第15話 クラス掌握作戦会議

「……いつまでサボってるんですかぁ」


 合同訓練の一週間後。

 俺が自室のベッドの上でいくつかの本を読み漁っていると、いつものように押しかけてきたノンがそんなことを言った。

 俺はノンが勝手に割って皮を剥いた、差し入れのリンゴをかじりながら、ちらりと彼女に視線を向ける。


「サボってるわけじゃない。療養中だ」

「……わたし治しましたよね、足」


 ノンがぺちぺちと俺の左ももを叩く。

 あの翌日、一晩ぐっすり寝てノンの魔力が回復したタイミングで、もう一度『再生』をかけてもらった。

 それによって、どうやら腱が切れていた左足も無事治療してもらうことに成功した。

 ……ただし『再生』をしている間は死ぬほどの激痛が走ったので、もう二度と重い怪我をするのはごめんだが。

 腹の傷のときは意識がなくて良かった。あったら痛みでショック死していたかもしれない。


 何はともあれそうして俺の傷も治り、また学校生活が始まった。

 しかしノンの『再生』を説明するには芋づる式に俺の『反転』まで説明しなくてはいけない為、表向きは俺の足はまだ治っていないことにしている。

 教師には名誉の負傷として授業をサボることも許可されているし、この時期の座学は俺には必要ないものが多い。

 俺は体がなまらないように夜な夜な宿舎を抜け出しては体を鍛えつつ、昼間はこうして魔術の入門書を資料室から持って来て読み漁っているのだった。


「あまり早く治っても不自然だろ。もう少し病人を満喫するさ」

「……やっぱり隠したままにするんですか、それ」


 彼女が人差し指を立てて、その先端をくるくると回す。

 ――『反転』。

 それは様々なものを反転・逆転させる力で、物理的な存在だけでなく概念にまで対象の範囲は広がる。

 しかし対象と取れるものは俺のイメージや魔力量にも関わるようで、実際に心眼でるまでは反転させられるかどうかわからないことが多い。

 汎用性や自由度は高いが射程範囲は短く、相手に直接攻撃できるわけでもなかった。

 破壊に一点特化した『斬裂』とは、ある意味対称的な能力と言えるかもしれない。


 俺はノンの言葉に少しだけ返答に悩みつつ、口を開く。


「まあ今更言ったところで、クラスが変わるわけでもない。わざわざ言う必要はないだろう」

「……でも何かあったとき、魔獣相手の対処は有利になるかもしれませんよ? わたしみたく相性の良い能力もあるかもしれませんし」


 彼女は自身の手のひらを指さす。

 『腐敗』が『再生』になったように、俺の力で他のスキルを『反転』させられるかもしれない。

 それは戦略の幅が広がり、人類にとって有益となることだろう。

 ――しかし。


「……そんな大層なもんじゃないさ」


 俺の言葉に彼女は納得いかないといった様子で眉をひそめた。

 ユリウスには引き続き、こちらを侮っていてもらわなくては困る。

 今回だってその為にトドメを刺したウィルに表彰役を引き受けてもらった。

 ウィルは嫌がっていたが、そういうことにしておけば俺が戦闘力を持っているとは思わないはずだ。

 ユリウスはまだ、俺たちがまぐれで魔獣を狩ったと思っていることだろう。

 ……その油断を利用させてもらう。


 俺の言葉にノンは肩をすくめて、リンゴの欠片を口にした。


「まあ何をお考えなのかはわかりませんけど。……ただあまり怪しげな行動を取ってると、アンジケーターの一味と思われちゃいますよ」


 しゃくり、とノンはリンゴをかじる。


 反逆者アンジケーター

 一周目の世界でも聞いたことがある、怪しげな組織の名前だ。

 ……どれぐらい怪しいかというと、実在するかどうかがまず不明というぐらいの怪しさだ。

 なんでも噂によればその目的は、魔獣の為に生け贄を捧げるだとか、人類の世界を差しだそうとしているだとか――新興宗教だとしても人が集まらなそうなことこの上ない利益の無さである。

 実際に存在するとしたら、人類の敵だろう。

 ――つまりは他の生徒たちに怪しまれないように気を付けろ、とノンは忠告してくれているのかもしれない。


「気を付けるよ」

「本当に気を付けてくださいね。ロイくんいっつも難しい顔してるのでみんな怖がってるんです。『また今日も夜な夜な人の生き血を啜りに抜け出してるんじゃないか……』って」

「俺はいつの間に吸血鬼ヴァンパイアになったんだ。……俺の人相、そんなに悪いか?」

「いくら本当のことでも言っていいことと悪いことがありますよね。まあ噂の発端はわたしなんですけど……」

「パーティ解散だ。お疲れ様もう二度と会うことはない」

「ストップストップ!」


 ノンは顔の前でひらひらと手を振る。


「いえいえ、今のは言い間違いです。噂の根源はロイくん自身ですよ。わたしだけが悪いわけじゃないですから。……ロイくん、夜に抜け出してるのを見られてますからね。それでわたしは何とかそれを庇おうとして――」

「庇おうとして人を吸血鬼扱いしたのか」

「……やだなー、ちょっと『乙女の血の匂いに惹かれて夜の闇を歩き回ってるのかも……』ってかっこよく脚色しただけじゃないですか」

「事実無根の噂は脚色じゃなくて捏造と言うんだ。覚えておけ」


 第一その説明じゃただの変態じゃないか。

 俺は前途多難な学校生活を思い、ため息をつく。


「どうせ庇ってくれるならもっとマシな嘘をついてくれ」

「いやー、そうしたいのは山々なんですけど、ロイくんのことわたしまだ全然知らないので。だからこうして取材に来てるんじゃないですか」

「取材って……いつも通りに見舞いの品を漁りに来たんじゃないのか?」

「それもありますけど、やっぱり勘のいい人は気付いて興味を持ってるんですよ、ロイくんのポテンシャルに」


 ノンはリンゴをしゃくしゃくと咀嚼しながら、ポテポテと跳ねて近付いてきた毛玉生物にリンゴを分ける。

 毛玉は「うにぃ」と鳴きながら舌を伸ばし、リンゴを口に放り入れた。


「……どうします? お望みであればロイくんの庶民的な噂を流しておいてもいいですけど。『ピーマン食べれない』みたいな」

「俺はピーマンぐらい食べられる」


 好きではないだけだ。

 張り合う俺に、ノンは苦笑する。


「たとえばですよ、たとえば。今のミステリアスなロイくんのイメージより、庶民的なイメージが付いた方がみんな安心するっていうお話です」


 彼女の提案に俺は感心して頷く。

 どうやら同じクラスの生徒とも上手くコミュニケーションを取れているようだし、ノンに頼るのもありかもしれない。

 一周目で魔獣相手の戦い方は嫌というほど習得できたが、人相手に上手く立ち回る知識は不足している。

 ……彼女に協力を仰ぐのは悪いことではないか。


「……わかった。その辺はお前に任せよう。他にもいろいろ情報があったら教えてくれないか」


 俺の言葉に彼女は笑みを浮かべた。


「了解です。――それじゃあまず始めに、ロイくんの好きな女の子のタイプはどんなタイプか教えてください」

「……それは必要なことなのか」

「必要ですよ! みんなにロイくんのことを知ってもらう為に、必要不可欠なことなんです!」


 勢いよく迫ってくるノンに、俺は顔を引きつらせる。

 足下ではリンゴを完食した毛玉が、「うにぃ」と鳴いていた。



 * * *



 そうして俺はノンと、最近あった出来事や情報を共有した。

 彼女の知識量は膨大で、下級クラスの中で出来つつあるヒエラルキーから、一般クラスや上級クラスの情報まで得ているようだった。


「それでユリウスさんは『Fランクでも勝てたんだから、あの場にいたら英雄になるのは自分だった――』みたいなことを言っているみたいですね」


 彼女の口からそんなユリウスの情報が聞ける。

 相変わらず傲慢ごうまんな性格で周りに当たり散らしているらしい。


「今はそう思わせておこう。可能な限り慢心を増長させ、その隙を突く」

「……何気に怖いこと言ってますね」


 俺の言葉にノンは苦笑した。

 俺にとっては愉快な計画だが、他の人にとっては俺の行動はおかしく見えるのだろう。

 その辺はノンにサポートしてもらい、可能な限り隠さなければ。


「……それにしても凄いな、お前の情報量は。……コミュ力のお化けだ」


 彼女の情報に称賛を送る。

 この調子なら、俺は向こう一ヶ月ぐらいは一切顔を出さなくても各クラスの内情を把握できそうだった。

 ノンは自慢げに胸を張る。


「んふふ、そうでしょうそうでしょう。まあそれもこれもロイくんのおかげなんですけどね」


 彼女はウィンク一つ、人差し指を立てた。


「ユリウスさんは貴族出身で周りのコネも多いんですが、やはりその性格あってか毛嫌いする人もいたみたいで。そんな人たちが一連のロイくんの行動を見て、離れたがっているみたいなんですよ」


 ノンが上級クラスの状況を説明する。


「ユリウスさんが家柄に物を言わせて派閥を作ろうとしたところで、ロイくんがそのメンツを潰したんです。そのおかげで今上級クラスは仕切る人がいなくて、一体感とかもないんですよね。だからみんなバラバラに行動してるんで、お話が聞きやすくって。さすがロイくんです」


 ノンは話をしながら楽しそうに笑った。

 図らずもユリウスが上級クラスをまとめ上げる存在になるはずだったところを阻止できたわけだ。

 ……もう少し手を入れてやれば、上級クラスがユリウスを中心とした一枚岩の集団になることを防げるかもしれない。

 ユリウスを孤立させることができれば理想的な形になるのだが――。


「……権力の空白地帯になっている今が仕掛け時なのかもしれないな」


 ユリウスを一時的にリーダーの座から遠ざけたとしても、そのうちまた強引にリーダーの座に返り咲こうとするだろう。

 家柄や金、子分に取り巻きと、暴力や脅迫で権力を大きくしていく男だ。

 奴の影響力が強くなってからでは遅いが、今ならまだ間に合う。

 ――上級クラスを、俺の意のままに操ってやる。


「奴を王にしない簡単な方法は――くうに冠を据えればいい」


 俺の言葉にノンは首を傾げる。

 俺はそれに笑って口を開いた。


偶像アイドル制作プロデュースするぞ」

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