第2話 対魔獣精鋭部隊育成機関 ”勇者学校”
勇者学校。
それは凶悪な魔獣たちに対抗すべく人類が作った、最後の切り札だった。
度々魔界へのゲートが開き、そこから押し寄せてくる魔獣たち。
どこからともなく発生する魔獣は、今も人類の最大の脅威となっている。
ここ数十年はその発生頻度も多くなり、減少を辿る総人口。
それに対抗すべく作られたのが、天性の才能――『スキル』を所有する人間ばかりを集めた人材育成機関、勇者学校だった。
そんな学校創立の経緯を、年老いた学長が壇上で話している。
百年以上前に聞いた話の内容なんていうのは既に綺麗さっぱり消えてしまっているが、それが入学時に聞かされた話であろうことは容易に想像できる。
だとすれば、今いったい何が起こっているのか。
推測できる可能性は三つ。
一つ目。
俺は夢を見ている。つまりこれは死の間際の走馬灯というやつだ。
……保留。
たとえ今見えている学長のハゲ頭も、その後ろに飾られている学長の銅像も、俺の前に立っている奴が頭を前後に揺らして今にも夢の世界に旅立とうとしている姿も、全てが俺の夢だとしてもそれを考える意味はない。
二つ目。
今まで俺が見ていたのは長い悪夢だった。
……却下。
俺が受けた絶望と、百年を越える間舐め続けた辛酸の味は決して忘れられない。
――それに。
俺は目を閉じる。
目の前に集中すると、そこに黒と白で出来た砂時計が見えた。
三角と逆三角を組み合わせた記号にも見えるそれに手を伸ばす。
指先に、空気が反発するような感覚。
触感はあるものの、温度も硬さもない。
それを握って、捻りを加える。
同時に、心の中で念じた。
――『反転』。
「どっわぁ!?」
ずでん、と大きな音。
目を開ける。
前にいた半分寝ていた男子生徒は盛大にひっくり返っていた。
学長から怒号が飛び、まだ若いその男は苦笑しつつ頭を掻く。
――間違いない。俺は『反転』を使うことができる。
倒れた男子生徒の後頭部を見下ろしつつ、俺は頭の中で情報を整理する。
『スキル』は武術や魔術と違い、一部の人間が生まれ持つ特殊能力だ。
修行や学習をせずとも使いこなせる代わりに、全く違う形に変化させるのは難しいとされている。
俺が元々持っていた力は……『転倒』。
成功率が低く、最低ランクの”F”に分類されたスキルだった。
しかし魔界で長年暮らした俺は、体組織の変化からか、それとも狂気に呑み込まれた極限状態のせいか、そのスキルの性質が変化していた。
進化といっても過言ではないだろう。
集中すると心の中に見える、砂時計のイメージ。
こんなもの、昔は見えなかった。
よって今この現状が夢だとは考えにくい。
俺が魔界で過ごした百年間は、この魂に刻み込まれている。
――ならば考えられる可能性は、最後の三つ目。
「……諸君らにはこれから三年間、ここで学んでもらう。魔獣との戦い方を」
年老いた学長の声が響く。
――そうだ。ここは俺たちが魔界へと乗り込む前の世界。
あの反攻作戦から、三年と少し前の時間。
――きっと俺の能力は、『反転』させたんだ。
「――魔獣との最終決戦へ向けて!」
――時間を。全てが起こる前の時代に……!
周囲から拍手が巻き起こる。
音の波に呑み込まれながら、俺は一人心の渦の中で考えを巡らせていた。
* * *
学長の話が終わり、続いてスキルの適性検査が始まった。
スキルは人によって千差万別の能力を発揮する。
それ故に一つ一つの能力には希少性があるものだが、同じ物が二つないからといって有用だとは限らない。
この勇者学校はあくまでも魔獣に対抗する為、スキルの所有者が集められた学校だ。
その為、魔獣との戦闘に対しての効果によりスキルはSとA~Fにランク付けされた。
それを判定するのが適性検査だ。
「……さっさと並びなさい。ガキじゃないんですから」
線の細い教師の一人が、低い声で学生たちに声をかける。
まだまだ若い彼らは、そのドスの利いた声に萎縮して縮み上がった。
年齢制限があるわけではないが、入学する学生たちは基本的に十代が多い。俺も入学したときは十六、七だったはずだ。
理由は単純。年老いたスキル持ちは、既に戦場にいるか、死んでいるかだからだ。
だいたいにして、いつ魔獣が襲ってくるかわからない農村で暮らすよりも、戦場で暮らす方が安全な面もある。
少なくとも毎日腹いっぱい食えるのは魔獣相手に戦う勇者の方だ。
頭に脳みそが入ってるスキル持ちは、みんなこぞって勇者になろうと躍起になっていた。
当時の俺もその一人だ。
並ぶ生徒たちに対して、教師が魔術を使う。
スキルの有無判定は簡単な魔道具で済ませられるが、スキルの種別や概要を知るには高度な魔術が必要となるからだ。
しかも判別したあともそれを正確に言語化するのが難しいらしく、たまに間違ったスキルの判定を受けることもあるらしい。
俺がまだ整理しきれない頭でぼんやりとそれを見ていると、列の一つから声が上がった。
「Sランクだってよ」
「おいおいマジかよ。英雄候補じゃん」
声に釣られてその方向を見ると一人の少女の姿があった。
長い黒髪に切れ長の瞳を持つ女性。
見覚えがあった。
Sランクは入学者の中でも一人しかいない、選ばれし者だ。
対魔獣の決戦兵器とも言われる特殊なスキルを持つ者に与えられる称号。
彼女の名は、たしか――。
「――ミカド」
自分でも驚く。
懐かしい名前が口から出た。
前の歴史では一緒に卒業し、反攻作戦へ参加した。
全生徒の憧れの存在だった。
――最終作戦中に戦死してしまったけれども。
俺は魔竜と差し違えた彼女の亡骸を思い出し、目を伏せる。
百年経った今でも、印象深い出来事は思い出せるらしい。
他に何か思い出せないか周りを見回していると、もう一人の見知った姿が目に映った。
――そして、思考が止まる。
「――ユリウス」
カッと頭が熱くなり、心臓が高鳴った。
友人か何かと話す、そのいけ好かない長髪には見覚えがある。
Aランクスキルの勇者。
常に俺を見下し、蔑んでいた男。
俺を見捨て、殺した男。
喉の奥に熱い液体を注ぎ込まれたような感覚を覚えた。
――殺すか?
いや、殺すなど生ぬるい。
俺が味わった何倍も、何十倍もの屈辱を味わわせてから殺してやる。
屈辱を、痛みを、苦しみを、絶望を。
何度も何度も何度も与えて、殺してくれと懇願するまで――!
ドン、と。
奴をにらみつけていた俺の胸に、衝撃が走った。
「ご、ごめんなさい……あ、さっきの人!」
少女の声がした。どこかで聞き覚えがある声。
見下ろすと、背の低い少女の姿があった。
まだ幼さの残る顔に、頭は長い髪を二つに結わえて大きなリボンを付けている。
――見覚えがない。誰だ……?
「さっき突然転げ回った人……えっと、覚えてません? あのあの、ほらこの可愛い顔! ご存じありません?」
「……自分で可愛いと自称するやつと知り合った覚えはないな」
「おっと、さてはあなたジョークが通じませんねー?」
少女はおどけた口調で口を尖らせる。
怒りに燃え上がっていた心が、水を浴びせられたようにすっかり勢いが削がれてしまった。
……調子が狂うな、こいつ。
不完全燃焼によるもやもやとしたものを心の中に感じつつ、俺は視線を戻す。
ユリウスは既にスキル判定の魔術をかけられており、結果を聞いてなにやら不服そうにしていた。
どうやらSではなくA判定だったのが気にくわないらしい。
「ところでもうスキル、判定されましたか?」
会話は終わったかと思っていたが、少女は話を続けていた。
興味はなかったが、俺は適当な相槌を打つ。
「いや、まだだ」
「えー、じゃあ楽しみですねー。……わたしはFだったんですけどぉ」
Fランク。
……それなら以前の歴史でも同じクラスだったはず。
顔ぐらい覚えていてもいいと思ったが、記憶にない。
よほど前は印象が薄かったのだろうか。
「……それは残念だな」
「いやいや、ランク外じゃなくてよかったですよ。これで一応わたしも勇者、ですからね!」
少女は両手でピースを作って笑った。
その笑顔がどうしようもなく眩しい。
入学したときの俺も、同じように思ったはずだ。
その結果、最後には捨て駒にされた挙げ句裏切られるなんて結末が待っているとは知らずに……。
俺はそんな記憶を思い出しつつ、「そうか」と言い残してユリウスの近くへと歩みを進める。
「今はまだ――早いか」
今の俺の肉体は、入学したときのものだ。
いくら『反転』の力があるからといって、同級生を殺そうとすれば周りの教師たちにも止められてしまう。
――第一、そんなことをしたら俺は罪人として捕らえられてしまう。
対魔獣兵器でもある”勇者”は、それ自体が貴族級に特別な存在として扱われる。
勇者候補である生徒を殺傷したとなれば、国家への反逆として処されることだろう。
――あいつは殺す。だがあいつを殺してやる為に俺が犠牲になるんじゃ、前と同じだ。
俺が手を汚さずに、あいつを陥れる方法が必要だ。
俺はこちらに気付かないユリウスのそばで、目を閉じた。
精神を集中する。
そして奴の近くに浮かぶ、砂時計を握った。
――せっかく時間が戻ったんだ。今度の歴史ではあいつを不幸のどん底に叩き落として――。
「――『反転』してやる……!」
小声で呟く。
それと同時に、ユリウスの足が上がり盛大に転倒した。
俺の立場と、お前の立場を。
不幸と幸せを。
汚名と名誉を。
――全てを反転してやる。
次は、俺が英雄になる番だ――!
俺は周りの友人に起こされるユリウスに視線も向けず、スキル判定の列へと向かった。
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