第4話 視線

No3

         視線



 数日後、葛城サナエが勤めてる会社に出社し、自分のデスクに座ると同じ部署で勤める女性が話しかけてきた。


「ねぇねぇ、サナエっ! 営業課の林田さんと食事に行ったんでしょ? どうだったのよっ!?」


「えっ? な、なんで知ってるんですか?」


 葛城サナエは朝からいきなりの林田の話題を出され驚きの顔を見せながら、その女性に言った。


「サナエさんが林田さんに食事を誘われてる所を見た人がいてね。その話題をわたしの友人から聞いたのよ。まぁ、この手の話はいい気晴らしになるからね。で、行ったんでしょ?」


 さすが社内の女性ネットワークといった所か。誰と誰が付き合ってるとか、誰と誰が不倫してるとか。お茶請けに良さそうな話題はすぐに広がるのだろう。


「ま、まぁ....食事には行きましたけど。それだけですよ? 普通に話して食事をして帰っただけですから」


「まぁ、最初はそうよね。でも、次の約束もしたんでしょ? わたしたちの調べでは林田さんに特定の女性はいないらしいし。いいなぁ」


 『わたしたちの』とは、この部署内の女性だけを言っているのか、それとも他部署の女性を含めたわたしたちなのか。


「調べって....なんか女性スパイなかんじですね。それはそれで、一応は約束しましたよ。でも、まだ付き合うとかじゃ無いですからね?」


「その辺は追々ね。ちょっと気になったから聞いただけよ。あまりプライベートに深く入るつもりはないから。でも、たまに話を聞かせてね? こういう話は女にとっては三度のデザートより好きだからっ!」


 そう言って話しかけてきた女性は自分のデスクに戻っていった。

 葛城サナエは朝から少しだけ精神的に疲れを感じるが、気持ちを切り替えて仕事に取りかかった。



 午前の仕事がある程度のきりの良い所まで終わると、葛城サナエの友人であり親友の杉崎カヨコがいるデスクに向かった。


「カヨコ、お昼に行かない?」


「ん、いいよっ。ある程度区切りがついたしね。どこに行くの?」


「この間カヨコが話していたお店に言ってみたいかな?」


「いいよ。安くて美味しいお店だからっ! あとデザートも美味しいよっ!」


 そう言って笑顔を作り杉崎カヨコは葛城サナエに言った。

 それから二人はお昼に向かう準備して、勤める会社から歩いて十数分の場所にお店へと入った。




##




 お店に入り自分の好みなランチメニューを女性店員に注文すると、話の話題は先日林田に誘われて行った食事の話になった。


「--で、普通に駅のホームで別れたんだよね? 本当にそれだけ?」


 杉崎カヨコはなぜか心配そうに顔で葛城サナエに聞いていた。出社した時に同じ話題をした同じ部署の女性社員とは違う反応だった。


「本当にそれだけよ。あの日に帰った時にもちゃんと話したでしょ。普通に食事をして帰った来たのよ」


 葛城サナエと杉崎カヨコは同じマンションの一室を借りて同居している。

 葛城サナエは杉崎カヨコと知り合ってから少しずつ良い関係になり、今では同居するほどの仲である。


「確かにサナエが帰ってきてから話は聞いたけど......やっぱり心配するじゃない。だって、相手は『あの林田』なのよ?」


「カヨコが心配してくれる気持ちは凄く嬉しいわよ。でも、『この件』に関しては私に任せてくれるって話は決まったでしょ?」


「それは.....そうだけど....無茶はしないでね? サナエが居なくなったわたしは凄く悲しいから。きっと、生きる気力を無くしちゃうぐらいに」


「そんな大袈裟に言わないのっ。カヨコはもう昔のカヨコじゃないんだから。せっかく『ここまで』これたのだから。カヨコの今までの努力があったからなんだから」


「それは、サナエがわたしを--」


 杉崎カヨコの言葉を遮ったの女性店員の声だった。


「お待たせしましたっ! こちらがキノコとチーズのドリアでレディースセットになります。そして、こちらがキノコと野菜のパスタでレディースセットですね。デザートは食後にお持ちしますね」


 そう言って女性店員は葛城サナエと杉崎カヨコが注文した料理をテーブルに用意して離れていった。


「さっ、料理が来たからこの話はおしまいにしましょ。ちゃんと報告はするし、カヨコが聞きたい事にはちゃんと答えるから。今は、美味しそうなランチを食べよう?」


「....うん。わかった、ありがとうサナエ。このランチ美味しいのよっ!」


「ふふ、元気が出たみたいね。それじゃ」


「「いただきますっ」」


 葛城サナエは、キノコと野菜の入ったパスタをフォークで器用に巻きながら食べる。味はバターと塩コショウを使ったオーソドックスな味だが、味付けは控えめだ。

 キノコ特有の旨味と野菜特有の甘さにパスタに絡み付くバターの味が絶妙で食が進む。

 そして、細かく切られた野菜とベーコンのスープが口の中に広がったパスタの味を胃の中に届けてくれる。

 新鮮なサラダは食事の小休止には最適だ。


 杉崎カヨコが食べるドリアは、キノコとチーズのドリアだがホワイトソースが絶品だった。スプーンで掬いあげたドリアからは湯気が立ち昇りそのまま口の中に入れたら口内を火傷してしまうが、小さく息を吹きかけ冷ましてから食べる。

 すると、味付けされたチキンライスとホワイトソースとチーズが杉崎カヨコの舌を楽しませる。さらに、キノコの食感が合わさりキノコの旨味が口の中に広がり自然と笑みがこぼれる。

 そして、セットのスープとサラダは葛城サナエと同じ物でこちらも食べると再び笑みが自然と浮かぶ。


 そうしてしばし食事を楽しんだ二人は、食後のデザートを女性店員に告げてデザートを用意してもらいデザートを食べる。

 用意されたデザートも互いに満足するものであり笑みを浮かべながら食べていった。

 そして、食後の余韻と雑談をしていると女性店員がテーブル席にやってくる。


「失礼、します。お水はいかがでしょうか?」


 ブロンドのショートヘアの女性店員が声をかけてきた。


「あっ、お願いします」


「えっ? あ、私もお願いします」


 女性店員は葛城サナエと杉崎カヨコが出したグラスに水を注ぐと、「ごゆっくりどうぞっ」と言って次のテーブル席へと向かっていった。

 するとすぐに反応したのが杉崎カヨコだった。

「ねぇ、今の人美人だったねっ! 見た目からして日本人じゃないよね?」


「そうだね、美人だったね。スタイルも良いし笑顔も素敵だったしね」


「びっくりしたね。あんな美人がこんなお店の店員をしてるなんてね」


「こんなお店とはちょっとヒドイと思うわよ? 食事は美味しいしデザートも美味しいのだから」


「あ、そうだね。ごめんなさい。でも、前に来たときはいなかったんだけどな?」


「そこはタイミングじゃないの? その日は休みだったのか、新しく入った店員かもしれないじゃない」


「まぁ、それはそうだけど....」


「さっ、食事もしたし会社に戻ろう? 午後も仕事が残ってるし」


「うん、そうだね。じゃあ戻ろうね」


 二人は食事の会計を済ませると会社に戻っていった。




##


 



 某マンションの一室で青年はジュディスが新たに持ってきた資料に目を通していた。


「犠牲になった女性は十三人で内、八人が借金漬けに五人が不慮の事故死....か」


 バサッ


 青年は手に持っていた資料をデスクに放るとソファに座るジュディスに向かって話しかけた。


「ジュディス、二人の様子はどうだった?」


「特に変化は無いわ。葛城サナエは淡々と役目をこなしてるし、杉崎カヨコはビクビクオドオドと葛城サナエを心配しているわ。頭の悪い女よ」


 そう言ってジュディスはテーブルの上にある紅茶を一口飲む。


「ハハ、相変わらず辛辣な言葉で。でも、それが一般的な女性がとる態度だと思うよ? 『あんな事』をされた女性ならね」


 黒髪黒目の年若い青年は、デスクの上のコーヒーカップを手にとり一口飲む。


「美味しい。やっぱりジュディスが淹れたコーヒーは格別だね」


「そんなお世辞はコーヒーの味を覚えてから言ってくれるかしら? そんな事よりそっちはどうだったのかしら?」


 ちなみに、青年が飲んでいるコーヒーはインスタントでジュディスが飲んでいる紅茶は茶葉から淹れた物だ。


「そっちって?」


「惚けてもダメよ? 直接見に行ったでしょ、あのレストランに?」


「あ、やっぱり知ってる? なるべくジュディスに気づかれないようにしたつもりなんだけどな」


「そんなのは無理に決まってるでしょ? わたしはあなたのパートナーなんだから。貴方の考えぐらいはお見通しよ。それで、どうだったのよ?」


 青年は今回の『依頼』の標的である林田を直接見るために、レストランのウェイターに扮して見に行っていた。


「あれは、ダメなヤツだね。見せかけの笑顔と息を吐くかのように出る嘘は、磨けばそれなりの詐欺師になれる素質はあるけど、知能が足りない。何より『やり方』がウジ虫だよ」


「あなたも言葉を選ぶべきじゃない? わたしと同じようにヒドいわよ?」


「あれ? 自覚はあるんだね。てっきり無いのかと」


「そんなわけ無いでしょ。まぁ、ウジ虫には同意するわ。それで、このあとはどうなるの?」


 ジュディスは少し冷めてしまった紅茶を飲み青年の返事を待つ。


「......とりあえず、もう少し彼女には演じてもらうよ。まっ、そんな時間はかからずに食い付くと思うよ」


 青年はそう言ってインスタントコーヒーとは知らずに、少し冷めたコーヒーの香り味を楽しむ。

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