第4話 面倒くさい女
スキル判定が終わった後、生徒たちは宿舎へと案内される。
上級クラスや一般クラスは当然のように個室だが、下級クラスでは相部屋がほとんどだ。
とはいえ、俺は一周目では個室だった。
俺の部屋は下級クラスに割り当てられる老朽化した部屋の中でも群を抜いてボロボロで、今にも崩れそうな離れの部屋だった。
しかし住んでみると案外愛着も沸くもので、以前は補修しつつまるで自分だけの秘密基地のような気持ちで改築したものだ。
……また一からやり直しにはなるのは面倒だな。
少し懐かしさに浸りながらも、俺の今の目的は秘密基地ごっこではない。
そう思いながらも俺は部屋割り当てのくじを引き――。
「何……だと……」
その結果に驚愕した。
「――お、さっきの『転倒』か! これからよろしくな!」
背中からうるさい声がした。
先ほど学長の話を聞きながら寝ていた生徒であり、ハゲをバカにしたときに吹き出していた男子生徒だ。
……名前は覚えていないが、その金髪のアホ面には見覚えがあった。
一周目もたしかにいた気がする。
いやいや、重要なのはそこじゃない。
――相部屋だと?
一周目と状況が違うぞ……!
動揺を悟られないよう、周囲に視線を巡らせる。
くじを引かせた担当の暑苦しい教師は首を傾げた。
「なんだ、お前ら仲が悪いのか?」
「えっ、マジ? 俺嫌われてる? また俺なんかしちゃった? ごめんごめん!」
暑苦しい教師とうるさい男が顔を見合わせる。
……さすがにこの状況を『反転』で覆すことはできない。
個室はなんだかんだ競争率が高いし、無理に我が儘を押し通すこともできないだろう。
「協調性を養う訓練」という名目もあり、相部屋を拒否することは非常に難しい。
――参ったな。
予想していない展開だった。
どうやら運命というのは結構曖昧で、くじ引きみたいな運要素は簡単に覆されてしまうらしい。
そう考え込む俺に向かって、うるさい生徒は頭を掻きつつ口を開く。
「あー……俺と一緒が嫌なら誰かと変わるか? 別に俺は気にしてねぇんだけど……」
「……いや、いい。気にするな。何でもない」
少し考えて、俺はそう答えた。
他の者と変わってもらった所で、二人一組になってしまう状況を覆すことはできないだろう。
一人部屋と違って、復讐の計画を練りにくくなったのは誤算だが――。
「……改めて自己紹介しよう。俺はロイ。よろしく頼む」
「お、おう! 俺はウィル! よろしくな!」
そう言って俺たちは手を握り合った。
暑苦しい下級クラスの担当教師は、その様子を見てうんうんと頷いている。
――いい、まずはこれでいい。
このウィルという男、扱いやすそうだ。
一周目で目立っていた記憶はないが、要領よく世渡りをして少なくとも卒業はしていた気がする。
魔界突入の際にはいなかったので、大方それまでの防衛戦の中で死んだのだろう。
……俺の復讐の片棒を担がせるのはちょうどいい。
少しずつ信頼を獲得して、せいぜい利用させてもらうことにしよう。
俺はそんなことを思いながら、彼と世間話をしつつ割り当てられた部屋へと向かうのだった。
* * *
俺は行きすがら、彼にいろいろな情報を尋ねる。
俺は地方から出てきた無知な田舎者という設定で――いや実際にこのときはそうだったのだが――様々な情報を聞き出した。
正しくは「思い出した」に近い。
この頃の世界情勢、最近あった事件など、街育ちの彼は良い情報源になってくれた。
「俺の能力は――『拡声』。大きな声を出すEランクの能力さ。動物ぐらいならこれで追い払えるぜ」
「なるほど、通りで声がでかいわけだ。常時発動してしまう能力か」
「地声だよ! 普段はスキル使ってねぇっての」
「それは良いことを聞いた。お前が能力を使うときは是非教えてくれよ。耳を塞いでないと気を失ってしまいそうだ」
「おう。そんときは特大の『拡声』で知らせてやるぜ」
そんな軽口をたたき合いつつ、俺たちは荷物を部屋へと置く。
決して広くはない部屋に、二段ベッドと机が一つ、窓がある質素な部屋だ。
個室と違って清潔感はあるが、まるで独房のようでもある。
ここで三年間、俺は暮らすことになる。
「……あのう」
俺がぼんやりと窓の外の中庭の景色を見つめていると、部屋の外から声がかかった。
本日何度目かに聞いた声。
「ええっとたしか――」
つい先ほど聞いた名前を思い出す。
「ノン、だったか。何か用か」
俺の言葉に、何が嬉しいのか彼女は指を二本立てて嬉しそうに笑った。
……正直まだ過去に戻ってきたばかりで記憶が混乱しているのは否めない。
だがだからこそ、こちらから発信する情報には気を付けなくてはいけない。
相手の名前もきちんと覚えておいた方がいいだろう。
怪しまれたり、無駄に嫌われたりして復讐の計画に支障が出ては元も子もない――。
そんなことを考えていた俺の顔を、背の低い彼女は首を傾げて覗き込む。
「……怪しい」
「――ッ!?」
なんだと……!?
思わず動揺が顔に出てしまったのを自覚し、慌てて手のひらで自身の顔を隠す。
「やっぱり! 図星ですね!?」
……しまった、墓穴を掘ってしまったか。
くそ。長い間魔獣と戦い明け暮れていたせいか、人間との対話は不得意になっているな……。
これはポーカーフェイスを早急に訓練しなくては。
俺が焦りつつそんなことを考えていると、彼女は興味津々と言った様子で目を輝かせた。
「ねえねえ、ロイくんは何を隠してるんですか!?」
「ロイくん……!?」
お前、俺の方が百歳以上年上だぞ……!
……いやそれは外見からはわからないし、むしろ親しみを込められているのであろうその呼び方は、俺が上手く学生として溶け込めている証拠と言えるだろう。
――落ち着け。
俺の精神はもう百歳を超えた老人と言っても過言ではない。
ならばこんなことで一々感情を荒立てる必要はないはずだ……。
深く息を吐いて感情を鎮める俺に、彼女は続けて口を開く。
「ロイくんなんだか若いのに落ち着いてますよね。老成してるっていうか。周りからすごく浮いてますし」
ぬぅ!?
彼女の言葉に痛いところを突かれ、俺は人知れずダメージを受ける。
後ろで聞いていたウィルも、彼女の言葉に頷きながら笑った。
「だよなー。こいつなんかやけに貫禄があるっていうか? 物怖じしないよな。胆が座ってるし」
「そうなんですよ! さっきも上級クラス相手に怯まずわたしのことを守ってくれましたよね!」
ノンは両手を組み、祈るような姿勢でこちらを向いた。
「あのときのロイくんカッコ良かったですよ! すごく素敵でした! そこで提案なんですが、結婚を前提にお付き合いなどいかがでしょう? 子供は三人ぐらい欲しいですよね!」
「何の話だ! いろいろすっ飛ばすんじゃあない!」
思わず声を荒げてしまう。
この娘、いろいろ距離感がおかしい。
俺はため息をつきつつ、ノンを睨み付ける。
「……いったい何が目的だ」
俺の言葉に彼女はキョトンと目を丸くする。
「いえいえ、純粋にあなたに興味があるだけなんですよー。これって恋ってやつ? ドキドキ」
「茶化すな。もし本気だとしても俺はガキに興味がないから他を当たってくれ」
「うわっ、こんな可愛らしい美少女を捕まえてなんて失礼な……! 自分もガキのくせに……!」
「お前の方が明らかにガキだろう」
俺は改めて彼女の全身像を見る。
身長、低い。
顔、童顔。
胸囲、ゼロ。
「おい今わたしの体のどこを見やがりましたか? おい、わたしの目を見て答えろ。おい」
「なんのことだかさっぱりわからん」
俺は思わず目を逸らす。
人の趣味というのはそれぞれあって然るべきだと思うので深くは言わないでおくが、俺は無いよりはあったほうが良い派だ。
そんなどうでもいい話はさておき、彼女は咳払いをしながら話を戻した。
「さっきのツルピカさん。わたし一番近くで見てたんでわかりますけど、あの人一瞬しぼんでましたよね? ぷしゅーって」
彼女は立てた二本の指を唇に当て、目を上に寄せて考えるような表情を浮かべた。
「あの方、たぶん筋肉ムキムキになる能力だと思うんですけど……それが機能していなかった」
「気のせいだろう」
俺は薄目で彼女を睨み付ける。
彼女もまた薄目を開けて、こちらに笑いかけた。
「……それにあのときテカテカマッチョさんが転んだのも、『転倒』の能力なんですよね? 無能と判断されたFランクの能力なのに、あんなに綺麗に決まるなんてちょっとおかしいと思いませんか?」
「偶然電球ハゲがあのタイミングで転んだだけだ。大方、夜に光ることができるように体に油でも塗っていたんだろうさ」
――厄介だな。この女。
Fランク判定を下される能力には二種類存在する。
一つは使い道がない能力。
彼女の「悪臭」などはその最たるものだろう。……もしかしたら使いようによってはあまりの悪臭に魔獣を失神させることができたり、引き寄せたりすることができるのかもしれないが。
もう一つは、魔力量が少ない為に効果が乏しい能力。
一周目の俺の「転倒」がそれに当たる。普通の人間相手でも成功率はいいところ十回に一回。大抵は「相手が多少動きにくくなる」ぐらいにしかならないのが俺の能力だった。
よって、Fランクであるはずの俺がBランクのヌルヌル筋肉ハゲを打倒することは本来であればかなり難しいことだ。
遠目から見ていれば「万に一つぐらいはそんなこともあるか」で済ませられることだろうが、一部始終を近距離からこの女に見られていたとすると、疑われても仕方のないことではある。
……俺がランクを偽装していると疑われるのは避けたい。
楽にこいつの口を封じる方法があればいいんだが――。
俺が頭の中で物騒な方法をいくつか考えていると、ノンは片目を閉じてこちらを指さした。
「じゃあそういうことにしておきましょう。……その代わり、お願いがあるんですけど」
「……お願い?」
口止めの代わりの対価。
……たしかにこれ以上詮索されないのに越したことはないが、こんな言い方をされるということは心底面倒くさい要求な気がする。
苦々しい顔で尋ねる俺に、彼女は頷いた。
「わたしと、パーティを組みましょう」
……ほら、面倒くさい。
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