第14話 勝利は誰の手に

「――ロイくん!」


 腹を押さえて座り込んでいる俺のもとに、ノンが近付いてくる。

 『なりかけ』は何とか倒したが、俺の体は重傷だった。

 左足は動かないし骨は折れてるし、極めつけは腹部の傷だ。……臓物が出てなければいいが。


「お、俺、人を呼んでくる!」


 ウィルはそう言って駆け出す。

 『拡声』で声を上げながら、助けを呼びにベースキャンプの方角へと走っていった。

 ――それにしても、思ったよりも傷が深かったな。

 魔界にいたときと違って、この身は人間純度百パーセントの脆いものだ。

 もしかしたらこのまま死んでしまう可能性もあるかもしれない。

 ……復讐の為に過去にまで戻ってきたというのに、あっけないもんだ。

 これじゃあ笑い話にもならない――。

 そんなことを考える俺の耳に、ノンの声が届く。


「ロイくん、ロイくん……! ごめんなさい、わたしが足を引っ張ったせいで……!」


 ノンが俺の手を握りつつ、ぽろぽろと涙をこぼした。

 ――まったく、本当に面倒くさい女だな。

 助けてやったんだから素直に感謝すればいいのに。

 ……しかしどうやら俺が死ぬと、こいつは悲しんでしまうらしい。

 まだ会って一週間かそこらなのに、本当にお人好しな奴だ。


 ――しょうがないか。


「……ノン、俺に……能力を、使え」


 俺の言葉に、彼女は目を丸くする。

 何を言っているのかわからないという顔だ。

 ――秘密にしている場合じゃないんだろうな。


「俺の能力は……『反転』だ」


 彼女に俺の能力をバラす。

 彼女の認識を合わせる為には、それは必要な情報共有だった。


「今から、お前のスキルを――『反転』させる」


 できるかどうかはわからないが――それに賭けるしかない。

 俺は目を閉じて、彼女の体に意識を向ける。

 イメージの階層レイヤーを深部に合わせて、スキルを抽出する。

 ――『腐敗』の砂時計。

 頭の中に思い浮かんだそのイメージを、手で握りしめた。


「――『反転』」


 静かに彼女の胸の砂時計を反転させる。

 ――おそらく、これで成功しているはずだ。


「『腐敗』のイメージの逆……真逆の現象……それを、心の中に思い浮かべろ……」


 意識が遠くなる。

 血を失ったせいか、急激な眠気に襲われた。

 ノンは俺の手を強く握りながら、口を開いた。

 ……彼女の音は聞こえない。

 もう限界のようだ。


「きっとそれは――」


 最後の力を振り絞り、彼女に伝える。


「――『再生』」




 * * *



 ――諸君、急な任務ご苦労。


 ぼんやりとした頭の中に、声が響く。

 それは年老いた学長の声だ。


 ――今回の魔獣たちの急襲は、先輩の勇者と先生方の手により最小限の被害に食い止められた。諸君らも裏方としてのサポートをしてもらって、感謝している。


 霞がかった映像が流れる。

 ところどころがうろ覚えな、室内闘技場。

 そこには多くの生徒と教師が並んでいた。


 ――残念ながら幾名かの生徒は、危険を感じ、勇者としての道を諦めることとなった。


 学長は名前を読み上げる。

 いくつか聞いた名前があった。

 それらは摩耗した記憶から消えてしまっていた、一周目の記憶。

 だがそれらの名前は、二周目の今たしかに存在する名前だった。


 ――これらの生徒は家に戻り静かに暮らすようだ。諸君らはこれからも力の限り、精進してもらいたい。


 色あせた記憶が蘇る。

 魔獣の襲撃の恐怖から、勇者として脱落していく生徒たち。


 ――ああ、すまないもう一人。下級クラスから……ノン。彼女も実家で待つ両親のもとに帰るそうだ。


 学長が名を読み上げる。

 ……ああそうか。

 彼女はそのとき、人知れず勇者を諦めていたのか。

 だから俺の記憶に彼女は存在しなかった。


 ……何か違和感を感じる。

 まどろんだ頭の中ではそれが何か思い出せない……。


「――ん、……ロイくん」


 声が聞こえた。

 そうだ、その声は聞き覚えがある。

 間違いなく、生きた彼女の声。


「ロイくん……!」


 ……わかったわかった。

 起きるから。

 だからそう、騒がしくするな。


「――ロイくん!」


 俺はゆっくりと目を開ける。

 意識が戻り、頭がはっきりとしてくる。

 沈みかけた太陽の光が眩しく、彼女の顔を際立たせた。

 ……涙でぐしゃぐしゃで、見られたもんじゃない。


「ロイ、くん……!」


 そこにはノンの顔があった。

 どうやら俺は戻ってきたらしい。

 意識を失う前の記憶と現在の糸を繋げる。


「……傷」


 腹部に手を当てると、そこにあった傷は無くなっていた。

 綺麗さっぱりとは言わないまでも、裂けていた皮が繋がり薄く膜が張っている状態。

 ……果たしてどういう現象が起きたのかはわからないが、どうやら『再生』は成功したらしい。


「……ありがとう」


 俺の言葉にノンは首を横に振った。


「わたしこそ……助けてくれて、ありがとうございます……」


 ノンは頷いて、泣きながらも笑みを見せる。

 俺は体の内側に意識を集中する。

 ……折れていた骨の感触がない。

 あちこちの傷が治っているようだった。


 ――『再生』は、A……いやSランク相当の能力なのでは。

 元より治癒系の能力は希少性が高い為、高ランクで見積もられる。

 下級クラスから上級クラスへ移動した例はみたことが無いが、最初からこっちの能力だったら間違いなくノンは上級クラスに割り振りされたことだろう。

 そんなことを考えている俺をよそに、ノンは俺の左足に向かって手をかざした。


「……こっちも治さないと」


 ノンはそう言って能力を使おうとして、そのまま前のめりに倒れた。

 その顎に俺の膝が当たる。


「ぐおっ!」

「なにやってんだ……」


 俺の言葉に、ノンは俺の膝を抱きしめるようにしながら顔を上げる。


「いえそれが……能力を使おうとしたら力が抜けちゃって……」

「……魔力枯渇だな」


 魔術の初心者が陥りがちな現象だ。

 一気に魔力を使い果たすことで、魔力不足を肉体の活力で補おうとしてしまうことがあるらしい。

 それでも無理に使い続ければ意識を失い倒れてしまう。

 スキル使いは普段からスキルを使うことで限界の見極めが上手く、あまり魔力枯渇を起こすことは少ない。

 おそらくノンは普段からスキルをあまり使う機会がなく、今回一気に多量の魔力を消耗した為に魔力枯渇を起こしてしまったのだろう。

 ノンはへなへなとこちらに寄りかかりながら、声を上げる。


「うへぇー……なんかだんだん気持ち悪くなってきました」

「おい、吐くなよ。絶対その体勢では吐くなよ」


 ……というかこいつ若干臭うな。

 熊の糞をあれだけ弄ったのだから、当然なことではある。

 破傷風なんかにならなければいいが……。

 ――と、そんなことを考えつつノンと二人顔を見合わせていると。


「ロイ、生きてるかー!? ……うおおお不純異性交遊!!!!」


 走ってきたウィルが、俺とその足に抱きつくノンを指さした。

 そしてその後ろには、教師たちの姿がある。


 ……もうどうにでもしてくれ。

 俺はため息をつきつつ、事情を説明するのだった。



 * * *



 俺たちは教師に手を貸してもらって、ベースキャンプへと戻った。

 『なりかけ』の死体は、それを野生の動物が食わないように焼いて埋めている。

 こうして処理をすることで、動植物に影響なく魔獣の因子を処分することができるのだった。


 そうして日が沈み、各班が狩った獲物の重量が計測される。

 簡易的なはかりで計量され結果が出揃った。


「新入生諸君、本日はよく頑張った。例年の新入生よりも多くの獲物が狩られており、諸君らの有能さを物語っていると言えよう」


 年老いた学長が前に出て、感想を述べる。

 他の生徒たちは立っているが、俺は怪我があるので隅の方で座っていた。


「そして結果だが――まずは三位、上級クラスからアンリ・ノートの班。よくやった」


 上級クラスの少女が代表者として前に出た。


「次に二位、同じく上級クラスよりユリウス・ゴッズハルトの班」


 呼ばれるとユリウスが舌打ちをしつつ前へ出る。

 一位ではないのが気にくわないらしい。


「そして一位……ミカド・オグマの班」


 ミカドが何も言わずに前へ出た。

 三人が学長の前へと出て、勇者褒賞を叙勲じょくんされる。


「よくやった。君たちには勇者褒賞を一つずつ与えよう。これからも生徒たちの先頭に立ち、皆を率いてくれ」


 教師が先導し、拍手が起こる。

 三人を称える音が森の片隅に鳴り響いた。


「――そして、もう一班。前に出てもらわなければいけない者たちがいる」


 拍手が鳴り止む。

 学長が笑みを浮かべた。


「下級クラスから――ウィル・マキリア」

「……は、はひ!」


 声が裏返りながら、ウィルが前へと出る。

 学長は生徒一人一人の顔を見回した。


「紹介しよう。彼、そして同じく下級クラスのロイ、ノンの三名は、魔獣を討伐した」


 学長の言葉に、生徒たちの中にざわめきが広がる。

 ……正確には『なりかけ』なんだが。

 学長はわかっているだろうが、あえて魔獣と表現して生徒たちの士気を高めようと思っているのだろう。


「それは家ぐらいにある巨大な魔獣だった。わたしたちがこの目でしかと確認し、既に焼却埋葬処理をしている。既に処理をしたので重量を正確に量ることはできないが――間違いなく今回のどの班よりも一番の獲物を狩ったとわたしが保証しよう」


 見ればユリウスが顔を歪めて、歯ぎしりしていた。

 俺はそれを横目で見ながら、班の代表になってもらったウィルの方に視線を移す。

 俺が目立ち過ぎず、生まれも良いウィルの方が恰好が付くだろうという計らいだ。

 ガチガチに緊張したウィルを前に、学長は笑いかけた。


「よくやったね、ウィルくん。君たちがやったのは大人でもできないような凄いことだ。君たちは既に見習いではなく、勇者の一員と言っても過言ではないだろう。……彼らには特別に、勇者褒賞を三つずつ与える!」


 下級クラス、一般クラス、上級クラスからも、自然と拍手が起こった。


「君たちはもう立派な勇者だ。どうか生徒たちみんなを指導し、守ってあげておくれ」

「そ、それは言いすぎって言うか」

「何を言うんだい。君たちはこの合同訓練の中で、前代未聞の素晴らしい成果を出したんだ。胸を張りなさい」

「え、えへへ……」


 ウィルが頭を掻いて生徒たちの方を向いた。

 それに合わせて歓声が上がる。

 ユリウスが悔しそうにこちらを睨み付けているのを見つけて、優越感が芽生えた。

 そんな俺に、隣で同じく座っていたノンが話しかけてくる。


「……これってわたしたちの勝ちなんですか?」

「まあ少なくとも、ユリウスは自分が勝ったとは思えないだろうな。恥ずかしすぎて」


 一位にもなれなかった上に一番の大物は逃し、勇者褒賞の数では三倍の差を付けられている。

 プライドの高いあいつには我慢ならないだろうし、しばらくはこちらにちょっかいをかける気にもならないだろう。

 それに、ユリウスの取り巻きが親しげにウィルへと話しかけている様子も見えた。

 ……ユリウスにこき使われた上にこの結果なのだから、取り巻きも心が離れてもおかしくない。

 ユリウスが実は大した実力もないことに気付かせていけば、自然と奴は孤立していくはずだ。

 ……しばらくはこの方向で復讐の前準備を進めるとするか。


 俺はみんなの歓声に包まれる中、一人ほくそ笑むのだった。

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