第11話 狩猟バトル開始

「よーしそれじゃあ全員いるな? 今日は初の全クラス合同訓練だが、みんな仲良くしろよ」


 太陽の日差しが降り注ぐ中、その暑苦しい笑顔を生徒に向けて黒眼鏡の教師バームがそう言った。

 本日は上級、一般、下級クラス合同の狩猟演習。

 本来は対魔獣相手の訓練として、まずは小動物から狩ってみましょう――という訓練だ。

 総勢五十余名にもなる人数が一度に森で狩猟を行う。

 当然狩りにくくはなるのだが、べつにノルマがあるわけではないので気楽なものだ。

 ――本来は。


 俺は周囲を見回してライバルチームの姿を探す。

 ――いた。


 一つ目は上級クラス、ユリウスのチーム。

 取り巻きであろう男二人と女一人を従えて談笑しているようだ。

 そしてもう一つが、同じく上級クラスのミカドのチーム。

 ミカドは伏し目がちに教師の説明を聞いていた。

 ……喋らなければクールビューティーなんだが。

 彼女の両隣には二人の上級クラスの生徒がいる。おそらくパーティなのだろうが……片方が女性で、片方は見知ったハゲがいた。

 初日に絡んで返り討ちにしてやった筋肉ハゲだ。

 彼はカチコチに緊張するようにして直立不動の体勢を維持していた。

 ……余り物チームか。

 俺の記憶が正しければ、一周目の歴史ではミカドは孤高の存在として普段は誰ともつるんでいなかった。

 おそらく今回もそれは同じで、俺に叩きのめされユリウスに嫌われ孤立してしまったハゲをチームメンバーとして拾ってやったんだろう。


 目下のライバルはその二チーム。

 少なくともユリウスには勝たないと、奴の鼻を明かせないが――上級クラス相手だろうが負けるつもりはない。


「――よし、以上で説明は終わりだ」


 バームが説明を終え、森の奥の方を指さした。


「危険があったら深追いするなよ。……それじゃあ狩猟訓練、スタートだ!」


 笛の音などもなく、ゆるく狩猟訓練は開始される。

 まばらに生徒たちが動き出す中、一番に動き出したのはユリウスだった。


「行くぞ! 俺が一番の大物を仕留めるんだ。わかったなお前ら!」


 彼は取り巻きにそう言った後、横目でこちらをチラリと見る。

 そして鼻で笑い、駆けていった。

 その背中に彼のパーティメンバーが続き、森の奥へと消えていく。


「――むむ、一目散に走って行きましたね。やる気満々ですよあの人たち。のんびりしてて大丈夫なんですか、ロイくん」


 事前に軽く説明はしている俺のパーティメンバーの一人、ノンが心配そうに口を開いた。

 俺はゆっくりとそれに頷く。


「まだ昼だ。終了の日没までは時間がある。今から急いでもバテちまうぞ。誰かさんは体力が無いしな」

「素敵なお気遣いありがとうございまーす」


 ノンは不服そうに口を尖らせる。

 だが急いだところでどうこうなるものでもない。


「獣は人の足音に警戒する。大きな音を出しながら動き回る奴がいるなら、それを避けて動く獲物の動きを予想すればいい」


 自然界の中にも強弱の力関係がある。

 巨大な魔獣に追い込まれた小さな魔獣を狩ることは、魔界での常套手段だった。


「あいつに陽動役をお願いするってわけか。なるほど、考えてんねぇ」


 もう一人のパーティメンバー、ウィルが頷く。

 俺は二人に視線を向けて静かに頷いた。


「他にも準備はしているがな。お前たちの方の準備は大丈夫か?」


 俺の言葉に二人は交互に頷く。


「わたしは大丈夫です! お弁当もおやつも持ちました!」

「遠足じゃないが」


 横のウィルが親指を立てる。


「ダメだなぁノンちゃん! 俺はきちんとお茶も作ってきたぜ!」

「……そうだな飲み物がないと喉が詰まるからな」


 俺は呆れてため息をつく。


「お前ら……武器は?」


 二人は首を傾げる。


「お前ら何しに行くつもりだったんだ?」

「狩り!」

「ピクニック……」


 ウィルとノンが答える。

 おいノン。お前は訓練という建前まで忘れるんじゃない。


「……わかった。じゃあまずは武器を借りてこよう。教師たちが用意してくれているはずだ」


 俺の言葉にノンは手を上げて「わーい」と喜んだ。

 ……授業でピクニックすると思ってた奴と、狩りをするのに手ぶらで行こうとしていた奴。どっちの方がよりヤバいやつなのかは、俺にはわからなかった。

 ――もしかしたらそんな二人を連れている俺が一番おかしな奴なのかもしれない。



 * * *



「やっぱり男なら両手剣ツーハンデッドソード! バッタバッタとなぎ倒してジャキィーンと切り裂くぅ! 決まったぁー! 世界一の剣士の誕生だ!」

「弓矢とかいいですよねぇ! エルフのかたがシュパパーって的に当てるの見たことあるんですけど、あれなら遠距離から攻撃できてサポートにも最適ですし!」


 わいわいと騒ぐ二人の前に、俺は学校側で用意していた貸与用の武器を置く。

 二人は首を傾げてそれを見つめた。


「なんだこれ」


 ウィルが長い棒を持って呟いた。


「長槍」


 それは細長い木の先にナイフをくくりつけただけのみすぼらしい槍だった。

 大人の身長よりも長く、一応造りはしっかりとしている。


「……こっちは?」


 ノンがボロボロの一枚の布きれを拾う。


「スリング……。投石布だな」


 二人は不満そうな表情でこちらを見つめた。


「なんで槍なんだよー。剣でもいいじゃんか。ほらみんな剣借りていってるぜ」


 ウィルは周囲の同級生に視線を向ける。

 確かに多く者が貸与用のショートソードを持っていくのが見えた。

 ノンも手元のスリングを弄りつつ、口を尖らせる。


「わたしのなんてこれ、武器なんですかぁ? いくらピクニックって言ったからって~。ジョークですよ~」


 二人の言葉に俺はため息をつく。

 そして声を潜めた。


「――いいか、武器を選ぶところから既にこの訓練は始まっているんだ」


 俺の言葉に二人は目を丸くした。

 俺は他の生徒――特に上級クラスの奴らには聞こえないように説明を続ける。


「今回俺たちはまだまともな戦闘訓練をしていないのに、いきなりの現場での実習だ。おかしいと思わなかったか? ……武器の使い方もわからなければ、狩りの仕方もわからない――今回は『失敗』を体験させる為の授業なんだよ」


 一周目のこの授業では、ほぼ全ての生徒が大した成果も出せずに終わったはずだ。

 獲物を狩ることができたのは、元々狩りを生業としていた者だったり、優れたスキルを持つ一部の上級クラスの生徒のみだった。


「一度失敗すれば次は何が足りなかったのかがわかるし、授業にも真剣に身が入る――という考えなんだろうな、おそらく。……だからこそ俺は、素人のお前たちに合った適切な武器を持ってきた」


 俺はウィルの槍を手に取る。

 ずっしりと重さを感じる、簡素な材料ながらも壊れないようガッチリ紐で補強された槍だ。


「ノンが言っただろ。『弓は遠距離から攻撃できる』と。その通り、戦いにおいて距離は重要な要素だ。相手の間合いの外からなら一方的に攻撃ができるし、何より相手との距離は戦いへの恐怖心を抑えることができる」


 俺は事前に学校から持ち出してきた、腰の片手剣バスタードソードの柄を握る。


「……剣は剣で、素人でも使いやすい武器の一つだ。だが汎用性が高い分、その真価は対人相手の方が発揮されやすい。イノシシなんかの真っ直ぐと移動する相手であれば、『突き』に特化した槍でも相性が良い。だから今回はまず、槍を使ってみてくれないか」

「……わかった。そういう理由なら了解だ。お前の言うこと、信じるぜ」


 ウィルは快く頷いてくれた。

 俺は次にノンの方を向く。


「……距離はどんな鎧よりも強い防具になる。そこは間違っていない。だが弓というのはああ見えて、扱うのには筋力が必要なんだ。それによほどの熟練者でもなければ、動く獲物に当てることも難しい。だからまずはこれでいい。これで石を投げて、威嚇することを第一の目標にしろ」

「……なるほど。たしかに言われてみればそうですね。さすがですロイくん!」


 ノンは俺の言葉に感心したような顔をして頷く。

 彼女のことは戦力としては数えないでおくが、獲物を包囲する一員になると考えればその存在は心強かった。


「……今回発表される順位は、狩った獲物の総重量だ。ユリウスは大物狙いのようだが、俺たちは数で攻める」


 ユリウスのスキル的にはたしかに大物を狙うのが正しい戦い方だろう。

 それ故に、こっちも同じ手段で相手を圧倒しようとは思わない方がいい。

 ――こちらが出せる強みを生かす。


「昨日、事前に森には罠を仕掛けておいた」


 一人で森の中を走り回るのは大変ではあったが、それぐらい百年間の地獄に比べればなんでもなかった。

 百年の間に魔獣を狩り続けた経験は無駄にしない。


「罠、追い込み、他者の利用――使えるものは何でも利用して、必ず勝つ」


 俺の言葉に二人は苦笑する


「だいぶ気合い入ってますねぇ」

「でも俺はそういうの嫌いじゃないぜ!」


 ウィルが親指を立てて笑った。

 ――協力してくれるなら、それに越したことはないな。

 勝手に復讐の一端を手伝わせていることに罪悪感を感じないでもないが、それは俺の胸の中にしまい込む。

 森の奥に進もう前を向いた俺の背中に、ノンが尋ねた。


「――ユリウスさん、でしたっけ。食堂で口論してたって聞きましたけど……何か言われたんですか?」


 耳が早いな。

 彼女は噂話が好きなようで、いろいろな話を知っていた。

 ――何か言われたんですか?

 俺はその言葉に、一周目の魔界に取り残されたときの出来事を思い出す。


 ――足止めの一つぐらいしてから死んでけ!

 ――前から気にくわなかったんだ。

 ――お前が足を引っ張って被害が大きくなったってことにしといてやるよ。

 ――じゃあな、愚図。


 いけ好かない奴ではあった。

 まるで奴隷のようにこき使われもした。

 それでも――無駄に仲間の命を奪うような奴ではないと。

 人類の英雄の中の一人、勇者なんだと思っていたんだ。

 ――だけどそれは、俺の幻想だったんだ。


「――ああ、言われたよ」


 ただ一言、そう答える。

 俺の言葉にノンはそれ以上何も聞きはしないのだった。

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