上げた。
「生き返りますねー! やっぱり持つべきものは仲間! さすがロイくん、気が利いてますよー!」
「――それよりも何があったんだ。教えてくれ」
尋ねる俺の言葉に、彼女は眉をひそめた。
「それはむしろこっちが聞きたいところなんですが――。まあそれはともかく、まずは情報を共有しましょう」
彼女は俺が食堂からもらってきたサンドウィッチをかじりつつ、言葉を続ける。
「わたしは昨晩――
暗がりの書庫の中、そうして彼女は説明を始めた。
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