第12話 それぞれの戦い

「はぁー、目がくりくりしてて可愛いですねー。大丈夫ですよー怖くないよー」


 罠にかかった野兎にノンが近付き、頭を撫でていた。


「殺すなよ。食う直前に殺した方が味がいい」

「……なんて酷い事を。きちくー」

「お前はいったい何をする為にここに来たんだ」


 泣き真似をするノンに向けて俺はため息をつきつつ、近くに仕掛けた次の罠に視線を向ける。

 狩猟レースが始まってから一時間ほど。

 俺たちのチームは前日に仕掛けておいた罠にかかっている獲物を目当てに、森の中を巡っていた。

 その場にあった枝や蔓を利用して作っているだけあって見栄えは悪いが、罠はしっかりと効果を発揮してくれたようだ。

 左右のしなる木に蔓をくくりつけ、間にぶら下げた枝に触れると足がくくられる罠。太い木の間にワイヤーのように蔓を張り、足を引っかけたら作動する罠など、数種の罠を多数仕掛けた。

 動物の糞や草の裏に貼り付いたダニなどを見逃さず、奴らが通る獣道を見つけ出して設置している。

 百年の間魔獣相手に行ってきたルーチンは、すっかり魂に染みついていた。


「うわー、また獲れてる……。すごいですねぇ。プロ並みの腕じゃないですか、ロイくん。元は狩人でもやってたんです?」

「……まあ、そんなところだ」


 ノンの言葉を適当にはぐらかしながら、獲物を大きな麻袋へと詰め込む。

 兎にイタチにリスと、小動物は大量だ。そろそろ十匹に届くかという量で、並の猟師なら十分大猟と言ったところだろう。

 ――一端ベースキャンプに戻って、獲物を預けておくか……。


 荷物が多くなった為にそんなことを考えると、茂みを掻き分けてこちらに何かが迫る音がしてきた。

 距離は遠いが――獣の足音だ。

 四足歩行の乱雑さ、音の出る低い位置、近付いてくる早さ。

 全てが人間とは違う音。

 俺が黙ってその方向を見つめていると、ノンもそれに気付いたようで目を向ける。

 森の木々を掻き分けるようにして、そこには大型の獣の姿があった。


「――レッサードラゴン……!」


 木々の間を這うようにして迫ってきていたのは、大型のトカゲだ。

 尻尾を含めて全長二メートルほどで、全身灰色、翼も角もないぬるりとしたドラゴン。

 ドラゴンと呼ぶのは本家に失礼なのではとも言われることもあるが、その巨大なアギトは自分より大きな獲物の骨すら砕き、牙には腐敗毒があるとされており大変口が臭い。

 丸腰の人間なら逃げるしかない――そんな相手だ。

 その大トカゲがバタバタと足と尻尾を振り回しながら、こちらへと駆けてくる。

 ――これは。


「――チャンス!」

「――逃げましょう!」


 俺の言葉とノンの言葉が重なった。

 俺はノンの方を向いて、哀れみの目を向ける。


「……お前は下がっておけ」

「いや、う、嘘ですよ! わたしも勇者見習いの端くれですし! 戦いますとも!」


 シュッシュッと何もない場所を拳で切るノン。

 ……やる気があるのはいいことだ。戦力にはならなそうだが。

 そんなことを考えつつ大トカゲを迎え撃とうとしていると――。


「――隷属れいぞくせよ乖背かいはいつるぎ


 声が聞こえた。

 次の瞬間、森を駆ける大トカゲの上から降り立つ影。

 黒髪の少女が抜き身の長剣を振るう。


「――『斬裂』!」


 瞬間、空気ごと大トカゲの体が切り裂かれた。

 一切の抵抗なく剣先が走った胴体は、血を出す暇も無く真っ二つに分断される。

 綺麗な断面を晒したまま、二本ずつとなったその手足は双方バラバラに動き、そして数歩歩いて動きを止めた。

 命を奪った刃から血を払い、少女は刀身を鞘へと収める。

 彼女は誇らしげにこちらへとその顔を向けた。


「横取りなんて思わないでね。ずっと追いかけてたんだ」


 Sランク勇者、ミカド。

 あらゆるものを断ち切る『斬裂』の能力の使い手。

 俺の隣にいるノンは小さく呟く。


「これが――Sランク」


 相手の硬度に関わらず一瞬で絶命させるその力は、まさしく戦闘に特化したSランクと言えるだろう。戦闘だけでなく局所破壊なども可能で、それなりに汎用性も高い。

 何よりも『斬裂』の強みは、相手の戦力を一切加味しないところだ。俺の『反転』は多少相手の魔力や筋力、重量などの影響を受け、抵抗されることもある。

 たとえば俺が一周目の最後、世界へと使った『反転』は、クリスタルなどの特異な条件が揃わなければ再現することはできないだろう。

 しかし『斬裂』なら、今でもこの瞬間にでも次元ごと世界を引き裂くことができるはずだ。

 ――まあ、そんなことよりも。

 俺は呆れながらミカドに向かって口を開く。


「……そいつ早く血抜きしといた方がいいぞ。肉が臭くなる」


 俺の言葉に、したり顔でこちらを見ていたミカドは笑みを引きつらせた。

 実習授業とはいえ、今回の狩りは街の食料を補う為に行われていることでもある。

 せっかくの獲物を無駄にするのはもったい。

 ミカドは後から遅れてついてきたパーティメンバーに大トカゲの死体を任せつつ、俺たちの方へと歩いて近付いてくる。


「……キミさー、もうちょっと何か言うことないのかい? そっちのお嬢ちゃんみたくさー、もっとさー。いい反応っていうかさー。かっこいー! とか。すごーい! とか」


 ――面倒くさいなこの女。

 どうやら褒めてもらいたいらしい。

 俺はため息をつきつつ口を開いた。


「はいはい偉い偉い。さすがSランク勇者様すごいすごーい」

「うーん馬鹿にされてる」


 不服そうにするミカドの表情が子供っぽく見えて、少し笑ってしまう。

 何せ俺は、彼女のすごさは一周目で思う存分見せつけられてきたのだ。

 今更すごいと思う技ではない。


「いやいや、本当にすごいですよ! さすがミカドさん!」


 隣のノンがフォローするようにパチパチと手を叩いた。

 ミカドは彼女へ向けて微笑むと、その手を取った。


「ありがとう、お嬢さん。お名前は?」

「はわっ……! ノ、ノンと言います……!」

「可愛らしい名前だね。……うちはミカド。これからもよろしくね」

「……はい!」


 ミカドのスマートな対応にノンは大きく頷いた。

 ……一周目に構築された寡黙なミカドのイメージが崩れていく。

 あのときのミカドは、もしかすると魔獣との戦いに明け暮れて心が擦り切れてしまった姿なのかもしれない。

 ――今の俺のように。


 そんな益体もないことを考えていると、森の奥から鳥が羽ばたいたのが見えた。

 同じく視線を送ったミカドが声を上げる。


「あー、うちのクラスのおぼっちゃんがやってんねぇ」


 ――ユリウスか。

 意外と近くにいたらしい。

 遠くに奴の声が聞こえた気がした。


「――ひれ伏せ! 『光り輝くライトニング偉大なる俺様・ジャイアント』!!」


 俺の視界の先に、小山ぐらいのサイズのユリウスが出現した。

 あれが奴のAランクスキル――『巨大化』だ。

 自身の服や装飾品と共に、体を山のように巨大化させるスキル。

 巨大化すると肉体を支えるので精一杯になるようだが、それでも普通に強力なスキルだ。

 ……しかし実はその真価は別にある。

 おそらく入学してすぐの今の段階ではまだわかっていないだろうが、そのスキルの強みは周囲のものも一緒に巨大化させられることだった。

 一周目の魔界への侵攻作戦においては、サポートとして仲間を巨大化させることで魔竜撃退へと大きな貢献を果たしたのは確かだ。


「……今は身長の三倍ぐらいか」


 彼の体は小さな小屋ぐらいの大きさになっていた。能力の使い方を覚えていけば、更に大きくなることができる。

 彼の能力はただ大きくなるだけなので、その動きは大きさに比例して遅くなってしまうのだが、それでも大きくなればできることは増えるのだった。


「――ハッハァー! 見つけたぜぇー!」


 視点が高くなることで、見渡せる位置は広くなる。

 ユリウスが叫び、森の茂みの中へと手を伸ばした。


「ゲットォー!」


 彼が両手で握り持ち上げたのは、一匹の小ぶりな熊だった。

 手の中でもがく小さめの熊を、ユリウスは頭上へと持ち上げる。


「死ねぇー!」


 そして、勢いよく振り下ろした。

 熊は抵抗する間もなく地面に叩き付けられる。

 ここからは見えないが、おそらく生きてはいないだろう。

 ユリウスは地面を見下ろしながら、顔を歪める。


「――チッ、少し勢い付けすぎたか……。おいお前ら! 散らばった肉を集めろ!」


 ユリウスは足下に向かってそう叫ぶと、スキルを解除して小さくなる。

 再度森の中に消えたユリウスのいた方向を眺めつつ、ミカドがつぶやいた。


「……いやー、派手にやってるねぇ。あれのおかげで逃げる動物たちに先回りできるんだけど、あれはあれで大物を狩れるしどっこいどっこいなのかなぁ」


 ユリウスが大型生物を狙い、機動力に勝るミカドはそれを見て逃げ出す動物を狙っているようだ。

 俺たちと違ってユリウスは視界の広さに利が有り、ミカドは獲物の処理速度に利がある。

 ――小細工だけじゃ勝てるかわからないな。


 まだまだ仕掛けた罠はあるとはいえ、せいぜい小動物を捕らえるので精一杯だろう。

 運が良ければ鹿ぐらいは引っかかっているかもしれないが――運任せにしている場合じゃないかもしれない。


「う、うう……わたしたち勝てるんでしょうか」


 ノンが不安そうな声を漏らす。


「――このままだとどうだろうな。何か考える必要あるかもしれない」

「か、かくなる上はこのお弁当でおびき寄せるしか……」

「弁当の匂いで釣られるのはお前かウィルぐらいだろうな」


 まるで秘密兵器のように弁当を取り出すノンを横目に、俺は考えを巡らせる。

 確実に大物を仕留める方法があればいいんだが。

 視界の端で、ミカドのパーティメンバーである筋肉ハゲが大トカゲを解体して麻袋に入れていた。頭部から放たれる口臭に、鼻を摘まんでいる。

 ……におい。

 そうか、もしかすると――。

 俺は頭上、木の上へと声をかけた。


「おいウィル! 今の見えてたか!?」


 俺の声を受けて、木の上からウィルが滑るように降りてくる。

 彼は木登りが得意なようで、木の上から周囲を観察してもらっていた。


「おう、しっかり見てたぜ。あいつが熊をたぐり寄せて捕まえて、思いっきり地面に叩き付ける瞬間をよ。血が散乱して、気分のいいもんじゃなかったなぁ」


 ウィルの言葉に俺は頷く。

 ――必要な部品は揃った。

 頭の中で計画の図面が書き上がる。

 あとは上手くいくか試してみるだけだ。


「――よし、次の作戦だ」


 俺はウィルとノンに向けて笑みを向ける。


「大物を狩るぞ」


 俺の宣言に、ミカドが楽しそうに口笛を鳴らした。

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