第10話 中庭での邂逅
「――天に降り注ぐ
それは授業も始まる前の早朝のこと。
俺の言葉に従って、手のひらの上に小さな輝きが生じる。
その光はぼんやりとした明かりを放ち、あたりを鈍く照らした。
「……やっとできた」
それは通算で試行回数が数百を超えたぐらいだろうか。
俺が魔術で作った明かりは、一瞬で燃え尽きずに手のひらの上に滞留する。
魔力の消耗により、肩に重さを感じる。
「これなら読書なんかにも使えるかもしれないな」
俺が魔術教師エイリオに出された課題はこの魔術――ライトフレアを使えるようになることだった。
……魔術の発動自体は簡単にできたのだが、いかんせん俺が使うと勢いが良すぎて一瞬で燃え尽きてしまう。
あくまでも目立たないよう地味に使う為に、俺はこうして暇を見つけては中庭の隅の誰にも見つからないような場所で一人数日間特訓していたのだった。
それは課題として出された補修のようなものであり最初は気乗りはしなかったが、使える魔術ができたと前向きに考えることにした。
魔術の習得には一筋縄ではいかないことが多いが、相手も知らない使える手札は増やしておいた方がいいに越したことはない。
狩猟訓練の対抗戦は明後日。
……とは言ったものの、本来それは対抗戦というよりは合同演習であり、レクリエーションの側面が強いものなのだけれど。
それでもユリウスの奴を煽ってやった成果か、あいつは俺と競い合うことを吹聴して回っているらしい。
あいつには「下級クラスに負けてその後一度も勝てなかった劣等生」という称号を冠したまま三年間過ごしてもらうつもりだ。
俺がそう思い明後日の準備をする為に切り上げようとしたところ――視界の端に一人の少女の姿が映った。
長い黒髪を後ろで束ねた年の頃十六、七ほどのその女性は、手に持った長剣を構えていた。
風が吹き、木々から葉が舞い落ちる。
彼女が流れるような動きで抜き身の刃を振るうと、空中を舞う葉が真っ二つに切り払われた。
Sランクスキル『
生まれも貴族であるエリート中のエリートの姿がそこにあった。
……元はといえば中庭の隅という誰にも見られない訓練場所は、一周目の彼女を参考にしている。
一周目の彼女は時間があればここで一人修練を積んでいた。
Sランク勇者として期待を持たれ、誰からも一目置かれていた孤高の英雄。
そんな彼女も、一周目では魔界にて魔竜ビフェムスと差し違える形で死んでしまった。
魔竜に体を噛み砕かれ上下真っ二つに裂かれた彼女の姿を思い出してしまう。
――本来ならば、彼女が英雄として称えられるべきなのに。
最前線で戦い命を賭して戦った勇者。
……ユリウスではなく、彼女に切り捨てられたというならまだ納得できる。
彼女はそれだけの功績と天から贈られた才能と――そして、血の滲むような努力で得た技量を持っていた。
気が付けば、俺は彼女へと近付いていた。
「――なんだい」
凛とした声が響き渡る。
彼女はこちらを振り向きもせず、声を放った。
「……一つだけ」
俺は答える。
言うことを決めて近寄ったわけではないが――それでもこれだけは言っておきたかった。
「能力に頼りすぎるな」
彼女が振り向く。
その目は鋭くこちらを見据えていた。
――彼女が魔竜ビフェムスとの戦いで命を落としたのは、一瞬の油断によるものだ。
彼女の能力『斬裂』はあらゆる物を切断する強力な能力だ。
彼女はそれを、自らの持つ剣に乗せて発動する。
戦闘での使い勝手が良いほど上位ランクとされるスキルにおいて、Sランクは一つ次元が違う能力だ。
切れ味が劣らない、全ての事象を切り裂く刃。
射程距離以外の弱点はない能力――のはずだった。
彼女はこちらを見据え、口を開く。
「……挑発のつもりかな」
彼女の問いに俺は眉をひそめる。
――タイミングが悪かったか。
明後日に合同演習を控え、ユリウスが俺の話を吹聴しまわっている今、俺が上級クラスの相手を煽りに来たと思われても仕方のないところだ。
……魔獣との殺し合いは得意だが、どうにも人との話し合いは苦手だな。
俺は少し迷った後、言葉で伝えるのを諦めた。
手のひらを上向きに出して、ちょいちょいと指を動かす。
「来い」、と。
学校内での私闘は禁じられており、何か問題があったらその行動は教師に筒抜けとなる。
――バレなければ問題はないが。
彼女は目を細めた後、姿勢を低くして構えた。
話が早い。
独特な彼女の構えに、俺は意識を集中する。
相手はSランクで、剣の使い手。
気を抜いたら、首を跳ねられる。
風が吹く。
静寂。
三枚の葉が舞った。
――跳躍!
彼女の姿が近付く。
イメージの中で砂時計が回転すると同時に、ミカドの体が回転した。
「――ぐぅっ!」
まるで無茶な宙返りを試みたかのように空中を回り、彼女の体が地面に叩き付けられる。
何とか俺が勝ったらしい。
『反転』は
それは俺の認識に大きく関わるようだが――彼女の能力、『斬裂』とは相性が悪い。
彼女の能力『斬裂』はあらゆるものを両断する力。
それに方向性はなく、たとえ俺が『反転』させたところで『斬列』という結果のみが残る為、効果はない。
――が、彼女の能力は遠距離から使うことはできない。
ならば近付くまでに彼女の剣を振るう力を反転させれば、容易に体勢を崩すことが可能だ。
――彼女はそれを学ぶ必要がある。
「初見の相手には慎重になれ。能力を過信すると、いつか足下をすくわれるぞ」
俺の精一杯の助言だ。
願わくば、彼女には命を落として欲しくなかった。
そんな俺の上から目線の言葉を受けながら、彼女は体を起こす。
そして地面に座り――笑った。
「……あっははは! すごいじゃんか! キミ強いね!」
……ん?
俺は彼女の様子に面食らってしまう。
……こんな笑う奴だったか?
一周目、俺はほとんど彼女と話したことはなかった。
Sランクとしてほとんどの勇者たちの憧れの的であり、カリスマとして戦場を駆ける女神。
彼女はどんな場所でも冷静沈着で、勇猛果敢な戦士だった。
俺の頭の中のイメージと違う彼女は、笑いながら土を落としてその場に立ち上がる。
「ご忠告ありがと。キミの名前はなんだっけ」
彼女はそう言いながら、手を差し出してくる。
俺は困惑しつつもその手を握り、名を名乗った。
「ロイだ」
「そうそう、Fランクのロイさんだね。よろしくねー。うちはミカド。ミカド・オグマ。あはは、さすがユリウスのバカに喧嘩売るだけあるね」
朗らかな笑顔を浮かべながら、彼女はウインクする。
……誰?
俺は人違いで話しかけたのではないかと、内心焦っていた。
俺が知るミカド・オグマは作戦会議の場でもほとんど喋らず、重要なときに冷静な意見を口にする程度の物静かな女だったはずだ。
まさか俺は単純に過去に来ただけではなく、一周目の歴史と違う世界に来てしまったのか……?
俺が考えを巡らせていると、彼女は首を傾げる。
「あれ、どうかした? 言葉通じる? うち貴族とはいっても田舎の領地持ちだから、訛りきついんだよねー。気を付けてるんだけどなかなか直らなくてさー。人前で話すのがちょっと恥ずかしくって」
彼女は頬を赤らめながら、頭を掻いた。
……言われてみれば、たしかに少しだけイントネーションに訛りがある。
俺は首を横に振った。
「大丈夫だ。……あと、ロイでいい」
「え、あ、そう? んー、でもさん付けしちゃおうかなぁ。なんかロイさんこう、雰囲気が大人だからさぁ。そっちの方が落ち着くな」
……ノンやウィルに引き続き、また年寄り臭いと言われてしまった。
どうにか年相応の雰囲気を出したいところではあるが……まあ、他人から見た雰囲気なんてそんなもんか。
俺はため息をつきつつ、改めて彼女を見た。
肌に生傷があるわけでもないし、血に染まった鎧を身につけているわけでもない。
歴戦の勇者でもないただの少女がそこにいた。
……考えてみれば俺が彼女と共に魔獣と戦ったのは、卒業後がメインだ。
そのときの彼女は今より三つ年上なわけだし、大人びていてもおかしくはない。
……こんな明るい少女が三年後には戦場の女神として戦地の中を駆け回っているのだから、世の中どうなるかわからないな。
また一人感慨に耽る俺に首を傾げつつも、彼女は人差し指を立ててにんまりと笑った。
「いやーそれにしてもやる気出ちゃったなぁ。明後日の訓練」
「……え?」
「だってロイさん、ユリウスと競うんでしょ? テキトーに流そうかと思ってたけど、ロイさんみたいな強い人が全力でやるってならうちも全力出そうかなって」
……おいおい、待ってくれ。
いくら百年魔獣と殺し合った俺でも、Sランク勇者まで相手にしては勝てる気がしない。
特に彼女の能力はSランクだけあって、多数の獣を狩るのに相性が良い。
俺は平静を装いつつ、困った顔をしてみせた。
「勘弁してくれないか。さすがに分が悪い」
「えー、本当かなー」
「本当だ。絶対に勝てない。だから当日はサボっててくれ。良い昼寝スポットを教えてやる」
「そこまで言われると逆にやりたくなっちゃうな」
「子供かよ」
「まだまだお子様ですいませーん」
けらけら笑いながら、上目遣いでこちらを見てくるミカド。
……体型はもう子供というわけではないが。
セクハラ親父のような視線で見そうになって、慌てて目を逸らす。
「……わかった。
明後日の合同訓練においては一班三人~四人のチームで行動する。
一班辺りの成果で順位付けされる為、あいつと同じチームになりさえしなければそれでいいだろう。
俺の提案にミカドはにっこりと笑って頷いた。
「おっけー! じゃあ明後日楽しみにしてるね。……負けた方が言うことを聞くってことで」
「……さっき転ばせたの、お前実は根に持ってるな?」
「んー? ……ふふー! えー? そんなことないよー本当だよー」
……どうやら彼女は負けず嫌いらしい。
後々何かあったときの為に覚えておこう。
俺はため息をつきつつ、肩をすくめた。
「俺がお前に勝てないのは確実だから、罰ゲームはお手柔らかに頼む」
「大丈夫だいじょうぶ。うちは鬼でもなければ悪魔でもないので」
……勝つ気満々らしい。
一周目で彼女が戦鬼だの死神だの呼ばれていたのを思い出し、俺は頭を抱える。
……どうしてこうなってしまったのか。
もう一度だけため息をつきつつ、俺はSランク勇者と不平等な約束を交わしたのだった。
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